「ルル、あなた箒は得意?」
入学して少し経った木曜日の朝、ルルがベッドに腰掛けて靴下に足を通していると、頭の上から声をかけられた。
隣はハーマイオニーのベッドだ。
「・・・とくい?」
「・・・念のため言い直すわ。箒に、乗るのは、得意かと聞いたの」
「ああ」
ハーマイオニーが言い直したのは、どうやら正解らしかった。
「今日からだったか、飛行訓練」
「随分余裕ね」
ここのところ、寮の掲示板に飛行訓練開始の知らせが出たその日から、一年生達はその話題で持ちきりだったというのに。
この友人は、話には加わっているようでいつもぼんやりと聞いているだけだった。
「・・・得意なの?」
「箒?」
「箒に乗るの」
「いや、初めてだ」
それでも随分余裕があるのか、今聞いてやる気が出たのか。
ルルは長い髪を、きゅっと後ろで一つに結わえた。
「・・・貸して」
「何を」
「ブラシよ。やってあげる」
「ない」
「ブラシ、持ってないの!?」
「うん」
ハーマイオニーは溜め息をつくと、自分のベッドサイドの引き出しからヘアブラシを取り出した。
「後ろぐしゃぐしゃよ」
「ありがとう」
靴を脱いでベッドに乗り込むハーマイオニーに、ルルはやりやすいよう、身体を捻って横に向けた。
「・・・やっぱり気持ちいい」
「何が?」
「人にブラシでとかしてもらうのって、気持ちいい」
「それは良かったわ」
本当に気持ちよさそうに目を瞑るルルに、ハーマイオニーも笑顔になった。
「寝ないでね」
「・・・」
「ちょっと、ルル」
「うそだ、起きてる」
「よし、できた」
高い位置で一つに結ばれたルルの黒い髪は、尻尾のようにくるんと揺れた。
***
いくつかの授業を受けた午後三時半、今日はあと飛行訓練の授業を残すだけとなった。
ハーマイオニーとルルは他のグリフィンドール寮生と一緒に、校庭へと急いだ。
すでに到着していたスリザリン寮生の中にはドラコ・マルフォイもいて、ルルを睨みつけていたが、ルルは気にする風でもなく、校庭を見回した。
「しっかり柄を握り…、ぐらつかないように…」
箒の周りに近寄って眺めていると、横に立ったハーマイオニーは何やらぶつぶつと呟いていた。
今朝の朝食の席でもさんざ聞かされた「クィディッチ今昔」から仕入れた箒での飛行のコツだ。
「あ!」
「何!」
ルルの声に釣られてハーマイオニーは顔をあげたが、何だ、と言ってまたコツを呟き始めた。
ルルはというと、校舎からやってきたハリーを見つけて手を振ったのだが、振り返してくれたのはロンだけだった。
それでも手を振り続けていると、ハリーも手をあげて答えてくれたので、ルルは一気に気分が上がってくるのを感じた。
「やぁ、随分余裕の表情じゃあないか、ただのルルさん?」
「…何だよ、ドラコ」
ルルは上がった気分を害されて、不機嫌な顔でドラコを見た。
「今更飛行訓練の授業なんて、君には必要ないのかな?」
「何言ってるんだお前」
「ダンブルドアの孫娘が、箒に乗れないだなんて恥ずかしいものなぁ」
何だ、そんな意味だったのか、とルルは呆れた。
全くしつこい男である。
一言言い返してやろうとルルは思ったが、口を開こうとしたところで、飛行訓練を指導するマダム・フーチがやって来たため、それは叶わなかった。
「何をボヤボヤしてるんですか!みんな箒のそばに立って。さあ、早く」
言われるままに生徒達はわらわらと箒のそばに立ち、指示されるままに箒を手に収めた。
ルルの箒は勢いよく上がり過ぎて手を飛びぬけていきそうだったが、何とか捕まえた。
「わあ」
「きゃああ!」
ルルはすとん、と降り立った。
「・・・平気なのかしら」
ハーマイオニーの心配をよそに、しばらくじっと自分の足を見つめたルルは、ぴょこぴょことこちらに歩いてきた。
ハーマイオニーは思わず、箒を投げ捨てて駆け寄った。
「ルル!ルル!あなた平気なの?」
「足が痛い、ハーマイオニー」
「当たり前よっ!馬鹿っ!」
駆け寄ったままに、パシンと頭をひっぱたく。
「馬鹿じゃない」
言い返したが、それでもハーマイオニーに真剣な表情で怒られて、彼女はしゅんとしたように見えた。
「ハリー!」
声が聞こえたかと思うと、後ろから飛びつかれていた。
「・・・ッルル!?」
体にまとわりつく温もりと、すぐ横にある柔らかな黒髪とで、ハリーはルルに抱き締められていることを理解した。
賑やかな夕飯時で、周りのみんながあまりこちらに注目しなかったのが救いだ。
「ハリー!」
「ちょっ、なっ、何!?どうしたの!?」
パッと体を離したルルは、ハリーの隣にちょこん、と座った。
「おめでとう!マクゴナガル教授から聞いたんだ!」
「・・・それでっ、すっ飛んで来たのよっ!!」
息を切らしたハーマイオニーが追いついて、ルルを睨み付けた。
だがルルはちっとも気にする気配もなく、きらきらとした目でハリーを見つめる。
「シーカーだって!?クィディッチの!すごいな!やっぱり才能があるんだ!」
「ちょ!ルル!シーッ!声押えて!僕だって今聞いたばかりなんだ!」
慌てるロンなど全く目に入らないようで、ルルはハリーをじっと見つめている。
頬を染めてきらきらと輝く瞳で大絶賛してくれるルルは、否応なしに可愛かった。
こんなに手放しで賞賛されたことなんて、ハリーは今までになかった。
「あ、ありがとう」
「頑張れ。きっと素晴らしい選手になる」
この不思議で破天荒な少女に、ハリーは少しだけうんざりしていたのだけれど。
彼女の満面の笑みを見ていたら、どうにも嫌いになれない、と思うのだった。
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