拝命



あの壁外調査からはや一年、あの危機を抜けたハンジやカズハを含む89期生は必死に先輩兵士たちの後に食らいつき壁外調査を重ね場数を踏んできた。
そして新しい新兵を迎え入れ初めての壁外調査へ向けてカズハは医療品を揃えるために布のマスクと白衣を身につけ今まで収穫できた薬草を、製薬室に成っている部屋で薬に加工していた。
ほかの医療班の班員や班長であるリシオも居たのだが今は休憩でカズハ以外居ない。
そこへ扉をノックされる。
「どうぞ。」
カズハは作業をしながら返事をする。
「すまない作業中か。」
顔を覗かせそう言いつつ部屋に入ってくるエルヴィン。
「エルヴィン班長ですか、すみません。今手が放せないので後ほど伺いますが。」
「いや、ここで待っていよう。もうそろそろで終わるだろう?」
「えぇ。ではしばらく時間を下さい。」
とエルヴィンの方を見ずにそう言い作業をすすめるカズハ、エルヴィンは入り口の壁に背を預けカズハを見つめた。
静かな空間に時計の秒針の音が部屋に響く。
お互いに静かになる時間は嫌いでも苦でもない二人。
作業が終わったのかカズハは伸びをする。
「終わったのかい?」
「あ、はい。でも、作り終わった薬品をしまいたいのでもう少しまってください。」
「どこにしまうんだ?それぐらいは俺でもできるからさ。」
そう言ってカズハの隣まで近づき言う。
「いや、流石にそれは…。」
「カズハ、君は休んでいなさい。でしまう場所は?」
わたわたとしているところに医療班の他のメンバーとリシオが戻ってくる。
「ありゃ、エルちゃん来てたん?」
「えぇ、ちょっとカズハを借りてもいいですか?」
「あぁ、構わないよー。カズハの今日の業務は終わりだし、むしろ休憩時間そっちのけで作業してたから連れてって下さいお願いします。」
「了解。」
エルヴィンがそう答えカズハをひょいっと抱き上げる、それに「ふえっ」と声を上げる。
「え、エルヴィンさん降ろしてくださいっ!」
「では、連れていきますね。」
「どうぞどうぞ。お願いするよー。」
リシオがひらひらと手をふりそれに了承を得たというふうにエルヴィンが抱き上げたまま歩き出す。
カズハはわたわたと慌てながらエルヴィンに降ろすように訴えているがエルヴィンは聞かずそのまま部屋から出て行く。二人を見送る医療班達。
そして足音が聞こえなくなったころ
「いやー、カズハとエルちゃんは面白いなー。」
リシオがしみじみと言う。
「リシオ班長、エルヴィン班長とカズハって付き合ってるんですかね?」
そう二人の関係性が気になって仕方ないというように野次馬根性を出す自分の班員に苦笑をしてしまう。
「僕はわからないけど確か昔、怪我した時に手当されたのが縁じゃなかったかな。」
リシオは思い出しつつ言う。
それにきゃいきゃいと姦しくやり取りをする班員に釘を差しておこうとリシオは思い至る。
「あんまりつつくなよー。エルちゃんカズハが絡むと心狭いから。」
「はーい。私たちは妹みたいなカズハが慌てるの見るの楽しいから問題ないですよ。」
「そうそう、観察するだけ!」
班員である女性兵士達が姦しくそういうのに男性兵士達も頷く。
それにリシオは楽しげに笑い。
「よかったね、エルちゃん今の医療班は君の味方みたいだよ。」
と小さくつぶやいた。





「エルヴィンさん、いい加減に降ろしてください…。」
恥ずかしそうに言うカズハに対してエルヴィンは楽しげにしている。
「俺はこのままでも問題ないよ。」
「私が問題ありますから…。恥ずかしさで穴を掘って埋まりたいです…。」
その発言に更に笑みを深めてエルヴィンは何も言わない。
そしてカズハとハンジの部屋に着きカズハを抱き上げたまま扉を開ける。
ハンジの姿はなく、カズハが使っている方の二段ベッドにカズハを座らすように降ろす。
そこまでされカズハは顔を真っ赤に染めがごまかすようにコホンとし
「で、お話とはなんですか?」
「あぁ、分隊長を拝命してね。正式に分隊を任されるらしい。」
「そうなのですか。」
近くにある椅子にエルヴィンが腰掛けるのを見つつ。
調査兵団は入れ替わりが激しくそれ故おめでとうと言いづらそうな顔をするカズハ。
「祝ってくれないのかい?」
理由はわかるがカズハに祝ってほしくそうエルヴィンは言う。
「分隊長の任命おめでとうございます。」
カズハは困ったような顔から、エルヴィンがそう言うならと笑みを浮かべ祝う。
それに嬉しそうにエルヴィンは笑う。
「それで、カズハに頼みたいことがあるんだ。」
「なんですか?私ができることならばお力添えしたいと思っています。」
そう笑顔で言うカズハの言葉に一瞬だけ言い知れぬ何かを宿したものをエルヴィンに垣間見た気がしたが気の所為だったのか、その影はない。
それにカズハは首を傾げていると
「ありがとう。」
エルヴィンは毒気のない笑顔で礼を言う。
「で、頼みたいこととはなんですか?」
カズハが改めて姿勢を正しそう聞くと一呼吸置き
「俺の副官を頼みたいんだ。」
エルヴィンがそう頼みたいことであることを言うとカズハはぽかんと固まる。
しばし無言になるカズハ、エルヴィンはそんな無言なカズハに心配になる。
先程の言葉を撤回して断られたらどうしようとも思ってしまう。
カズハは瞼を瞬かせ。
「他に優秀な方が居ると思うのですが。」
エルヴィンは心配は見当違いだったようで心中でほっとする。
「ミケさんとかには頼まないんですか?」
といつもそばにいるエルヴィンの年の離れた友人の名前を出す。
「ミケには副長を頼む予定だ。」
「ふむ…、とりあえず私に頼みたい仕事を教えてください。それから決めてもいいですか?」
「あぁ、かまわないよ。」
そういってやって欲しい仕事を言う。
大体がエルヴィンの補佐をすることだった。
「今までと余り変わらない感じですね。」
「まぁ、そうだな。」
エルヴィンは苦笑して思い浮かべてみるが、カズハが言うように今までと変わらない。ただ役職名がついただけだ。
不安そうにカズハを見るエルヴィンにカズハは思わず苦笑を浮かべてしまう。
おもむろに右手を左胸、心臓の上辺りに乗せ。
「了解です。あなたがそう望むのなら。」
そう良い穏やかに笑う。
それに長く息をはきほっとした表情をするエルヴィン。
「ありがとう、カズハ。これから先もよろしくな。」
と言ってカズハにエルヴィンは手を差し伸ばす。
「はい、お願いします。エルヴィンさん。」
カズハはその差し伸ばされた手に自分の手を軽く添える。
エルヴィンはカズハの小さな手を握りる。
そんなエルヴィンの眼は複雑な感情の色が見える。
だがカズハにはその理由はわからなかった。

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