我が愛しき感覚

 ドン! と体に音が響いて、そして俺の肉体は──否、トリオン体は地面に叩きつけられた。痛い。
『トリオン体、活動限界 緊急脱出』
 久しぶりにこの声を聞いた。ふと見上げると、両腕を失った二宮が俺の顔を見下ろしていた。満足そうだった。そうだな、俺は久しぶりに二宮に負けた。俺が二宮に負ける時は、大抵決まって俺が体をいじった時だった。それを二宮は、知らない。

 ブース転送用の小部屋のベッドに落ちる。しばらく気を失っていた。当たり前だ、体はたしかに「心臓を貫かれた」のだから。意識が戻ったあと、心臓は自分が生きて動いていることに驚いているみたいで、ばくばくと忙しなく脈打っていた。生き物って一生の心拍数が決まっているんじゃなかったかな。じゃあ俺は今この瞬間、寿命が縮まっているというわけだ。ああ、じゃあ俺が早死したら二宮のせいだな。そんなことを言ったらあの意外と繊細な男は泣いてしまいそうだと思ってそれを言うのはやめた。
 稀に、二宮と個人戦をする時に俺は痛覚をつけて戦うことがある。何がしたいというわけではない。理由も特にない。別にマゾヒストでもないし、元々の痛覚が弱いなんてこともない、と思う。
「何してるんですかアンタ」
 俺がなかなか出てこないのが気になったんだろう。二宮がやってきた。素直に体が痛かったからと言えば困惑した面持ちを見せたが、次の瞬間に俺のモニターを見た。あ、バレたな。
「あ、んた……何してるんだ。なんだこれ、痛覚開けてるどころか生身より感度上げてるじゃねぇか!」
「は、はは……いやあ気まぐれ気まぐれ」
「今日、俺心臓をやりましたよね。さっき出てこなかったのはなんですか、気絶でもしてたんでしょう。そうか、思えば今までも何度か、」
 ゆっくり起き上がれば二宮は頭を抱えている。そんなに気にすることだろうか。そう声をかければ当たり前だ! と怒鳴られた。ひどいなあ。
「俺、生きてるだろう? ほら、いやまあたしかに痛かったけど。生きてるし大丈夫だ」
「そりゃ結果論だろ! 死んでたらどうすんだ、アンタ俺を人殺しにしたいのか!?」
 怒鳴りながらこちらを見た二宮の目には涙が浮かんでいた。それに本人も気づいて慌てて指でそれを拭う。
 それにしても面白いことを言うな、二宮は。
「いやいや、俺もお前も人殺しだろう」
「……は?」
「俺たちは戦争をしてるんだ。ここは軍隊で、攻め込んできた敵を殺して、時にはこっちから攻め込む。立派な殺し合い。俺たちはそれをわかっててこの組織に入隊した。そうだろ?」
 違うか? と問えば二宮は深いため息をついて俺の頭を普通にグーで殴った。普通に痛かった。
「仮にそうだったとしても、俺はアンタを手にかけるつもりはない」
「俺は二宮になら殺されてもいいかも」
「アンタなあ……!」
 また怒鳴ろうとする二宮を落ち着かせて一緒にブースを出た。
「またやったら今度こそ許しませんから」
 俺の方を見ずに二宮はそう言った。
「わかったよ」
 今度はバレない程度にしとこうと俺は反省したのだった。


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