それは柔らかな飴色の カズハside




夜深い時間にふと目が覚める。
まだ鍛錬するには早く、時間で仕事ならもう終わっている。
眠れない自分を優しく母が撫でてくれたのを思い出す。
「かあさま…とうさま…。」
思い浮かぶのが二人の笑顔で自分はとても大切にされていたということを感じる。
心が締め付けられ涙が出そうに成るが涙が流れることはなかった。
目の前で仲間を同期を失いすぎたからなのかわからない。
これからも多くの仲間を失うだろう、それでも前に進まなければならないから。
彼らのことを忘れないことが今できる最大のことだから。



でも私はエルヴィンさんのことが気にかかった。



私は物心つく頃から”魔女”と呼ばれ続けてた。
ある意味慣れているから。
でもエルヴィンさんは時を重ねるごとに人間性を捨て己を捨て進んでいる。
それじゃいけない、いつかきっと折れてしまう。



でも私になにができるの…?



母がくれたストールを羽織てぼんやりと窓を開け外を見る。
「さむい…。」
身体が震える、でも外を見たかった。
冴え渡る空気が空が母とエルヴィンさんを思い起こす。
いつからか両親とユーリとは別に心の中に彼が居たのかわからない。
そんなことを考えふと隣のエルヴィンさんが使っている自室を見ると灯りが灯っていることに気付く。
「まだ、起きているのかな…。迷惑かもしれないけど花茶持っていこう。」
そう思い立ってお茶の準備をすることにした。



お茶の準備が終わり、妙な緊張感で彼の部屋の扉の前で立っていた。
いつもはこんなに緊張しないのにと思いつつ静かにノックをする。
「どうぞ。」
静かにだが苛立ちを感じる声だったがここで逃げるのもどうかと思い
「失礼します。」
と伺うように入ると驚いて此方を見るエルヴィンさんが居た。
先程の不機嫌そうな声色ではなく嬉しそうで此方も嬉しくなってしまう。
入るといつもエルヴィンさんが使用しているだろう香水の香りがほのかに部屋に満ちている。
この優しく、爽やかだが甘くない香りが彼に似合っていると思う。
「カズハか。どうしたんだい?こんな夜更けに。」
優しく嬉しそうに笑みを作る彼に嬉しく成ってしまう。
心臓が早く鼓動を刻む。


私はこの感情をしらない。


「団長の部屋から灯りが漏れていたので。」
思わず階級名で呼んでしまうのにエルヴィンさんは少し悲しげになるが、今の彼は仕事中なのだからとふと言い聞かせる。
中央のテーブルにティーセットを置きティーカップに花茶を注ぐ。
部屋に花茶独特の甘い香りが広がる。
あぁ、また暇になったときに私やかあさまの名前にある花の花茶も作らなければ。
と彼の部屋にいるということをごまかすように思考をずらす。
「花茶です、ここに置いておきますね。」
書類の整理の邪魔にならなくなおかつ手がとどくところに置いておく。
「あぁ、ありがとう。」
そういってすぐ口をつけるエルヴィンさん。
喉がそんなに乾いていたのだろうか?もう少し早くお茶を準備すればよかったかもしれない。
「あぁ、ほっとする、な…。」
と一息つくと同時にそう言ってくれる。
部屋に入った時とは違い張り詰めた空気が解けたようにも見え私は嬉しくなる。
一時でもあなたの心が解きほぐれたのなら私は嬉しい。
「それは良かったです。」
嬉しくて笑みを作り思わずエルヴィンさんを見つめてしまう。
早く離れなければ邪魔に成るのに。
でも見つめていると此方を見つめ返してくる。
エルヴィンさんのまるで冬の澄みきった空の色のような勿忘草の色のような、その色が好きで見ていたく成る。



だけどその瞳に映るのがたまらなく切なくなる。



ふとその感情の名前を探したく成るが、やや顔色が悪いのと目元に隈ができているのに気付く。
「団長。書類の整理引き継いでおくので、お休みになられて下さい。」
すごく冷静な声が出てしまう。
これ以上は医者として調査兵団を見ているものからしたら許せるものじゃない、けど私はエルヴィンさんが心配でもあるから。
「いや、だが…。」
そう言い募ろうとするエルヴィンさんに
「お休みになられて下さい。」
ともう少し強めに言うと黙りこみ私も黙ってしまう。
お互いに譲らないことなんて体調管理のときはよくあることだ。
しかしふとエルヴィンさんは口を抑えあくびをする。
それに苦笑をし
「はい、団長寝てくださいね。」
勝ち誇った様な声が出てしまうがエルヴィンさんは苦笑して
「わかった、少し眠るとしよう。」
と折れてくれる。
「えぇ、そうして下さい。」
ほっとしてそう言うと。
「カズハも程々にして戻って寝なさい。」
エルヴィンさんが心配してそう言ってくれる。それに苦笑をしつつ
「わかっています、おやすみなさい。エルヴィンさん。」
「あぁ、おやすみ。カズハ。」
名前を呼んで呼ばれる。
心があたたまるのを感じる。
花茶を飲み干したあとにベッドに横になる彼を見た後に先程まで彼が座っていた椅子に座り灯りを少し落とす。
そして作業を始める。



