夜長に惑ふは

刀×主/原作にない「夜警」当番/源氏兄弟の距離が近い


 やっぱり、太刀は夜警には向いてないよねぇ。

 ふわぁ、と大胆に大口を開けてあくびをひとつ。噛み殺すこともせず、涙が出るのも構わずに目もとを擦った髭切は、改めてそう思った。

 草木も眠る丑三つ時。夜戦部隊の出陣もなく静まり返った本丸で、その鬼切の太刀は戦装束を身に纏い、傍に刀を携えて座っていた。一ヶ月ほど前にこの本丸に新たに追加された、夜警の当番である。審神者の私室の隣にある空き部屋で、有事のときのために控えていることが仕事。刀種に関係なく、非番のものが日替わりで割り当てられるこの当番が新設された理由は、今になって考えるととてもかわいらしいものであったように思う。

 その夜も、夜戦への出陣のない静かな夜だった。
 季節の景趣として雪景色を採用していた審神者が、あまりの寒さに夜の本丸を彷徨い歩いたのである。その夜のことを、髭切はわりときちんと覚えていた。手当り次第襖を開け、寝ている刀剣男士の布団を剥ぎ取り、混乱する彼らを放ってふらりと出て行っては別の部屋に忍び込む。
 敵の奇襲だ、夜襲だ!いや主の夜這いだ、どういうことだ主は気が触れたのか!?と本丸中を巻き込んでの大騒ぎ。正気に戻った審神者はいたく反省していたが、なにせ夢遊病のようなものだ。二度目がないとは言いきれない。またこんなことが起こっては困ると、刀たちの間で決裁された案がこの「夜警」であった。

 夜警に向いているのは、短刀、脇差。良くて打刀。太刀以上の刀剣男士は夜戦では本来の力を発揮できないため、ふつうは短刀たちに任せるべきである。適材適所。
 ただ、本丸の短刀や脇差は極修行に出た者がほとんどであり、その育成のために出陣回数も増えていた。常に桜を漂わせて限界知らずの彼らと言えど、非番の夜にまで駆り出すのは忍びない。
 結局、適性がないのを承知で、練度上限に達して暇の多い太刀にお鉢が回ってきたというわけだ。


 だけど、やっぱり僕には向いてないよ。
 太刀はあまり夜目が効かないし、身体も鈍る。刃の斬れ味も、きっと昼の戦場いくさばのそれより悪くなっていることだろう。あと、ただじっと控えているというのは思っていた以上に眠くなる。退屈ここに極まれり、という感じだ。

 髭切がそのすらりと長い脚を組みかえ体勢を移していると、刀剣男士の人よりは優れた耳が衣擦れの音を捉えた。
 ぴたりと動きを止めて、襖の向こうの気配に神経を集中させる。布団のなかでもぞもぞと身じろぎする音、足でシーツを擦りながら身体を起こす音。無機物に温度が触れるかすかな音の隙間に、息を呑むような、嗚咽をこらえるような呼吸音が混じっていた。

「……主?」

 返事はない。代わりにぐすりと鼻をすする音がした。

 ──泣いている。
 髭切は、とうとうただ事ではないと襖に手をかけた。
 音もなくするりと簡単に開いた襖の向こうで、髭切の審神者は布団に半分身体を入れたまま、上半身を起こしていた。こちらに背を向けているから顔は見えない。けれどすすり泣きのような声とひくりと震える肩を見れば、彼女が袂を濡らしているのは一目瞭然だった。

「起きたんだね。どうしたんだい?」

 髭切がつとめて静かに声をかけると、小刻みに震えていた審神者の肩がびくりとひときわ大きく揺れた。寝間着のしわを引きのばすようにわずかに体を動かしたが、こちらをかえりみることはしない。
 刀を手に持って主の部屋に足を踏み入れる。そうして彼女の顔が見える正面まで回り込むと、髭切が思った通りその瞳は涙に濡れていた。

「おやおや、泣いてるの?」

 顔をのぞき込んでも視線は合わない。是とも否とも言わない審神者は、けれど返事をするようにぐすんとまた一度嗚咽を飲み込む。目元をぬぐう袖口に力が入りきっていなくて、その動作を引っ張っているのはどこかぼうっとした意識であるように見受けられた。
 悪夢でも見ちゃったのかな。
 髭切は大雑把に見当をつけながら穏やかに審神者に話しかけ続ける。あんまりこすったら痕になっちゃうよ。審神者の手を目元から外して、髭切の少し冷えた指先が涙の痕をなぞりながら涙をすくい上げた。

