群青に舞うは淡紅白の花弁



小さい小屋に隣接した畑に水やりをし満足そうにカズハは頷いた。
調査兵団本部の敷地内にある少し前は荒れ果てた土地だったのをカズハは薬草を増やすという命を受け耕したのだ。
「しかしかあさまも「聞いて欲しければ私を闘争で満足させろ。」とか良く言えましたよね……。」
そう拝命された時にやけに疲れた顔で団長であるマリクに言われたのを思い出す。
母親であるカグラは身内でも甘くない時があったなというのをしゃがみつつ思い出す。
「ですがマリク団長ならできるから、あぁ言ったんでしょうけど。」
己の母親はけしてできないことを言う人ではないのを知っている。
だがギリギリを狙い言うので多忙な団長に言うのを辞めなさいと父親に言われて居ただろうというのを想像できる。
母親は良い人なのだ、その鍛え方がスパルタでも、己のギリギリを狙てきても、根っからの修羅でも……と考えていると自信がなくなってくるカズハだった。
母親というカテゴリーではなくどちらかと言えば父親と言う役回りな気がしてくる。
一人で生きていけることを突き詰めた結果なのだろうとカズハはぼんやりとノートに記帳しつつ思う。
父親が居なければ自分は生まれなかっただろうとも。
「カズハ。」
思考に没頭していたらそう後ろから呼びかけられはっとカズハが振り返ると黒い上着に黒のスラックスと白のワイシャツという比較的にラフな私服姿のエルヴィンが後ろに居た。
「エルヴィンさん。」
そうエルヴィンの名前を口にしつつ立ち上がカズハをみてエルヴィンは嬉しそうに笑みを浮かべる
「精が出るな。」
「土いじりは好きですから。」
「そうか。」
お互いに笑顔でそう言うとふとエルヴィンがカズハをまじまじと見ているとカズハは首を傾げる。
それにエルヴィンは思わず苦笑しつつ懐かしげに
「初めて出会った時もそういう服装だったな。」
と言うそれに懐かしげに見られているのに合点がいった。
夜色の服は裾が長く両側にスリットがあり動きやすく、襟が首元を保護するようになり全体的にシルエットが解らなく成っている。
麻色のズボンにブーツを履き、服の上から腰に麻色の布をまき右手にいつもの腕輪の様な物が見える。
「この作りが一番動き慣れてますから。」
「そうか。」
笑顔で見ていてふとエルヴィンが何かに気づき。
「カズハ少し動かないでくれ。」
そうエルヴィンが言いカズハの頭に手を伸ばし淡紅白の花弁を指でつまむ。
不思議そうな顔をしていたカズハにその花弁を見せると
「あぁ、取ってくださってありがとうございます。」
微笑み礼をいうとエルヴィンも微笑む。
「しかしこの花弁はなんの花弁なんだ?」
「あぁ、それはセレッソですよ。」
「セレッソ?あの花は春に咲く花だろう?」
エルヴィンは不思議そうに首を傾げ言う。
実際には見たことが無いが本ではそう言う風にかかれていたのを思い出す。
「冬にも咲く物があるんです。」
「ほう。」
「記帳も終わりましたし、見に行きますか?」
カズハのその言葉に驚いたように目を丸くしつつ
「いいのかい?」
「えぇ、構いません。」
エルヴィンがもう一度確認するかのように言うとカズハは頷き快諾するとエルヴィンがゆるりと微笑み
「じゃぁお願いするよ。」
そう嬉しそうに答えるのだった。





