未知なる行き先

「空閑、今日このあと時間あるか?」
「ム、ショウタロウか。時問はあるが、どうかしたのか?」
 ある日の放課後、巽翔太郎は隣のクラスに転校してきた同級生の少年、空閑遊真に声 をかけていた。空閑が理由を聞けば、家に「イモケンピ」があるから食べないか、と。そう、数日前に空閑ははじめて「イモケンピ」なる菓子がこの世に存在することを知った のである。それは固くて、名前の通り芋からできているらしい。色は黄色っぽくて、味は甘め。玉狛で木崎にその菓子のことを聞いた空閑は、特徴だけは聞いていた。でも食べたことはない。それでちょうど気になっていたところだった。
「ほう、いいなそれ。食べに行っていいのか」
「もちろんだ。俺の家は知らないだろう? 玉狛に連絡したら着いてきてくれ」
「わかった」
 そして空閑は玉狛に友人の家に行く旨を連絡し、共に巽の家へと向かったのだった。
 巽の家は学校から少し離れた住宅街の中にあるしっかりとした平屋の日本家屋らしい。「ヒラヤのニホンカオク」は空閑には馴染みのない言葉だったが、日本風だということだけは理解できた。向かう道中、空閑は普段通らない、通ったことのない道ばかりだったので、見たことのない店を見つけては巽に質問をぶつけていた。巽は嫌な顔一つせず、笑いながら丁寧にそれらを教えていった。巽はその広い家に母方の祖父母と暮らしているらしい。両親のことを聞くのはどうなんだろう、と空閑は跡踏ったが、好奇心には勝てなかった。嘘をつかれたらそれ以上は追求しなければいい。幸い、巽は空閑が近界民であることとも、副作用を持っていることも知らなかった。
「俺の親? ああ、生きているよ。でも二人とも共働きでそれぞれ海外へ単身赴任中なんだ」
「タンシンフニン」
「それも知らないのか。って、空閑は外国から来たんだっけ。そう、二人とも日本じゃない国に住んで、そこで働いているってこと。俺はこの一五年間で両親とあった記憶があるのは二回か三回くらいなんだ」
 それはほとんど死に別れたのと同義ではないか、と空閑は思った。空閑も父親を亡くしているが、それまではずっと一緒にいた。だが巽の親は生きているのに巽にほとんど会わないのだという。そんなことを思っていることが伝わったのか、巽は少し笑ってこう言った。
「空閑の父親は、もっ亡くなってしまったんだろう。でも俺は、俺の親はまだ生きているんだ。きっと、いつかまた会えるさ」
「でも今のところほとんど会ったことないんだろ」
「まあな。でも嫌われてるからとかじゃない。何かの記念の日には贈り物も届くし、時々手紙も来る。だから俺は、この両親の育った町を近界民から守るんだ。そうしていれ ば、いつか会った時に胸を張って笑えるだろ」
 その言葉に嘘はひとつもなかった。そういうものか、と空閑は自分を納得させた。そういうものだ、と巽も笑った。そうしてしばらく無言が続いたが、それは不思議と互いに居心地の悪いものではなかった。車道を走る車の音や、反対側の歩道を歩く女子高校生の笑い声が辺りを包んでいた。
「空閣も胸を張って生きるんだぞ」
「ん?」
「お前のお父さんは、きっといつも空閑のことを見てるよ。だから、お前はその父親の分まで楽しんで、幸せに、長生きするんだ。それが親孝行ってものさ。そうしないと親不孝者になってしまう」
「オヤフコウ?」
 今日の巽はいつにも増して耳慣れない言葉を使う。空閑が聞いたままに言葉を反復すると、巽はまた嫌な顔せず教えてくれる。日く、親を大切にしないで、心配や迷惑をか ける人のこと。どんな親だって子供の平和を願っているさ、と巽は言葉を締めくくった。空閑には全くなかった思想だ。親が、自分の長生きを願っている。だからそうしないと親に対して良くない。なるほど、確かにその理屈なら空閑有吾が黒トリガーになってまで息子を守った理由もわかるかもしれない。空閑は自分の指にぴったりとはまった指輪を見た。そうして、こういうのを「目からウロコ」というのだ、と独りごちた。 まあ、空閑にあとどれだけの時間が残されているかは定かではないのだが。
「長生きか」
「お前は強いからきっとできるだろうな」
「できるかな」
「できるかじゃない、やるのさ。そうだろ?」
 空閑は曖昧に笑った。巽もそれ以上何も言わなかった。ただ、未来といっ希望を淡く抱いた無言の時間だけが、二人の間に満ちていた。


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