蜜月前夜
刀×主/夢女の要望全部叶える回
この本丸が始動してから近侍はずっと俺の特等席だった。執務室というある種の閉鎖空間で主の話に相槌を打つのは、俺だけの特権だ。
他愛もない世間話や愚痴に留まっていたそれが恋愛色を帯び始めたのはいつからだっただろうか。主がこちらを伺うように躊躇いがちに話題を切り出すのは、恋の相談を持ちかけるときだと決まっていた。
「清光は、人間と刀剣男士の恋愛ってありだと思う?」
「あー……ま、ありなんじゃない?」
そっか、と頬を緩ませる主に胸が締め付けられる。主は本丸の誰かに恋をしているらしく、この質問も実のところ初めてではない。相手の名前を聞いたことはないが、彼女の話を聞く限りでは叶わない恋でもなさそうだと思う。
その相手が自分であればいいのにと思ってしまうのは、図々しいかもしれないけどどうしようもない。主の手で初期刀として顕現されてから今まで三年以上抱え続けてきた心は、積み重なるうちに主従という枠を超えていたのだ。
「主はそいつのどういうところを好きになったわけ?」
「そうだなあ……本丸の運営がまだ覚束ない初めのころから支えてくれて、私の話も親身に聞いてくれるんだ。一言で言えば頼りになるところかな」
「…………そう、なんだ」
照れくさそうにはにかみながら、少し饒舌に主は言った。その表情はまるで恋する乙女そのものだ。
俺は何も言えなくなった。じわりと汗が滲んでたまらず拳を握り込む。やっとのことで動揺を飲み込み平静を装って薄っぺらい相槌を打ったけど、それ以上の言葉は出てきそうにない。
主の言葉をそのままに受け取るなら、想う相手とやらは俺以外に考えられなかった。審神者になったばかりで右も左もわからない彼女を一番近くで支えてきたのは、初期刀の俺だという自信がある。それはもはや意地のようなプライドだけど、その程度の自尊心は初期刀なら誰しも持ち合わせていて当然だ。
主の話は、なかば俺のことが好きだと言っているようなものじゃないか。
「ねえ、清光」
俺を呼ぶ声になあに、と返す。主は俯きがちに目を伏せて頬を染めたまま、合わない視線と指先をうろつかせた。
縋るものを探していたその指が俺の襟巻きの裾を掴む。そのいじらしい仕草に心臓が大きく音を立てた。主は意を決したように顔を上げた。
「明日ね、告白しようと思うの」
その視線が孕んでいた思ったよりも強い決意に気を呑まれかけそうになる。
けれど、身体中を駆け巡った高揚と衝動が俺を突き動かした。
勢いまかせに主の手をすくいあげて両手で包み込む。目を丸くした主を見つめて、俺は彼女を鼓舞するようにぎゅっと握った。
「主なら大丈夫。絶対うまくいくって」
「……うん!ありがとう」
にこりと笑った主を見て、俺もつられるように笑顔になる。
彼女が決意を固めてしまうより先に、主に好きだと伝えなければ。
「……よし。うん、いい感じ」
その夜は、爪の手入れにいつもより長く時間をかけた。念入りに整えた宝石のような紅を見ていると次第に勇気が湧いてくる。
明日、主に想いを伝えよう。仕上げにふっと息を吹きかけて、俺はそう決意した。
結局昨夜は目が冴えてよく眠れなかった。日が昇ってからも何をするにつけても身が入らなくて、安定には妙なものを見る目を向けられた。
非番の日は万屋に行ったり鍛練をしたりして過ごしているけど、せっかく綺麗に整えた爪が崩れるのが勿体なくてそのどちらもしなかった。第二部隊が午後の出陣から帰還して、主の職務もひと段落ついた夕暮時。あらためて格好を頭からつま先まで確認して、これなら大丈夫だと頷く。
廊下を歩く足取りが弾むのは仕方がなかった。一刻も早く彼女に好きだと伝えたくて、逸る気持ちのままに執務室の扉に手をかける。
「主っ!」
その扉を開け放した先にいたのは俺の主、と、本丸の古株のうちの一振だった。頭が真っ白になって、思わず一歩後ずさる。揃ってこちらを見ている二人の距離に、俺は一瞬で何もかも察してしまった。
「あ、清光!あのね、今日告白したの」
無垢な主は、なにも知らないでにこにこと報告する。それは俺にすべてが自惚れだったと理解させるには十分すぎるほどで、ひどくぶたれたような衝撃が走った。
本丸が始動した当初から主を支えて、彼女の話を聞いてくれる、頼りになる刀。それが目の前のこの刀のことを指していたとは思いもしなかった。彼が、俺と同じく始まりの五振りと括られる打刀であることも最悪だった。
ふとしたときに一緒にいるのを見かけることはあったけれど、そこに主と刀以上の関係はないと思っていたのに。
「背中を押してくれてありがとうね。清光のおかげで勇気が出せたんだ」
主からの感謝の言葉が、これっぽっちも嬉しくない。笑わなければと思うけど、ぎこちなくて可愛くない歪な笑顔にしかならなかった。
俺は初期刀だったから、主は俺を選んでくれなかったのかな。
もし、主が初期刀に俺を選んでなかったら。それはそれで、胸を切り裂かれたみたいに痛かった。