夜深い時間。
色々あり書類を片付けるのが今の時間にしか取れずに今やっている。
不備がないかを確認し不備があれば修正していく。
そんな時控えめなノックが聞こえる。
「どうぞ」
こんな夜更けに誰が来たのだろうか、夜這いにくる者だったら早急に追い払おう。
そう心に決めつつ返事をする。
「失礼します。」
聞こえてきたのはカズハの声だったのに思わず顔をあげてドアを見てしまう。
いつもはひとつに結い上げているその黒髪を下ろし、黒いストールを羽織ったカズハがティーセットを持ち入ってくる。
「カズハか。どうしたんだい?こんな夜更けに。」
自分の胸が高鳴るのを感じ、無防備な彼女に癒やされる。
こんな夜更けに男である俺の部屋に来るのはいかせんどうなんだとも思ってしまうが来てくれたことには喜びを感じるのだ。
自分の口元が自然に上がるのがわかる。
「団長の部屋から灯りが漏れていたので。」
そう言って部屋の中央にあるテーブルへティーセットを置きティーカップに注ぎ飴色の液体がティーカップに満たされていく。
ふわりと香るほのかな甘い香りが鼻をくすぐる。
「花茶です、ここに置いておきますね。」
そう手が届くが邪魔にならないところにカズハはティーカップを置いてくれる。
近くにくると花茶とは違う甘い香り。カズハの香りだということに気付くのにそう時間はかからない。
「あぁ、ありがとう。」
思わずミケの様に香りをかぎたくなる、そんな欲望を押し殺しティーカップを取り口をつける。
口の中に甘い香りが満ち、王都へ行ってきた故に張り詰めていた心が解きほぐされるように感じる。
「あぁ、ほっとする、な…。」
花茶だけではなくカズハの声、表情、香りにも解きほぐされていく。
カズハに対して自然体で居られるが、どうしようも無く、彼女に対して年上として舞いたくもなる。
自然と浮かぶ微笑みを向けるとカズハも微笑みを浮かべ
「それは良かったです。」
そう答えてくれる。それがたまらなく嬉しく思う。
いつもならすぐ離れてしまうカズハが自分を見つめてくるので見つめ返す。
カズハのその深く澄んだ瞳に自分が映り込む。
それに喜びという感情が胸の中を満たす。
しかしこの瞳に別な誰かが映るのは酷く嫉妬してしまいそうになる。
そんな思考に落ちている俺に
「団長。」
カズハに呼ばれ思考が引き戻される。
「書類の整理引き継いでおくので、お休みになられて下さい。」
とそんなことを言ってくる。
確かに眠いとは思うがここでカズハに任せるのは見栄があるので譲ることはできないので言い募ろうとするが。
「お休みになられて下さい。」
と冷静に言われてしまう。
先程とは一変して強い光を宿して自分にいう。
だがその色は心配だと自分に語るようで嬉しくもあるが。
見栄があるので何も言えず無言になる。
お互いに無言が続く。
しかしカズハのおかげで緩んだ糸のせいもあり、あくびが出てしまうので口元を手で覆う。
カズハはそれに苦笑して自分を見つめる。
「はい、団長寝てくださいね。」
と勝ち誇ったかのように言うカズハは優しく微笑んでいた。
見栄とかどうでも良くなり、この自分より年下の彼女に甘えてしまおうと思った自分に苦笑をする。
「わかった、少し眠るとしよう。」
「えぇ、そうして下さい。」
降参だというような声色で言うと軽くカズハは笑ってそう言う。
「カズハも程々にして戻って寝なさい。」
「わかっています、おやすみなさい。エルヴィンさん。」
「あぁ、おやすみ。カズハ。」
名前を呼び、呼ばれる。
それだけでも満たされる。
カップに残った花茶を飲み干しベッドに横になる。
カズハが気になりを見守っていると机に座りランプの灯りをやや落とす。
それは寝る自分を気遣ってのことだというのをわかって心があたたまる。
規則的に聞こえるペンを走らせる音が心地よく感じ瞼を閉じる。
しかし思い浮かぶのがこの世界の謎であり父への懺悔の念、そして同志達の死に顔だった。
いつもこの思考に苛まれる。
眼が冴えまた瞼を開き視線の先にいるカズハを見つめる。
真剣に作業を続けているのにやや寂しさを感じてしまうのに見栄はどうしたと思ってしまうが。
いつもの思考によって心細くなっているのだろうと自己完結する。
カズハの瞳が黒ではなく青く煌くのに気付く。
いつもは黒に見えるが自分から見下ろすといつもこの深く澄んだ青に見える。
それをカズハに聞いたら「私の眼は光の角度で青く見えるみたいです、良くユーリやハンジにや弟分妹分に覗き込まれてます。」と照れて笑い言っていたのを思い出す。
そんな深い澄んだ青に視線を奪われ続けていたらカズハと視線が合う。
「眠れませんか?」
優しく言われ「あぁ…。」と思わず情けない声が出てしまう。
まるで子供のようだなと思い何でもないと言おうとしたらカズハが静かに此方に近づきベッドの前に座る。
先程とは違い髪と同じ闇のような黒の瞳が自分を見つめてくる。
そしてそっと自分の頭に触れ優しく撫でてくる。
兵士になる前は母に撫でられたりはしたが、頭を撫でられるという感覚はもうそれっきりだった。
「カズハ?」
思わず不思議そうに名を呼ぶと
