朝になるまで待って

刀×主/ワンライ(お題「○○になるまで待って」)


 夢枕に立つ、という言葉がある。神さまや仏さまが夢の中にあらわれて、不思議なお告げや報せを授けてくれるという一種の心霊現象のことを言うらしい。
 それは、誰かの危険や訃報を予言するようなものだったり、はたまた彼ら自身の生前の無念だったり、経験談によってさまざまである。
 けれど、大抵は幻か嘘のように一度きりのことであって、押しかけ女房かのごとく連日夢に押し入ってくるようなものではないはずだった。

「おはよう、主。また会えてうれしいよ」

 連夜夢枕に通いつめているこの見知らぬどこかの誰かさんは、いったい私に何を伝えたいのだろうか。


*


 その青年がはじめに夢に現れたのは、私が20歳になった夜のことだった。
 普段の私は眠りが浅い方で、夢を見ることも少なければ、夢の中身を覚えていることなんて滅多にない。そんな私だが、あの夜に見た夢だけは唯一はっきりと思い出せる。

 夢の中で目を覚ますと、私は畳に頬をつけていた。身体を起こして見渡すと、そこはお殿様が座っているような、ほかより一段程度の高さのある奥の畳で、とてつもなく大きな広間を見渡せる位置にあることがわかった。時代劇で見たことのある、逆に言えばテレビでしか見たことのない日本式のお城みたいな内装。
 だだっ広い畳間。けれど、その部屋には悲しくなるくらいに何もなかった。掛け軸も、屏風も、生け花もない。がらんどうとでも形容すべき寂しく殺風景な空間で、私の目の前の青年だけが唯一の存在だった。
 ぱちりと目を瞬かせた私に、ふわふわとした髪の彼はおだやかに微笑んで口を開く。

「久しぶりだね、主」

 驚くほど甘い声だった。
 慈愛に満ちたまなざし、柔らかい表情、あたたかい声音。そのどれもが見知らぬものであるはずなのにどこか懐かしい感覚がして、私はしばし惚けたように口を噤んでいた。
 ふと視線が揺らいで彼が帯刀していることに気づいたとき、冷水をかけられたようにすっと頭が冴えた。

「……ええと、どなた?」

 頬に畳の線をくっきり浮かべた顔で開口一番にそう尋ねたものだから、客観的に見れば相当間抜けな感じになっていたことだろう。失礼な問いにも青年は気を悪くした様子もなく、相変わらず微笑みながら答えた。

「ようやく会いに来れたよ。待たせてしまったね」
「…………?」

 噛み合わない会話に私は疑問符を浮かべるばかりだった。私の声はよく聞こえているようで言葉を被せることはしないけれど、その疑問符を拾い上げてくれるつもりもないようである。
相槌のひとつも打てない私をそのままに、彼は絵本を読み聞かせるようなトーンで語り続けた。

 彼は連日夢に現れては、私の知らない私の思い出を楽しそうに語る。

 空想じみた世界観なのにやけに現実味を帯びていて、その上いつも違う話だった。水心子くんというお友達の話だけは毎回欠かさず盛り込まれていたけれど。とにかく、やけに生き生きと語るものだから、私も次第に彼の話を信じはじめていた。

 彼が夢にあらわれ始めて、二ヶ月もたとうとした夜のこと。いつものようにがらんどうの畳の上で目を覚ました私は、しかし、いつもよりずっと近くに腰かけていた青年に少し驚いた。身体を起こして、彼が物語を語り始めるのを待つ。いつの間にか、この異常な夢に違和感すら覚えなくなっていた。
 青年は相変わらず穏やかな表情で、けれど少し寂しげな声音で私に語りかける。

「主。明日は会えないかもしれないんだ、ごめんね」

 申し訳なさそうに眉を下げたのを見て、私はそんな表情もできるんだ、とどこか感心した。ごめんね、と謝られても、約束をした記憶もないのでいいよとも言うのも違う気がして、私は許しの言葉を口にすることはしなかった。

「へえ、そうなの?」
「うん」

 うん。
 たったひとつの相槌に、私は自分の耳を疑う。
 それは、彼が私の問いにはじめてくれた答えだった。

「だから今日は、とっておきの話をしようと思うんだ」

 とっておきの話。
 彼は目を瞑って、大切な記憶の糸を手繰るように、惜別の歌を詠むように、その断片を語った。



 君は、僕の腕の中で死んだんだ。
 ひどい怪我を負って、もう夜は越えられないと君がいちばんよくわかっていたと思う。
 まあ、あのときの君は相当な悪役だったから。僕にもかばいようのないくらい、正当な『悪』だったんだよ。
 今の君は覚えていないかな。でもあのとき、僕は約束したんだ。

「僕は、君のものになりたいんだよ」
「珍しいことを言うのね、清麿」
「もっと早く言えば良かったね。次に会ったときには、きっとたくさんの話をしよう」
「そうね。朝になるまで、待っててあげる」
「うん。ありがとう、主」


 語り終えると、彼は私の頬に触れた。不格好な畳の跡を少し冷たい指がなぞる。
 彼が私に手を伸ばしたのははじめてのことで、その瞳に涙を認めると私は息が詰まるような感覚に硬直した。

「ねぇ、主。僕は約束を守れたかな」

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