エルヴィンとカズハは各々の馬に乗り訓練に使う森の中を進んでいた。
訓練に使われてるのは比較的に森の浅い部分故に奥のことはあまり知らないのが現状だ。
そんな森をカズハは真っ直ぐに進んでいく。
「カズハどこまで行くんだ?この先はやや崖になっていて森だけだったはずだが。」
「そこに行くんです。」
そうカズハが振り向きつつ言うとなんでそんなところにと首をエルヴィンがかしげるので楽しげに笑いつつ
「すごく驚きますよ。」
といって歩を進めるのでエルヴィンは何も言わずについていくのだ。
しばらく鬱蒼とした森が続く
この森はかなり深く訓練するのにもってこいなのだがいかせん不便だ。
むしろ調査兵団の本部となっている場所自体が辺鄙な場所にある。
周りは草原と森に囲まれ、森の奥は崖しかない。
馬や乗り合い馬車で行ける範囲に街もあるのだが休日以外縁遠い場所だ。
そして眩い光にエルヴィンは眼を保護するように手を翳す。
と眼下の崖下に広がるのは淡紅白の海だった。
淡紅白の花々が崖下を埋め尽くすように咲き乱れていたのだ。
その光景にエルヴィンは言葉も出なくただただ眺めるしかできない。
「この光景すごいですよね。」
とカズハのそのつぶやきに短く返答し。
「これすべてがセレッソなのかい?」
「えぇ、その仲間ですよ。近くに行きますか?」
「行きたいが。しかし、ここは絶壁だ。どうやって降りるんだ?」
立体機動装置もないだろう?と言うエルヴィン
「こちらから降りられますよ。」
カズハは馬を進めるとなだらかで降りられる坂がある。
「…これは知らなかったな…。」
「だいたいだと立体機動装置を使いますしね。」
そう言ってその坂を馬で進むカズハのあとをエルヴィンも馬を進ませた。



