微睡み

朝一番に会議があるためカズハはエルヴィンを起こしに来ていた。
カズハはエルヴィンの自室の扉をノックするが反応がない。
「失礼します。」
そう声をかけつつ反応がない室内に入っていく。

部屋に入るとベッドに腰掛け眠っているエルヴィン。
ちらりと机の上を見ると書類が出ているのに気付く。
夜遅くまで書類を見ていたのが容易に想像できる。
整理や書きまとめならできるし、自分も書類を読み把握するが、エルヴィンが読み把握しなくてはいけないことはどうしても手伝うことはできないからカズハは歯がゆくは思う。
そんなことを考えずベッドの近くへ近寄り
「団長、朝ですよ。起きて下さい。」
カズハはエルヴィンを起こそうと体を揺すると、ゆっくりと瞼が持ち上がりその冬の空の様な色、蒼穹の瞳があらわになる。
「団長、おはようございます。今日は朝早くに会議ですよ。」
そうカズハはぼんやりとしているエルヴィンに声をかけるのだが、エルヴィンは寝起きだからかぼんやりとしつつカズハを見ている。
「……。」
「団長…?」
微かな声で何かを言っているので耳を寄せて話を聞こうとするが両手で抱き寄せられる。
すっぽりとエルヴィンの腕の中に収まりそのままエルヴィンは己の体と腕でカズハを閉じ込める。
「団長っ!何するんですかっ!」
とエルヴィンに不服を申し立てるように、けして大声ではないが強く言うカズハ。
「名前…。」
「えぅ?」
「名前を呼んでくれないのか……?」
いつもは飄々としているエルヴィンがそう目を細め懇願するように言う。
カズハのあまり波立つことのない心をエルヴィンにかき乱されていく。
やや無言で見つめ合い。
「エルヴィン…さん…。」
そう、小さくカズハがエルヴィンを呼ぶと、エルヴィンはとろりと幸せそうに微笑む。
カズハはそんなエルヴィンの表情に顔が熱くなるのを感じ、心がざわめきだが温かさで満ちる。
今一度強く抱きしめられ固まる。
「え、エルヴィンさん…っ…は、離してくださ…いっ。」
そう引き剥がそうとするが苦しくはないがきつく抱きしめられているので抜けようと思っても抜けられないのだ。
ますます顔が熱くなるのをカズハは感じた。





団長執務室。
朝一番の会議のためにリヴァイは部屋にあるソファに腰掛け紅茶を飲んでいた。
「やぁ、諸君!おはよう!」
「おはようじゃねぇ、遅刻だぞ。会議の時間は守りやがれ。」
舌打ちをしつつリヴァイはハンジを向かえる。
ハンジは部屋内を見渡し。
「おやおや?珍しくエルヴィンとカズハも遅刻だね?」
いつもならエルヴィンとカズハ両方かはたまたどちらかがいるはずなのだ。
「大方、クソでもつまらせてるんだろう。少し待て。」
「そうだね。リヴァイお茶頂戴!」
「埃が舞う、騒がしく来るな静かに大人しく座れ。」
ハンジに注意するリヴァイ。
二人でお茶を飲み口数の少ないリヴァイがハンジの話を聞いている状況がしばらく続いていたが。
「…いったい、いつまで待たせる気だ…。」
そう眉間に皺を寄せ言うリヴァイ。
「ほんとだね……どうしたんだろう、ふたりとも。ちょっと様子を見てこようか。」
そうハンジは言いつつ立ち上がる。
「俺も行こう。」
リヴァイも立ち上がり二人して執務室を出た。



特に会話無くエルヴィンの自室前に着きリヴァイが扉をノックする。
「俺だ、エルヴィン。いるのか?」
「リヴァイさんっ。」
「カズハも居るのか。入るぞ。」
と言いリヴァイとハンジが入ってくる。
「何してるんだ…お前ら。」
呆れた声がリヴァイの口から漏れる。
「リヴァイさん、ハンジ。助けて…。」
カズハを思いっきり抱きすくめ眠っているエルヴィンと、抜け出そうとするカズハが居た。
リヴァイとハンジはエルヴィンやカズハに近寄る。
ハンジは「あらら」と困ったようにでも楽しげに笑い、リヴァイはエルヴィンを眉間に皺を作り睨んでいる顔には「会議ほっぽって何やってやがる」とありありと書いている。
カズハがやや声を上げたのにそれでも静かに寝息を立てているだけのエルヴィンをハンジは見て。
「ぐっすりとお休み中だねぇ。連日連夜の仕事で、このところ忙しかったから。」
ハンジが冷静に分析するとそのつぶやきに。
「そうですね…代わりにできることはしてたんですが…。」
そうややしょんぼりとしつついうカズハ。
ハンジはそんなカズハに頬を緩めくすくすと軽くわらいつつ。
「カズハはいつも献身的だもんね。カズハは疲れてないかい?」
とカズハを気遣う。
「私はいつも通りですが?」
でもカズハはエルヴィンに抱きしめられ下手に動けない状態なので顔色をうかがい知ることができない。
「めんどくせぇな…。」
また舌打ちをしてそう吐き捨てるように言うリヴァイ。
「すみません起こそうとしたら、この有様で…。」
申し訳なさそうに言うカズハ。
「お前に言ったんじゃねぇ…。」
やや乱暴にカズハの頭を撫でる。
「ハンジ、会議は延期するぞ。こんな状態で仕事をさせて外で倒れられたら、調査兵団がいい笑いものだ。」
「そうだね、リヴァイの言うとおりエルヴィンの体調が心配だ。」
リヴァイにハンジは同意する。
「カズハ、昼過ぎまでは予定空けられるよね?」
「えぇ。大丈夫です。」
ハンジにそう聞かれカズハはそういいつつ自分の手帳をハンジに渡す。それをハンジが確認するとエルヴィンの予定が書かれていて確かに調整すれば昼過ぎまでは空けることができる。
「じゃぁ、昼過ぎまで予定を調節して休ませてあげよう。カズハこれ借りていくね。」
そう言ってリヴァイを伴って部屋からでていこうとする。
「えう?」
「カズハはいっそそのまま一緒にお昼寝しておくといいよ!起きた時のエルヴィンの反応よろしくね?」
と言って扉をしめた
「私は眠くないよっ!」
寝ているエルヴィンを起こしてしまうと考えてそこまで大きな声で言えないカズハだった。





