夢か現か

 さて、目を覚ましたらタイムスリップしていた。
 いや何を言っているのか自分でも分からないのだが、家で目を覚ましたらカレンダーやらなにやらがすべて十五年前のものになっていたのだ。わけがわからん。さらに追いつかない頭なりにいろいろと試してみたのだが、俺はちゃんと今ここに存在しているわけではないらしい。幽霊、幽体離脱のような、多分そういうやつだ。物に触ることができないしなんなら若干浮いている。なんて非科学的なと思わなくもないが異世界からの侵略者を相手に戦っている現状を考えるとそう馬鹿にもできないのかもしれない。研究の価値あり、だな。
 それにしても十五年前か。俺がまだ十三の時だなんて信じられない。そうだよなー、俺にも中学生だった時代はあったなー。帰るすべもわからず現実逃避をキメていると、急に視界が歪む。なんだ、もう帰れるのか。しかし視界が晴れるとそこは……ラブホだ。いやなんで? しかも既に部屋の中、そこには男と女。致してる。いやいややめてよ俺そういう趣味ないよ。
 そこから動けなくなってしまったらしく目をそらすことしかできない。耳を塞いでみるがこの気まずさに変わりはない。女の喘ぎ声が若干聞こえるがそんなことはどうでもよかった。最悪の気分だ。しばらくそうしているとようやく終わったらしく男が片付けを始める。するともぞもぞと動いた女がヒステリックに叫んだ。
「ゴムしてって言ったじゃん! できちゃったらどうすんのよ!?」
「えーいいじゃん、危険日じゃないんだろ?」
 うわ最低だ。
 また視界が歪む。歪みが晴れると今度は病院の中。どうやら出産中だ。え、なんで。気になって女の顔を見るとさっきちらりと見えた……できちゃってんじゃん!?
 今度は少し動けたので部屋の外に出るとそこには先程の男の姿。左手薬指に指輪が見えた。なんだ結婚してたのか。さっきの子供はあの時できてしまった子ってことか。じゃあなんだ、俺はその子の一生を見せられてるってことか? デキ婚で生まれた子供とか嫌だな、俺はなりたくないね。いや子供もなりたくて産まれてるわけじゃないが。どうやら無事に子供は産まれたようだ。ここまで来たら追っかけてやろうと男について回っていると衝撃的な言葉を目にした。
 病室のネームプレートに「巽」の文字。急いで中に入る。
「ねぇ、ホントに産まれちゃったわよ。どうすんのよこれから」
「いや、そりゃもう育てるしかねーだろ」
「あんたほとんどフリーターじゃない!」
「あーあーうるせぇな。名前、こいつの名前決めねーと」
「どうでもいいのよこんな子供! あーめんどくさいわね、あんたの名前から適当に文字ってでいいじゃない」
 男はそうだなー、と呟いてこう言った。
「よし、じゃあ俺が翔だから太郎つけて『翔太郎』な。巽翔太郎、はい決定ー」
 ──巽翔太郎。俺の、大切な仲間の名前。
 翔太郎と名づけられた赤子は、結局一年も経たないうちに孤児院の前に捨てられた。両親は離婚していた。

 孤児院に拾われた巽は三歳になった。飛ばし飛ばしに見せられたこの映像たちはやはり巽をもとに作られているらしく、俺はまるで親の代わりのように巽を見ていた。巽はどうやら自分の親が誰だかわかっていないようで、孤児院の先生たちが親でないことはわかっているらしいが実の親に預けられていると信じ込んでいた。そう、捨てられたことを、ここが孤児院であることをわかっていないようなのである。ここの先生もその思いを尊重して話を合わせている。
 巽は、毎日孤児院の玄関で親の迎えを待っていた。いや、彼にとって「親」とは会ったことのない存在なのでなにもわかっていないままに誰かが自分を連れて帰ってくれるのを待っている。俺はその隣に立って毎日外を見ていた。そんな時。
「……ずっとおもってたんだけど」
 急に巽が喋り出す。
「おじさん、だれ?」
 俺を、見ていた。
「あ!? お前、俺が見えてんのか!?」
「え? みえちゃだめなの? おばけ?」
 話を聞いてみるとどうやらずっと見えていたらしい。だが誰もふわふわ浮いてる俺の存在を指摘しないから普通のことなのかな、とだけ思って放っておいた。しかし名前が気になったから聞いてみた、とか。見られてたのか。いやいや恥ずかしすぎるだろう。
「えーっと……俺はひら、じゃなくて、あ、硝太郎。俺は硝太郎だ」
「しょうたろう? おれとおんなじだね!」
「そうだなー」
 巽は俺を変な宙に浮いている友達か何かと思ったらしくそれからこの玄関に二人でいるときだけ声をかけてくるようになった。薄々ほかの人たちに俺が見えていないことを察したらしい。昔から頭が切れるんだな。
 ある日、俺は気になっていたことを巽に聞いてみた。
「この玄関でお前は何をしてるんだ?」
「えっとね、おかあさんとおとうさんまってるの」
「えっと、顔はわかるのか? 迎えに来てくれる?」
「んーとね、かおはわかんないけど、おとうさんとおかあさんってやさしくて、あったかいひとなんでしょ? だからね、むかえにきてくれるよ」
 巽は本気でそう思っているらしく、楽しそうに笑った。はやくおうちかえりたいなあ、なんて足を揺らしながら今日も親の迎えを待っている。
 その時、少し離れた部屋から大人たちの声がして俺は巽に断ってそちらへ向かった。そこでは孤児院の先生たちが話をしているようだった。
「ねぇ、翔太郎くんどうするの?」
「さすがにここが孤児院だって伝えた方が……」
「でも今更よ。あの子完全に自分が捨てられたっていう自覚がないから」
「でもでも、それのせいでほかの子から遠ざけられてるじゃないですか。親が迎えに来るなんて言うから!」
 俺は、何も聞かなかったことにした。そうして玄関前に戻れば巽はまだ健気に門の外の道路を眺めていた。