「かあさまが私が寝れない時よく頭を撫でてくれたので。」
と微笑み恥ずかしそうに言うカズハ。
優しく、優しく、優しく。
髪を梳くように頭を撫でられる。
体温の高い彼女の手が心地よく、先程までいつもの思考が脳裏にこびりつき目が冴えていたのに、いとも簡単にその思考が消え瞼が重くなる。
そんな自分に現金だなと思って苦笑してしまう。
意識がゆっくり落ちていき抗いがたい睡魔にそのまま飲まれていく。
眠りに落ちるその瞬間までカズハの手が自分を撫で続けてくれたのを感じた。
瞼を上げると窓の外から見える空は白み朝が来たことを知らせる。
まだ時を告げる鐘がなっていない時刻なのだろうと想像に容易だった。
「俺は…。そう言えば、寝ていたのか。」
起き上がると軽い音を立て何かが落ちる。
その落ちたものに視線をやるとカズハがここに来たときに羽織っていたストールだ。
手触りが良いそれを口元へ寄せるとカズハと同じ甘い香りがする。
それに笑みがもれる。
とりあえず支度をするかと思い己の髪の毛を片手で後ろに流しつつ、立ち上がり机を見ると綺麗に書類が揃えられ置かれているのにカズハに感謝する。
ふと視線を下ろすとカズハがそこにいたのに驚いた。
灯りが消えていたので自分の部屋に戻ったと思ったのだが、書類を揃え片付けたあと意識が落ちてしまったのだろうか。
机の天板に浅く体を預け微かな寝息を立ているのに苦笑をし近寄る。
カズハが寝ているときにミケが近寄ると起きる位置に近づいても次にリヴァイが近寄った時に起きる位置に近づいても起きない。
そっと髪の毛に触れる、ハンジやユリアが触っても起きるのだが、俺が触れても起きる気配がない。
指通りの滑らかなその髪を楽しむように撫でるがカズハは一向に目を覚まさない。
「俺は異性として見られていないのだろうか…?」
とふと思ったことが口から声となって出てしまう。
カズハが自分を見ている立ち位置としてだと兄のような存在としてなのだろう。
「それはそれで複雑なのだが…。」
目を細めため息を付く。
自分だけしか意識しているようで、どこか負けた気がするのだ。
だが異性としては複雑だが、警戒心や気配に敏感なカズハがこうして自分だけにここまで気を許してくれてるのは素直に嬉しく思う。
髪質を楽しんでいたがふとカズハの白い頬に触れると自分の体温より高いはずのカズハの頬は冷たく冷えていた。
静かに眠っているカズハは呼吸をしている動きを見逃すと作り物の様に見えてくる。
そんなカズハに心配になり起こさないように姫抱きをしそのままベッドへ向かい腰を下ろす。
そしてカズハを温めるために抱きしめる。
じんわりと自分の体温によりあたたまり、冷たさがカズハから抜けていく。
普段の触れ合いといえば抱きしめることなんて無く、こうして長く自分の腕の中にとどめておけるのがたまらなく嬉しくもある。
だがカズハから香る、淡く甘い香りに黒く鈍い欲望が首をもたげる。
兄のような存在としてでしか思われていないなら、それに浸け込んで男としての自分を刻めばいい。
とそんな欲望を感じてしまう。
自分の地位や容姿を目当てに来る馬鹿どもには抱かなく抱けない欲望。
カズハにそんなことをしたら容易に離れていくだろう。
失いたくない。
父を失ったときより自分には大きな喪失をもたらすのは容易に想像できる。
彼女の前なら、人間性を捨て去り悪魔と呼ばれる自分が唯一、人としてあれる。
彼女の前なら、己を捨て去り団長と呼ばれる自分が唯一、ただのエルヴィン・スミスで居られる。
失いたくないのだ。
黒く鈍い欲望を出さないように耐えるようにカズハを起こさない程度に強めに抱きしめる。
「ん…ぅ…。」
腕の中でカズハが動くのに起こしてしまったのだろうかと焦るが収まりが良いところを見つけたのかおとなしくなる。
自分の胸辺りの服を掴み、完全に自分に体をあずけるようになる。
そして安心しきったようにへにゃりとカズハが笑う。
不意打ちだった。
顔に熱が集まるのを感じごまかすように頭に口元を寄せた。
黒く鈍い感情が今度は沸き起こることはなかった。
しばらくそのままでいたのだが早朝を告げる鐘がなる。
「ん…ぅ…?」
その鐘の音で眼が覚めたのかカズハが動く。
「…………?」
ぼんやりと見上げてくるカズハに忍び笑いが出てしまう。
「カズハ、おはよう。」
「エルヴィンさん、おはようございます……?」
まだ意識がはっきりしないのか眼を瞬かせ首を傾げつつ自分を見つめてくるカズハが愛おしく見つめる。
だがはっとし慌てて腕の中から抜け出そうとするカズハに若干の寂しさを感じつつも開放してやる。
あぁカズハのぬくもりと香りが離れるのに更に寂しさを感じる自分に苦笑してしまう。
「お、おはようございます。エルヴィンさん。なんかすみません…。」
顔を赤く染めうつむくカズハに微笑む。
「いや、問題はないよ。」
「支度や珈琲の準備してきますね。」
「あぁ、頼むよ。」
わたわたと慌てて昨夜持ってきたティーセットを片付けて部屋を出て行く。
いつもそつなくこなしているカズハがストールの存在を忘れてることに自分が異性として見られていないことはないのだろうかとすこし希望観測してしまう。