先程上から見下ろすよりも胸に迫るものがありエルヴィンはただ息を飲んだ。
抜けるような青空のその青に淡紅白の八重咲きの花が引き立てられ、またその淡紅白の花々が青空を引き立て。
その中で淡紅白の花弁がはらりはらりと舞い散り幻想的な光景を作り出していた。
「この光景すごいですよね。」
馬を歩ませ花を咲かせる木々の近くへ行くカズハ。
「あぁ、圧巻だな…。」
カズハの隣に並び馬を歩ませるエルヴィンに花の香が届く。
その香りは心当たりがあった。
「カズハ、この香りは。」
エルヴィンがそうカズハに言いつつ左胸側、丁度上着の内ポケットの上あたりに触れる。
内ポケットにはカズハから貰った香り袋を常に入れている。
「えぇ、この花の香りですよ。」
カズハは馬から降りて首あたりを撫で手綱を離すと草地へ行き食み始める。
「だがあの時君は自分の名前と同じ花と言ってなかったか?」
エルヴィンはこの花の名はセレッソだったはずだがと降りつつ言う。エルヴィンも馬の手綱を離すとカズハの馬の居るところへ駆け同じように草を食み始める。
その様に苦笑しつつ見送ると「あぁ、それは」というカズハの声によりカズハの方を見る。
「東洋の言葉でセレッソのことを”桜”と言うんです。」
「さくら…。」
「はい。それでこの桜のように、冬に咲く桜を冬桜を言うらしいです。私のカズハと言う読み方はその冬桜の名前としての読み方になるそうです。」
花の方を向き振り替えずにそう説明するカズハの言葉が終わると突風に煽られ巻き上げられ花弁が舞う。
カズハの髪も巻き上げられるようになびき、淡紅白の花弁とカズハのその濡羽色の髪を一層引き立てる。
自分に比べて遥かに小さいがそれでも力強く真っ直ぐ立つカズハが、一瞬眼を離したら消えてしまいそうな酷く儚いものに見えエルヴィンはカズハの肩に手を伸ばす。
「エルヴィンさん?」
肩を捕まれたので驚きつつもカズハは振り向き合う。
カズハの目に入ったのは、酷く暗い、痛みを堪えるようなそんな表情をするエルヴィンだった。
「エルヴィンさん?」
そう呼んでも声が届いているように見えない。
自分を通して何を見ているのだろうか、何が見えているのだろうか。
カズハには思い至らず。
だがそんな辛そうな顔をするエルヴィンを見ていると堪らなく胸を締め付けられるような感覚を抱く。
「お兄さん。」
上着をかるく引っ張るとエルヴィンははっとした表情をしカズハを見つめる。
「なんだい?カズハ。」
困ったようにバツの悪そうに笑うエルヴィン。
だがカズハはそんなこと気にせずに
「お兄さんしゃがんでください。」
と言うと首をかしげつつエルヴィンは膝をつきカズハと視線を合わせる。
「というか呼び方が昔の物に戻っているよ?」
エルヴィンはそう苦笑して指摘する。
「兄と称していれば不問だと思って。」
カズハがそう言うとエルヴィンはますます疑問符を出すがカズハがエルヴィンの背に両手を回し抱きしめる。
「カズハっ?!」
そのカズハの突拍子もない行動にエルヴィンは驚きカズハの名前を呼ぶ。
カズハを抱きしめるべきか抱きしめないべきかと言う葛藤を抱き腕が宙でとまるエルヴィンに
「お兄さんが、辛そうな顔をしていたから。」
そんなカズハの言葉が届き固まる。
「私じゃお兄さんの悲しみや辛さはわからない、けどこうしてお兄さんを抱きしめることはできるかなって。」
じんわりとエルヴィンの低い体温にカズハの高めの体温が移る。
この場所の香りとも貰った香り袋とも同じ香りではあるがやや甘い香りも混ざるそのカズハ香りを間近に感じる。
それにエルヴィンはカズハの背に静かに腕を回し抱きしめる。
「こうしていると幸せですよね。両親やユーリはもちろんそうなんですけど、ハンジやリコとこう抱きしめあってるとすごく幸せなんです。」
カズハは照れたように笑いつつそう言う。
「カズハ。」
「なんですか?」
「俺とこうして幸せに感じてくれるか?」
思わずそういう質問をしてしまう。
エルヴィン自身は今緩やかな幸せを感じているがそれを感じさせてくれるカズハもそう感じて欲しいと言う欲望のままに口から漏れ出てしまった質問だった。
きょとんとしてしまい無言に成ってしまうカズハにエルヴィンは慌てて
「何でもない、すまな「なんで慌てて謝るんですか?」
そうエルヴィンの言葉にカズハは重ねていく。
「いやそれは。「私はお兄さんの側に居れて幸せですよ。」
さらに重ねて言うカズハのその言葉にエルヴィンは顔に熱が集まり赤くなっているのがわかる。
「お兄さんの近くはとても居心地がいいです。」
言いうカズハを強くエルヴィンが抱きしめる。
「お兄さん?」
「カズハ、お願いだ。」
カズハを強く抱きしめるが、痛がるような抱きしめ方をしないようにエルヴィンは気をつける。
お互いに顔をうかがい知ることができない。
そして様々な感情を込め
「名前を呼んでくれ。」
溜息にその言葉を乗せ言う。
「エルヴィンさん」
カズハがエルヴィンの名前を優しく呼びつつ背中を優しく撫でる。
しばらく何も言わずに抱きしめ合っていた。
すこしそのままで居たのだが。
「ありがとう。カズハ。」
「いえいえ、エルヴィンさんが元気になったのなら嬉しいです。」
そういってエルヴィンがカズハを開放するとカズハは笑顔でそう返す。
思わずにやけそうに成るのをエルヴィンは必死に堪えた。
カズハはそんなエルヴィンには全く気づかず、エルヴィンの隣で淡紅白の花々を見つめている。
そんなカズハに寂しさも感じつつ苦笑をするとふとカズハがエルヴィンの手を握る。
それに驚きカズハを見るとカズハはとても嬉しそうに笑い
「綺麗ですね。」
改めて言う。
それにエルヴィンも笑顔で
「あぁ、そうだな。」
と笑顔で返した。

そんな二人を閉じ込めるように淡紅白の花弁が舞っていた。

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