手折るたそがれの赤い糸

刀×主/ワンライ(お題「紙飛行機」)


「まるで矢文だな」

 初鍛刀の薬研が、呆れたような、それでいてどこか面白がるような響きを含んだ声音で呟いた。器用に風に乗って陽樹に着地した紙飛行機に、ひとつがいの蜻蛉がとまる。

 この本丸ではじめに紙飛行機の折り方を覚えたのは誰だっただろうか。トランプを遊び尽くした粟田口の短刀だったような気もするし、好奇心の塊である鶴丸だったような気もするし、練度が頭打ちになって暇を持て余した太刀だったような気もする。
 誰かにその遊びを教えて数日と経たないうちに、ほかの刀たちが自分にも教えてくれと執務室に列を作った。刀の時代にはそもそも「飛行機」という概念がなかったからか、コピー用紙を折っただけの簡単なつくりのそれですら彼らにとっては珍しく、興味をそそるものだったらしい。

 それからひと夏、本丸では空前の紙飛行機ブームが巻き起こった。

 それ自体は、良い。
 戦場に連れて行ってやれない刀たちの暇つぶしが一つ増えたのは喜ばしいことだと思う。
 ……思うのだけれど。


「油断した……」

 執務室の前の廊下に積み重なる、紙飛行機の群れ。それの一つを拾い上げ、審神者はこめかみを押さえて深いため息を吐いた。

 あの刀が近侍になると、決まって部屋の前に紙飛行機の山が出現する。お前は業者かと問いたくなるくらいたくさん折ってはぽいぽいと放るものだから、犠牲になった紙の正体をひとつひとつ確かめるのは早々に諦めてしまった。
 ここ最近の、審神者の悩みの種である。

 今日の近侍も彼だったから、こうなることは予想できたのだ。だからこそ暇しないようにお菓子を開けたり処理すべき仕事をくどくど説明したりしてきたのだが、少なくともこの状況を見る限りでは一つも効果を発揮してくれなかったらしい。
 どこか落胆にも似た気持ちを抱えた審神者は、紙飛行機を持ったまま半開きのふすまに手をかけて一気にすぱんと引く。

「おかえりなさーい」

 畳に寝転がってひらひらと手を振る今日の近侍が、この紙飛行機市場の店主で、犯人だ。一つにまとめられた長い黒の髪が畳に模様を作っている。毒気も抜かれそうなほど明るいその笑顔からは、悪気の一つも感じられない。

「はい、ただいま。じゃなくて!鯰尾、また書類で紙飛行機折ったでしょ」
「あ、バレちゃいました?」

 へへ、と笑って頭を掻く鯰尾の仕草には、反省のはの字もなかった。つられて気が緩みそうになるのをなんとか踏ん張って、審神者はお説教を続ける。

「バレるよ!もう、大事な書類だったらどうするの」
「大丈夫ですって。俺がそんなドジ踏むわけないじゃないですか。ちゃんといらない紙でやってますよ」

 呆れて何も言えない審神者をよそに、彼はよいしょ、とマイペースに起き上がった。肩の凝りをほぐすようにぐっと伸びをして、審神者が部屋を出る前に開けて行った現世のスナック菓子をひとつ口に放り込む。
 はぁ、とこぼれ落ちるため息は留まるところを知らない。もぐもぐとスナックを咀嚼しながら、悩まし気な様子の審神者を見て鯰尾は口を開いた。

「そんなに心配なら、俺のこと、そばで見張っとけばいいんじゃないですか?」
「見張るって……」
「近侍の当番が終わるまでずーーっと俺の相手してくれたら、俺も紙飛行機折ったりしませんよ」

 どうです?なんて笑いながら首を傾げた鯰尾の顔を、審神者はしばらく見つめていた。沈黙が広がった数秒の間、二人は確かに見つめあっていたけれど、そこに甘酸っぱい空気はおろか気まずさすら浮かんでこない。
 その静寂を打ち切ったのは審神者だった。突拍子もなく鯰尾の頬に手を伸ばし、じゃれつくような声音で冗談じみた柔らかい叱責を飛ばす。

「ばか、審神者は忙しいの!さぼらないでね、近侍さん」
「わ、主ったら大胆」

 頬を掴んで引っ張る審神者の手の力のやさしさに、鯰尾は心のどこかがそわりと蠢くのを感じた。

 ほら、そろそろ夕餉の時間じゃないですか、と鯰尾が審神者の手を引く。二人の歩みによって押された紙飛行機の山から、ひとつが地面へと転がり落ちた。

*

「ずいぶんとまあ、陰湿な牽制だな」

 薬研の声に、鯰尾は振り返った。
 短刀の兄弟は落ちた紙飛行機の一つを開いて、そこに書かれていた内容を読んで眉間にしわを寄せる。まぎれもなく、それは本丸の外の人間がしたためた恋文だった。あて先は当然ながら審神者である。
 大将はもてるなあ。そう言って紙飛行機を片付けにかかる薬研を横目に、鯰尾は誰に対してというわけでもなく呟いた。

「いいのいいの、俺の自己満足だからさ」

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