day.3


スーツの男性は事態が飲み込めていないのか、部屋の外に出てみたりパチパチと電気のスイッチを入れ直して何かを確認しているようだ。
電気が点いたり消えたりするのは死んだ後でも眩しい…。そう思って眉をひそめれば男性は見ちゃいけないものを見てしまったような驚いた顔をした。なんだろう、何かおかしなことでもあったのかな…?

「あ、あの…!」

取り敢えず、私も突っ立てっててもラチがあかないので、意を決して話しかけてみることにした。

「えっと…ル、ルームシェアの方、ですか…?」

男性が入ってきた時から気になってたことを聞けば「はい?」と間抜けな声がする。

「えーっと…ここは、俺の家だけど…?」
「あなたの、家…?」
「うん、俺のマンションだけど…。」

………ん?
………んんん?
俺のマンションってどういうこと…?死んだ後も希望すればマンション買えるってこと?もしかして位置バグ的な感じで違う人の家に落ちちゃったとか?ぜんっぜん分からないっ!

「えっと、そうすると私は…あなたの家に勝手に入っちゃってるって、感じですかね…?」
「…まあ、そうなる、な…。」
「あーなるほど…。」

だからこの人は部屋を確認したり電気を点けたり消したりしてたのか。納得。そりゃそうだよね、自分の家に知らない人がいたらビックリするよね…。
それにしてもどうしよう。この世界の暮らし方なんて分からないし…ダメ元でこの人に聞くしかないよね…。

「あ、あのー少々伺いたいんですが…、この世界で最初に行く場所ってどこでしょうか…。実は私、今日死んだばっかりで何も分からなくて…。」
「………は?」

アハハと乾いた笑みを浮かべながら困った困ったーなんておちゃらけているとそれはもう凄い勢いでドン引かれた。え、そんなに引くことかなあ…だって初めて死んだんだし分んないものは分かんないんだよーう。

「んと、だから、死んだ後に初めて行く場所を…」
「え、たんまたんま、死んだ後って何?」
「死んだ後は死んだ後ですけど。」
「え、あんた死んでんの?今ここにいるってことは幽霊かなんかなの?」
「は?ここにいたらみんな同じようなもんじゃないですか?」
「え、俺の部屋幽霊屋敷ってこと!?」
「え、違くて、みんな幽霊でしょって。」
「みんなって、それ俺も含まれてんの?」
「そうじゃなかったらここに存在するのおかしくないですか?」
「え、あんたここをどこだと思ってんの?」
「死後の世界」

暫く沈黙したのち、はーっと長いため息をつきながら男の人が座り込んだ。落ち込みたいのは行く場所も自分の住処もわからない私の方なんですけど…。

「俺、死んでねーけど…。」
「それは、死んだことに気づいてないんじゃ…?」
「だから、俺は生きてるっつってんだよ。今日だって朝出勤して上司に嫌味言われながら働いて1日の終わりにビール飲もうって思いながら帰宅した、生きてる人間なんだよ。」
「え…えええ!?」
「いやいや、俺の方が驚きたいから!帰宅したら知らない女が部屋の中に突っ立ってるとか怖すぎんだよ!てかマジでお前誰だよ!どっから入って来たんだよ!」

どうしよう…死後の世界にいると思ってたんだけどなんか噛み合わない…。取り敢えず自己紹介というか私の状況を説明しないとまずいよね…。

「えっと…私の名前は佐原ゆり、です。大学3年生の21歳で、友達と道を歩いてたらトラックに轢かれて死んで、気付いたら…ここにいました…。」
「…それを信じろと?」
「信じるも何も、本当のことで…。」
「それを証明するものは?」
「…ぁ、りませ、ん…。」

ビシビシと鋭く刺さる視線が痛い…。そりゃそーだ…私だってあなたの立場だったらにわかには信じられない。

「取り敢えず、ここはあんたの言う死後の世界じゃない。申し訳ないけどこれ以上付き合う気もないからとっとと出てってくれ。」
「ぇ、や、それは困ります…!私行く宛ても分からないしっ」
「いいから!早く出てってくれ。これ以上居座るなら警察へ連絡する。」

この人本気だ。……しょうがない、出よう。もしかしたら外に看板があるかもしれないし、その看板に沿って行けば最初の受付みたいなとこに行けるかもしれない…。うん、そうだ…。そう信じるしかない…。

「お、邪魔…しました…。」


ガチャンッー


取り敢えず外に出よう。そう思ってエレベーターを降りる。エントランスに着けば、フロントスタッフにお辞儀をされた。慌ててペコリと頭をさげて早足でマンションから抜け出した。
悲しいかな私が行く場所の案内看板は見当たらず、目の前には広い道路がのびていた。



これから、どうしたらいいんだろう。