黒願




いつだってちらつくのは黒髪の幼い少女だった。



まるで乾いた砂に水が染み込むように。
乾きが癒え、空虚が埋まる気がした。
子供特有のその高い体温が自分の過ちで父を亡くし凍てついた心を溶かすようだった。



彼女の髪に触れると優しい花の香がした。
何の花なのかはしらないだが優しくほのかに香る。
その香りはささくれ立つ心を落ち着けてくれた。





「”魔女”が訓令兵になった。」
「”魔女”は調査兵団を希望しているらしい。」
そ言う話を聞いた時
彼女がこちらに堕ちてくることを歓喜した。
自由の翼というのに堕ちてくると思うのは皮肉なのか解らず思わず自傷げに笑ってしまった。
仲間の死に塗れた自分はどうしようもなく淀み歪んだ。
己が選んだ道に迷いはないしかし仲間を犠牲にして進むしか方法はない。
しかし。
散っていった同胞の顔が脳裏にちらつく。
罪悪感という感情が己を押しつぶし、胸を刺し抉る。
胸が詰まり呼吸が難しくなる。
だがそのたびにもう朧気にしか思い出せない彼女の幼い笑顔に俺は救われていた。
手のひらの傷跡に触れればもっと鮮明に体温まで思い出せる気がした。



上官であるグラーヴェ分隊長に訓令兵団への視察の同行を命じられたときに俺は喜びを表に出さないようにするのがやっとだった。



冷静にいつも通りであることを架したがふと視察会議で彼女の話題が登ったときにふいに彼女の資料が目に入って眺めていたらグラーヴェ分隊長に見つかってしまった。
厄介な人に見つかってしまったと思った。
この人は俺に先を示してくれるが、快楽犯で気分屋だ。
何を企んでるかわかったものではない。

しかし調査兵団の訓練兵団視察の一員としてここに居るのだ。
手を抜くわけにもいかない。



そして自分の目に写ったのはあの幼い時の無邪気な笑顔ではなく不敵な笑顔を浮かべ森の中を縫うように飛ぶ。
あの時の冷静に動く幼い彼女は成長し更に強くなっていることに歓喜した。



真剣に模造刀を振るい動く。
その動きは次第に滑らかに迷いがなくなっていくのに目を奪われた。
思わず小さい物音を立ててしまう。
すると彼女は動きを止め、邪魔したからか此方を見る眼の光が鋭く強い。
彼女からまるで抜き身のブレードのような気配も感じる。
「どちら様ですか?」
やや険のある声色で自分に話しかける。
記憶にある声色からしたら落ち着いた声色に成っていて時間を感じさせた。
自分の身を晒すと先程の険しい気配が消え、彼女の顔と眼に驚きが見て取れ嬉しく感じた。



覚えてくれてたのだと。



自然と自分の頬が緩むのを感じた。
警戒もあるが先程より随分と柔らかい気配を彼女から感じる。
消えかけている傷跡をみせると自分の手を取り傷跡を見つめ嬉しそうに彼女は笑う。
彼女のやや高めの体温が自分の冷たい手を包み込む。



乾きが癒える



”触れたい”という欲のままに彼女の頭に触れ撫ぜる。
優しく撫でその髪の感触を楽しむ。
ほのかに香る甘い香り。



心がやすらぎ、空虚が埋まる。



だが同時に更に触れたいと言う欲望が首をもたげる。
それを押さえ込み、名残惜しく感じつつも手を離す。





どうしようもなく惹かれてしまう。
どうしようもなく焦がれてしまう。





これは
恋なのだろうか



はたまた
愛なのだろうか



だが
この感情は黒く淀み
純粋なそれとはとても思えなかった



恋と言うには重く沈み
愛と言うには歪み淀んだ



この思いに名前をつけるのならば”執着”と言う名前こそふさわしい。
俺のところまで堕ちて来ればいい。
そう願わざるおえない。

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