他の団員へ会議の延期とこれからの予定を伝えるために団長の執務室へ向かうリヴァイとハンジ。
「エルヴィン凄く安らいだ顔して寝てたねぇ。」
「あぁ、あいつがそばにいれば、必要以上に張りつめた空気を漂わせることもないし、得体の知れない笑みを浮かべることもあまりないからな。」
とリヴァイが言うのにニヤニヤとハンジは笑う。
「リヴァイは本当に良く周りを見てるよね。」
「うるせぇ。とっとと戻るぞクソメガネ。」
足早に行くリヴァイ。
「あぁ、待ってよ、リヴァイ!」
そのリヴァイに遅れないように慌ててついていくハンジだった。



「うぅう…抜けられない…。」
腕の中から抜け出そうともがいてるが一向に抜け出せなくため息を付く。
だがふとそのままの状態でベッドに横に倒れベッドが音を立て軋む。
「うう…びっくりした…。」
呟きながら顔をあげるとエルヴィンと目が合う。
それにびくっと体をはねさせるカズハを抱き上げるように引きずりあげ肩に顔を埋めれるようにした後に抱きしめるエルヴィン。
「エルヴィンさん…離して下さい…。」
「嫌だ。」
そう即答するエルヴィンにカズハはため息を付く。
「安心するからこのままが良い。そうすれば疲れが取れる…。」
うつらうつらとするエルヴィンがぽそぽそと言うのを静かにきくカズハ
「だめ、か?」
何の反応も返さないカズハを不安そうに見つめるとまたカズハはため息を付く。
「わかりました、でもブーツを脱がせて下さい。」
「わかった。」
そう言ってカズハを解放するとカズハはブーツを脱ぎ揃えて置くと引きずり込むように腕を引っ張られそのまま先程と同じように肩に顔を埋められるように抱きしめられる。
先程からうるさいほど烈しく鼓動が打ち付けているのをカズハは自覚していた。
そんな己を落ち着けるように深呼吸を数回繰り返す。
「そんなに緊張するのか?」
笑いを含んだ声でそう言われむっとするカズハ。
カズハが何かを言う前に口が柔らかい何かで覆われる。
エルヴィンの整った顔が眼前にあり自分の唇を塞いでるのは彼の唇なのだとわかる。
ほんの触れるだけの接吻。それでもカズハにはとても長く感じた。
「林檎みたいに真っ赤だな。」
唇を離し片手でカズハの顎を固定しつつ親指で唇をなぞりつつ、もう一方の片腕を腰に回し固定する。
先程カズハが名前を呼んだときのように幸せそうな微笑みを浮かべ、その表情にカズハは反論などを封じられてしまう。。
そしてエルヴィンはまたカズハを抱きしめて静かで安らいだ寝息を立て始めた。
それに今一度カズハは大きく息を吐いて、困ったような笑みを浮かべて仕方ないかと思い体の力を抜いた。
エルヴィンの体温が心地よく眠気を誘いふと眠りに落ちてしまうカズハだった。



エルヴィンが瞼が開くと蒼穹の瞳に最初に静かな寝息を立て眠るカズハの顔が映る。
そして両腕にカズハの重みと体温、そしてカズハが好んで使っている香りを感じる。
無防備に眠るその姿にゆるりと口が弧を描く。
「あぁ…、こんな顔他には見せられないな…。団長としての示しがつかないような顔をしている…。」
だらしなく緩むその顔を自覚しつつ
カズハの首元に顔を寄せてその香りを吸い込む。
そして、自分たちより白い首筋に唇を落とす。
「ん…。」
ぴくりと体を跳ねさせたのでカズハから離れる。
瞼を持ち上げるとゆらゆらと揺れる瑠璃の瞳が見えエルヴィンをその瞳が映す。
「エルヴィンさん…おはようございます…。」
至近距離でエルヴィンはその瑠璃色を見ていたがカズハが起き上がると瑠璃色から漆黒へ変わる。
「あぁ、おはよう。」
まだとろんと眠そうなその漆黒の瞳がエルヴィンを見つめる。
「よく寝れましたか…?」
「あぁ、よく眠れた。」
「それは良かったです。」
へにゃりとカズハは笑い、己のブーツを履きベッドから立ち上がる。
「私は珈琲の準備しておきますね。」
「あぁ、頼む。」
「ではまた後ほど。」
とまだ寝ぼけているがいつもの調子に戻り部屋を出て行くカズハの後ろ姿をエルヴィンは見つめていた。


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