離れ難い、あなたとの距離感

(「揺らぐこころ、あなたのせいだ」の続き)

 今日は土曜日。学校はもちろん休みのため朝から本部に来ていた。新之助先輩との約束もないし適当に誰かと戦おうか。そう思って個人戦ブースに来たとき。
「あ、ショウタロウ。暇してるなら俺とやろう」
「空閑か。いいよ、やろう」
 そこにいたのは玉狛の空閑。彼は俺の友人でもある。実力は空閑の方が高いので勝率は低いが学ぶことも多い。10本勝負を行い、結果は俺が1本のみ。まあこうなることはわかっていた。
「うーむショウタロウも強くなってますな」
「そうだといいんだが。空閑みたいなタイプは葵先輩の方が対処は得意だからな」
「あー、あの人に俺全然勝てないんだよな。攻撃全部読まれてるというか」
 そうか、葵先輩は自分の副作用を知られるのを嫌っている節があるから空閑には言っていないのか。ちょっと笑ってしまったら空閑にジトリと睨まれて咳払いをした。
 時計を見ると11時45分。そうだと思った俺は空閑に聞く。
「なあ、今日辻崎隊って予定入ってるか?」
「辻崎隊? いや、オフだったと思うよ。なに、平坂さん呼ぶの?」
 空閑の回答に面食らった。空閑が笑う。最近平坂さんと仲いいよな、なんて言われてなんだか茶化されているなと思った。平坂さんと空閑はよく玉狛で俺の話をするらしい。そんなの初耳だ。でも確かにしつこすぎるだろうか。最近少し調子に乗って連絡をしたりしているかもしれない。そう言うと空閑はそれは杞憂だと言った。
「平坂さん、いっつもショウタロウの話する時めちゃくちゃ楽しそうだし」
「そうなのか?」
「うん。なんなら今連絡入れたらすぐ来るよ。確か今日は本部に行くって言ってたから」
 そう言われると少し調子に乗ってしまう。少し考えてからスマホを取り出してメッセージを送った。そしてしばらく空閑と喋ったりまた個人戦をしたりしていたが、一向に返事が来ない。空閑も不思議そうにしていた。曰く、普段ならサイリィがいるから気づかないなんてことはないらしい。
「……やっぱりしつこかったかな」
「いやそんなことは……ないと思うぞ」
 平坂さんに嫌われてしまったのだろうか。あんな優しい人に限ってそんなことはないと思いながらも心のどこかで怯えていた。


『平坂様、再度通告。メッセージが届いています。平坂様がこのメッセージの確認を後にしてくれと仰ってから5時間が経過しています。メッセージ内容を確認するべきと判断します』
 サイリィの声で急に意識が現実に引き戻される。時計を見ると、もう17時になろうとしていた。しまった、昼を食べるのを忘れたな。しかし今ちょうど作業がいいところなのだ。急を要する案件でもないが今日は気が乗っていた。手を止めたらこのやる気もどこかへ行ってしまいそうで立ち上がることすら億劫だった。
「あー、読み上げてくれ」
『はい、読み上げます。『突然すみません、今日このあと稽古をつけて頂くことはできますか?』こちらは巽様からです』
「……さっきお前何時間前って言った?」
『5時間前です。メッセージ受信時刻は11時57分となっています』
 頭を抱えた。なんでもっと早く言わなかったんだ、と言いたくなったが俺が後にしろと言ったんだった。
『今後巽様からのメッセージを優先的に処理しますか?』
「そうしといてくれ……」
「了解しました。巽様を平坂様の通知優先リストに追加します」
 抑揚がないはずのサイリィの声が若干呆れているように聞こえるのは俺に罪悪感があるからだろうか。
 巽が玉狛の俺の部屋に初めて来た日からもう1ヶ月が経とうとしていた。迅から不穏なようなそうでもないような予知を告げられてからというもの、俺は少しずつ少しずつ巽に入れ込むようになってきている……気がする。一ノ瀬からはよく「翔太郎からたくさん平坂さんの話を聞くんですよ」と笑われるし、シオには「巽さんといる時の平坂さん、なんかむっつり……みたいな気がする。危ない気配」と鋭い指摘を頂いた。心が痛い。巽は純粋な気持ち──多分尊敬とかそういうものだ──で俺と接しているというのに、俺はなんだか階段を踏み外してしまっているらしい。スマホを手に取りメッセージを開いた。ああ、ほんとだ、来てるわ。返信に悩む。とりあえず事情を説明して謝るしかない。謝罪などを盛り込んだ文を書いて、3回くらい読み返してから送信する。
『平坂様の挙動はどこか恋する女子高生を彷彿とさせますね』
「お前はそういうのどこから仕入れてくるんだ? ん?」
『迅様ですね』
「だろうな! 何を学習させてるんだあいつは!」


 他の人と個人戦をしつつ数時間待ってみてもやっぱり返事は来なくて、空閑と別れ俺は帰路に着こうとしていた。換装を解いて身支度を終わらせ出入口へ向かおうとしたちょうどその時、俺のスマホがメッセージの受信を知らせた。開くと、そこには「平坂さん」の文字。慌ててメッセージを読む。機械いじりの作業に没頭していて俺のメッセージを読んでいなかったこと、それに対する謝罪、そして今俺がどこにいるのか問うような内容が盛り込まれていた。慌てて打ったのか、平坂さんにしては珍しく誤字なんかもある。それが何だかおかしくって、でも慌てる姿が容易に想像できてひとりで笑ってしまった。出入口付近にいることを伝えれば即座にこちらへ向かうという旨の返事が返ってくる。少しすると慌てて走る平坂さんが見えた。
「巽、悪い、俺」
「いえ、大丈夫ですよ。あはは、平坂さん髪の毛ぼさぼさですね」
『巽様の返信を受け取ってから作業室を出るまでのタイムは今までで最も短い記録でした』
 記録を更新しておきます、とサイリィの声がした。それはすごい、是非見てみたかったものだ。平坂さんはまた俺に謝った。別に謝ることじゃない。突然連絡を入れた俺が悪いんだし、勝手になんとなく裏切られた気持ちになったのも俺だ。
「空閑が平坂さんならすぐに返事をしてくるなんて言うから、ちょっと調子に乗ってしまったんです。こちらこそごめんなさい。結果的にあなたを焦らせたり走らせたりなんて」
「や、そんなこといいんだ。俺、巽からのメッセージだって気づいてたらすぐ返事してたし、すぐそっち行ってたさ」
『次回からは送信元を読み上げるようにしておきます』
 なんだかほっとして胸を撫で下ろす。いつもの平坂さんだ。俺、嫌われたりなんてしていなかった。なんでこんなに気にしているのかは、俺にもわからないけど。
「個人戦、今からでもいいか?」
「はい、もちろん」
 俺はまた換装しなおした。平坂さんもトリオン体に換装する。
 ああ、この不思議な気持ちにいつか名前をつける日が来るまで、俺は。


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