自分のペンを走らせる音しか聞こえない静かな夜。
ふと視線を感じ眠っているはずのエルヴィンさんを見ると視線が合う。
眠れないのだろうか。
「眠れませんか?」
そう聞くと
「あぁ…」
とどこか心細そうな声色だったのに私はペンを立てかける場所に置き席を立つ。
静かに近づいて、ベッドの前に膝をつく。
そして、エルヴィンさんの頭に手を伸ばし頭を撫でる。
かあさまに小さい時してもらったように優しく。
「カズハ?」
不思議そうに自分の名前を呼ぶ。
それに苦笑をして
「かあさまが私が寝れない時よく頭を撫でてくれたので。」
どうかあなたの心が少しでも平穏が訪れますように。
そう願わざるおえない。



私は彼の考えはわからない。
私は彼の悲しみはわからない。
私は彼の望みはわからない。



でも



理解したいと思う。
寄り添いたいと思う。
支えたいと思う。



あなたの心が少しでも平穏が保たれるなら、私は出来る限りのことをしたいのだから。



家族やユーリとは違う。
私の心の大半を埋めたあなたに。
親愛するあなたにできることを。



そんなことを考えていたら、エルヴィンさんはもう寝てしまっていた。
寝ているとあどけなく見えて苦笑をする立ち上がろうとするとするととストールが肩から落ちる。
床に落ちる前に捕まえられて羽織直そうとするとエルヴィンさんにストールが掴まれてるのに気がつく。
服でなくてよかったとホッとしつつ、どうしようかとも思ったが、寝ているエルヴィンさんにストールを預けて机へ向かった。





数時間後にやっと書類の整理が終わり、始まる前にエルヴィンさんが目を通していたものと私が書類の整理したものを分け文鎮を乗せ置いておく。
多分起きたら目を通すのだろうと思うからだ。
背伸びをし灯りを消して立ち上がろうとするが、気が緩みすぎたのか一気に眠気が襲ってくる。
「あぁ…部屋に戻らなきゃ…」
身体が思うように動かない。
瞼ってこんなに重かったっけ…。
「少しだけならここに居ても…いいかな…。」
少しだけ眠ってティーセットを片付ければいいはず
それにしばらく感じる彼の気配と彼の香りを感じていたいという欲目もありそのまま机に体を預け寝てしまった。



暗く寒い
でもしばらくすると
明るく温かくなる
とても安心するぬくもり
思わず笑みが溢れる。



鐘の音が響く。
私の意識が少し浮上する。
でも意識がはっきりしない。
ぼんやりと視線を感じ上を見ると
淡い金色と冬の空の様な色が眼に入ってくる。
まるで冬の日の空と太陽のようだなとぼんやりと思う。
「カズハ、おはよう。」
そう言われるとその色がだんだん誰のものかわかる。
「エルヴィンさん、おはようございます……?」
触れられそうなぐらいに近い。
思わず触れようと手を伸ばそうとするところでハッと我に返る。
なんで私は彼に抱きしめられているのだろうか。
顔に一気に熱がまわり、慌てて腕の中から抜け出そうとすると、後ろでエルヴィンさんが忍び笑いをしつつ私を開放してくれる。
「お、おはようございます。エルヴィンさん。なんかすみません…。」
顔が熱い、なんという失態をしたんでしょうか自分は。
顔が赤くなっているのがわかるので顔を上げることができずに居る。
「いや、問題はないよ。」
優しくそう言ってくれるあなたの声に嬉しくなる。
「支度や珈琲の準備してきますね。」
彼の支度の邪魔になるから部屋に戻らねば、そして自分も支度をして置かなければ。
「あぁ、頼むよ。」
逃げるようにティーセットを片付けて部屋を出て行くのだった。



なお珈琲を持っていったときにストールを返してもらった。
ほんのりとうつっている彼の香りが嬉しく思ってしまう考えを追い出すのに必死になっていた私が居ました。

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