ルルはそこで白い息を吐き、静かに佇んでいた。
「おう、小っこいの、寒くねぇか?」
「平気だ」
遙か上の方から投げられた言葉に、悠然と答える。
確かに寒さには弱い方で、こんな日はできることなら暖炉の前で毛布にくるまって眠っていたいものだが、今は楽しみの方が勝っている。
「もうすぐだ」
「ああ」
ハグリッドは遠く線路の先を見つめ、それに倣ってルルも遠く線路の向こうを見つめた。
もうすぐ、ホグワーツ特急がやってくる。
「早く、坊やに会いたい」
ルルは逸る気持ちを胸に、その赤い汽車を待った。
***
「イッチ年生!イッチ年生はこっちだ!」
ハグリッドの叫ぶ声もどんどん遠ざかって行く。
汽車から溢れ出る人の波に逆らって進もうとするが、押し流され、小柄なルルの体は、意志とは反する方向へ進まされるばかりだ。
「っ!」
一段と大きい体にはね飛ばされ、しかし備えた衝撃は来なかった。
「大丈夫かい?」
ルルの腕を掴んでいたのは、撫でつけた金髪に、青い瞳が見事な少年だった。
細い顎が、くい、とルルを押し退けた大柄な少年を示した。
「連れが失礼したね」
「いや、大丈夫だ。こちらこそ失礼した」
「どこへ行くんだい?城はあっちだ」
人の流れにまるで逆らっているルルを不思議に思ったのだろう。
「汽車に忘れ物かい?荷物と一緒に城に届くはずだから、問題ないよ」
「いいや、人を探しているんだ」
言えば、彼はルルの肩を優しく叩いて、今ルルが来ていた方へと促した。
「友達とはぐれたのかい?大丈夫さ、城に行けば会えるよ」
「・・・」
正直に言えば友達とはぐれたわけではなかったのだが、後半は彼の言う通りだった。
皆が揃って城に向かっているのだから、いずれは会える。
ホグワーツ特急から次々に溢れ出しては足早に城に向かう生徒の群に、少年に促されるままに踵を返して、ルルはうなだれた。
ダンブルドアやマクゴナガルの言う通り、おとなしく城で待っていれば良かった。
でも、一刻も早く会いたかったのだ。
「大丈夫さ」
しゅんとするルルをどう思ったのか、金髪の少年はまた肩を叩いてくれた。
その青い瞳を見上げて思いつく。
そうだ、坊やは有名だから、もしかしたら知っているかもしれない。
「ハリー・ポッターを見なかったか?私は、彼を探しているんだ」
「ハリー・ポッター?」
途端に、それまで優しかった彼の目つきが少し不快な色を帯びた。
「君も、ハリー・ポッターに興味があるのかい?」
「・・・興味というか」
ルルが言い澱むと、金髪の少年は一人納得したように「彼ばかりがモテる」とキザに溜め息をついた。
「今や誰もがハリー・ポッターに夢中だ。彼はスリザリンに入るべきだと思うよ」
自分でも、唇がへの字になったのがわかった。
「彼はスリザリンには入らない」
ルルの強い反論を予想もしなかったのだろう。少年は驚いた顔で立ち止まった。
周りの生徒たちが、人の流れの中立ち止まったルルと少年を、迷惑そうに見ては肩をぶつけ追い越して行く。
だがルルはそんなこと気にも止めず、きっぱりと言い放った。
「彼は、彼のお父様と同じ、グリフィンドールに入るんだ」
少年の鮮やかな青色の目は、一瞬驚きに見開かれたが、すぐに意地悪く弧を描いた。
「君、名前は?」
「・・・ルル」
「ルル、何?」
「ただのルルだ」
「ただのルル?」
その言葉尻に、明らかな嘲笑があった。
「ふぅん、そう。それなら仕方ない」
少年はニヤニヤと笑うと、まだ真新しいローブを翻した。
「僕の名はドラコ。ドラコ・マルフォイ」
「・・・」
「同じ寮にはならないだろうけど、まぁ必要なら覚えてくれ」
彼はそう言うと、さっさと人の波に乗って行ってしまった。
思い出したかのように、ルルにぶつかった図体の大きい少年が、同じようなもう一人の少年を連れて後を追っていった。
ルルは人の波に後ろから押されながら、シリウスみたい、とぽつりと呟いて、とぼとぼと歩き出した。
***
「どうしてあなたはそちらからやってくるのです」
「・・・」
カツカツと足音を響かせて前からやってきたマクゴナガルに見咎められ、ルルは肩を竦めた。
「一年生はハグリッドの連れ添いで湖から来る手筈ですが?」
「馬車で乗り合わせた上級生にも同じ事を言われた」
ホグワーツ城に向かうために上級生達が乗り合わせる馬車の中で、自寮のネクタイではなく、組分けを控え無地のグレーのネクタイを絞めたルルは浮いていた。
その身体の小ささも手伝って、大分からかわれたが、ルルにはそんなことは些細な問題ではなかった。
「船は苦手なんだ」
そう言ってから、馬車を轢いていたあの気味の悪い生き物のことを思い出す。
全くこの学校は、学校にやってくるのにまともな手段の一つも無いのだろうか。
「正確には水が、でしょう」
きっぱりと言い放つマクゴナガルに、見透かされているな、と肩を竦める。
この人には色んな意味で隠し立てが出来ない。
「おいでなさい。他の一年生が待っています」
相変わらず靴音を響かせて歩くマクゴナガルの後ろに、ルルは音もなく付き従った。
***
一目で見てわかった。
大広間の手前の空き部屋のドアを開けると、何十人かの一年生が不安そうなざわめきを起こしながら、窮屈そうに身を寄せ合って立っていた。
部屋に入ったマクゴナガルの後ろをするりと抜けて、ルルもその列に加わった。
「ホグワーツ入学おめでとう」
マクゴナガルがそう挨拶して、新入生を見渡した。皆一様に緊張した面もちで、ルルの斜め前に立つ、彼も例外ではない。
マクゴナガルが組分けの儀式の説明をして、しばらくここで待っているように告げ、部屋を出ていった。
途端に部屋の中は、組分けに対するざわめきで溢れ返る。
そのざわめきの合間を縫って、彼にそっと近づいた。
「坊や」
「えっ」
呼びかければ彼は、驚いたように振り返った。途端に懐かしさと愛おしさで、胸がいっぱいになる。こんなに近くでしっかりと顔を見たのはいつぶりだろう。
真っ黒なくしゃくしゃの髪。白い肌に、筋の通った鼻。
本当にジェームズにうり二つだ。
丸い二つの硝子の奥の、アーモンド型のくりっとした緑の瞳だけは、小さな頃からリリーゆずりだ。
「組分けが不安?」
「え?君は・・・?」
「大丈夫、きっとあなたは、」
言いかけたところで、ルルの言葉は悲鳴にかき消された。後ろの壁からゴースト達が現れたのだ。
何人かの一年生が、学校のゴースト達に話かけられ、怯えた面もちで答えている。彼の目も釘付けだ。
「組分け儀式がまもなく始まります」
戻ってきたマクゴナガルの厳しい声が、一年生の注目を一斉に集めた。
「さあ、一列になって。ついてきて下さい」
結局ルルは言葉の続きを、彼に、ハリーに伝えることができなかった。
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