「どうしたの。僕に話してごらん」

 唇はぎゅっと引き結ばれたままだ。髭切は審神者の顎に手をかけて、意志の固い口を解すように頬をつつく。指で押したり優しく抓んだりしても、唇はぴったりくっついたまま離れようとしない。うーん……弟ならこれで口を割るんだけどな。

「主は頑固だね」

 審神者は頑として口を開かない。泣くのを我慢しているのか、返事をしたくないのか、そのどちらとも違うのか。髭切に心の中はわからないが、こうして意地っ張りなところは可愛げがあるように思える。
 おせっかいを焼くふりをして、少しからかってみることにした。

「寒いのかなぁ。ううん、布団は暖かいね。これなら夜這う必要もなさそうだ」
「……もう」
「あ、喋った」

 根負けしたのか、主は髭切のからかいに不満げな言葉で返す。咎めると言うには少々甘すぎる声音。眉を下げながらも微笑んだ彼女に薄手の毛布を掛けてやりながら、髭切は改めて問いかけた。

「ねえ、主。どうして泣いてたの?」

 少しの間、審神者は何も言わなかった。話しかたを思い出すように視線をうろつかせて、おそるおそる口を開いては躊躇って閉じる。たっぷり逡巡し、もうそれ以上掘り起こす記憶はないのではと思うほど考え込んだのち。あのね、と囁くような調子で落とされた言葉に彼は耳を澄ました。

「私の刀が、単騎で出陣していて。そしたら検非違使が彼を見つけて、それで……」

 それで、の先は訊かずとも明白だった。人一倍、と言ってもそもそも髭切は人間など歴代の主のような武士しか知らないのだが、ともかく人一倍優しく、刀剣男士に対し道具はでなく家族に近いような愛情を注ぐ今の主にとって、それは随分と酷い悪夢だっただろう。

「刀装もきちんとつけていたし、お守りだって持たせてたの。帰還命令を出しても届かなくて、私、なにもできなかった」

 夢の内容を追って恐ろしくなったのか、審神者が声を震わせる。髭切が羽織らせた毛布を握る指にきゅっと力が込められたのが見えた。

 そうは言っても、僕たちはものだからねぇ。折れるときは折れる、戦場で折れたなら悪いことでもないでしょうと言いそうになって、すんでのところで呑み込んだ。以前短刀の子が茶器を割ってしまったときに同じようなことを言って、審神者に泣かれたことを思い出したのだ。
 自分自身が折れるなら特に抗う気は起きないけど、折れるのがもし弟だとしたら。
 それは嫌だな、と思う。

「だいじょうぶだよ。夢は夢。君の刀は誰も折れてない」

 ね、と幼子を宥めるような根気強さで念を押す。そう、あくまで夢だ。誰も折れてないし、折らせない。そうだねと頷いた審神者のまるい頭をぽんぽんと柔い力で撫でて、猫のように目を細める主にある種のいとおしさを覚えながら手を離した。

 よっこらせ、と千年刀らしいかけ声とともに立ち上がると、なにかにひっぱられて足がたたらを踏んだ。審神者の手が上着の袖をくいと掴んで、髭切を引き留めている。首をかしげると、審神者は一度気まずそうに視線をずらしてから髭切の金目を見つめ返した。

「髭切さん、もう寝るの?」

 ためらう素振りを見せたわりには、それは拍子抜けするほど他愛のない問いかけだった。

「あはは、僕は寝ないよ。夜警だもの」
「じゃあ、ここの部屋にいていいよ。隣よりあったかいでしょう」

 矢継ぎ早に続ける審神者のどこか必死そうな様子に、髭切は、ああと察した。夢も見るのが嫌で、もう眠りたくないのだろう。たしかに夜警の当番は、空が白むまでの話し相手にはうってつけのように思えた。

「なら、二人で夜更かししちゃおうか。あとでみんなに怒られてしまうかもしれないけど」

 こういう当番なら、あながち悪くないかもね。
 審神者の淹れた熱い茶に口をつけながら、髭切は半月の夜空にそう思った。


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