 また時が経ったある日の冬。巽が四歳になった頃、それは起こった。
「この翔太郎くんって子を引き取りたいんです」
 ある夫婦が現れた。子供が欲しかったができなかったこと、自分たちは仕事で非常に忙しいが金はあり、母方の祖父母がまだまだ元気なのでそこでも預かってもらえることなどを孤児院に説明する。その夫婦はなんと偶然にも名字が「巽」で、子供に混乱を与えないために同じ名字の子を引き取りたいらしい。なんという偶然の重なりだろうか。
 俺は急いで巽のいる部屋に戻った。巽は俺を見て首を傾げたので、俺はつい「お前の親が迎えに来たぞ!」と言った。しばらくぽかんとしていた巽はだんだんとその顔に喜びを浮かべていき、ほんと!? と叫んだ。俺は慌ててしーっと指を口に当てて巽を宥める。少し待てば話がついたのか部屋のドアがノックされ、先生たちと先程の夫婦が入ってきた。
「えっと、翔太郎くん! ご両親が……」
「むかえにきてくれたんだね!」
 事情を聞いていたらしい夫婦は二人で顔を見合わせると膝を折って巽と目線を合わせる。
「遅くなってごめんね、翔太郎。お父さんとお母さん、これからも忙しくってあんまり会えないけど、それでも一緒におうち帰ってくれる?」
 巽はもちろん、と勢いよく頷いた。一人でいつ来るかもわからない人間を待つよりも必ず誰かが帰ってきてくれる場所にいる方がいいと思ったのだろう。
 新たな──否、巽にとっては自分の本当の両親に連れられ部屋を出る時、俺の視界がぐらぐらと揺れ始めた。何となく、シオではないが直感でわかる。きっと俺は元の時間へ戻るのだろう。それを感じ取ったのかはわからないが、振り返った巽は笑顔で俺に手を振った。
「またね、またあおうね!」
 それは無邪気な、争いも知らぬ、ただの子供の顔だった。


「──……さかさん、ひ……─さん、平坂さん!」
 耳馴染みのある声で飛び起きた。ここは、俺の本部の研究室か。どうやら簡易ソファで寝てしまっていたらしい。さっきまでのは、夢? 隣を見るとほっとしたような顔をした巽がいた。
「もう、サイリィから『司様との約束があるにもかかわらず平坂様が寝たまま起きず困っています』なんて連絡が来たんですよ。……お疲れですか? 寝るにしてもきちんと布団かベッドで寝るべきです。こんなんじゃあ疲れが取れません」
 ほら、と催促されて立ち上がる。サイリィを確認すればものすごい量のメッセージが司から届いていた。いやあこれは怒鳴られモンだな。逃れられない痛みを思うと憂鬱になるが、自業自得だと自分に言い聞かせた。にしてもリアルな夢だったな。下に用があるという巽と本部のエレベーターに乗ると、巽はそういえばと俺に話を持ちかけた。
「昔、俺と同じ名前を名乗る幽霊みたいな人に会ったことがあるのを急に思い出したんです」
 正直過去の自分の記憶が信じられませんけどね、と困ったように笑う。ぽかんとするのは今度は俺の番だった。
「……『またね』か」
「? 平坂さん、何か言いましたか?」
「や、なんでもねーよ」
 夢か現か、追求するのは無粋だろう。いつか巽の口から詳細を聞くまでは俺だけの宝物にしようと俺は密かに笑った。


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