「さぁ皆さん!杖を出して!」

「…」

皆が嬉々として杖掲げる中、ルルはぽかんと口を開けてその様子を見た。

「ルル、あなた杖は?まさか忘れたの!?先生!ミス・ダンブルドアが…!」

「違う、ハーマイオニー。聞いてくれ」

ズビュッと高く手を挙げる友人を頼もしく思いながらも、ルルは淡々と続けた。

「私、杖がないんだ。買うのを忘れていた」

ルルはその日、友人のこれ以上ない驚愕の表情を、目の当たりにした。


***



「とにかくこちらにも責任がありますので」

そう言うマクゴナガルは、相当怒っているようだ。
それはルルに対してというより、自分に対してでもあるのだろう。

「杖を忘れるなんて…そんな…全く…前代未聞で…そもそも…」

週も半ばにさしかかり、いよいよ杖を使っての実技の授業が行われたのだ。

フリットウィック教授は、両手に何も持たないルルに対して、浮遊呪文で使うのだろう羽根を抱えながら「寮監の先生のところに行きなさい」と優しく言ってくれた。
その優しさが返って申し訳ない、と、ルルだった感じてはいたのだ。


「…まったく、フリットウィック先生だからよかったものを…と、聞いていますか!ミス・ルル!」
「はい」
「こちらにも落ち度はありましたが…、今回はあなたが、ただ単にうっかり、忘れていたということにしますからね!」
うっかり、のところを強調して、マクゴナガルは眉を吊り上げた。

「無論だ」
「…とにかく、あなたが学用品のリストどころか…、入学許可証すら受け取っていないということは、くれぐれも他言無用ですからね!」
「心得ている」

ルルはなるべく、神妙に見える顔で頷いた。
そうして、二週間ほど前のことを、ぼんやりと思い出していた。


***


「ホグワーツに入りたいとな」
「ああ」

後にも先にも、ホグワーツに入学させろと直談判しに行ったのはルルくらいなものだろう。
突然現れた少女に、だがしかし、ダンンブルドアは心得たように優しかった。

「久しぶりに顔を見たかと思うたら…、君はいつも、彼を中心に生きておるのじゃな」
「…もう、私には、あの子しか、生きる意味も希望もないからな」

ダンブルドアは、俯くでもなく、真っ直ぐにこちらを見据えて言う少女に、あれからもう11年もの月日が流れたことを、今更ながらに感じた。

「あの子は、なかなか入学許可証の手紙を受け取ってくれんでのぅ…。もう何通、手紙を作ったかわからんのじゃ」
「坊やが拒否してるんじゃない。坊やの伯父さんが、受け取るのを邪魔しているんだ!」
「わかっておるよ、あの子は必ず、手紙を受け取る」
「そして、私の手の届かないところへ行ってしまう」

きっ、と、ダンブルドアを見据える、黒い瞳が光っていた。

「11年前、あなたはこう言った、アルバス・ダンブルドア。…”これからも、君があの子を、一番近くで見守っていられるように、約束する”と…」
「子供は成長するものじゃよ、ミス・ルル」

「でもまだ、坊やはほんの子供だ!まだ、11歳の!」
「そうして君はいつまで、彼を見守り続けるつもりじゃね…?」

問えば初めて、その黒髪の小柄な少女は、瞳を揺らして怯んだように見えた。
本来、その役目である筈の人々のことを思い出したのかもしれない。
何事もなければ、今頃ハリーの傍にいて、惜しみない愛を彼に注いでいたであろう、両親のことを。

「…永遠に」

それは、彼らにかわって。
11年前、彼女が、ルルが決意したことだった。


かくして一人の少女が、ホグワーツ魔法魔術学校への入学を許可された。
それは、まもなく新学期を控えた学校と教師陣にとっては、あまりに急な出来事だった。



***

「これでいいか」

ルルは木立に分け入ると、手近に落ちていた木の棒を拾う。

「おい」

スパン、と後ろ頭を叩かれた。

「い、痛い。何だ?なぜ叩かれた?」

ルルは思わず、後ろ頭を押さえて振り返る。
思いっきり眉根を寄せた、スリザリンの寮監が立っていた。
重たげな黒い髪が顔にかかった、他の教師陣よりかは、幾分か年若の教授であった。

しかし、若干驚いたような、怪訝そうな顔をしているのは何故なのだろう。それはこちらの表情だ。

「…思わずだ。許しなさい」
「おっ、横暴な…!」
「我輩とて叩くつもりはなかった。君があまりにも酷い冗談を言うからだ」

「冗談?ああ、これのことか?」

拾い上げた木の棒を掲げてみせる。
そもそも、学校の門の外に呼び出され、相手に待たされた挙句、ルルなりに考えた物だったのだが。

「何だ。何でもいいんじゃないのか?」
「………」

彼はたっぷり、こちらを睨みつけた後、重い溜息をついて踵を返した。

「どこに行くんだ?森で見繕うのか?」
「君がどうしても、そこらに落ちている木の棒が良い、と言うなら止めはしないがね」
「…」

ルルはそこで初めて、杖は買う物なのだと理解した。





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