石神村にて。千空の後輩。
+++
「おは〜ナマエちゃん。起きたばっかで悪いんだけど、これから俺と一緒にお散歩行かない?」
気持ちのいい朝。背伸びをしながら外に出ると、あさぎりゲンさんの顔が90度横に傾いていた。目覚めたばかりで状況がよく分からないが、どうやら彼は私を出待ちしていたらしい。その体勢、キツくないのかな・・・と思いながら、私もつられて顔を少し傾ける。
「お散歩、ですか?」
「そうそう。最近さ、作業ばっかり続いて運動不足でしょ?ジーマーで。俺も肩とか凝っちゃったりしてさ〜」
「たしかに、ここ数日は座ってばかりですね」
「でっしょ〜!ほら、ちょっとその辺散策するだけだからさ。ねっ?」
かわいらしい表情で、かわいらしい声を出しながらこちらに詰め寄る年上男性。私は負けた。
「えっと・・・まあ、たまには気分転換するのも良いかもしれません」
「決まり!じゃあ、はい!」
さりげなく左手を差し出され、反動的に右手を差し出す。彼の手は意外と大きくて驚いた。これでもちゃんと男の人なんだなあ。
村を出て一分、あさぎりゲンさんは思い出したように声を上げた。
「あそうそう!散歩のついでにさ、ナマエちゃんに少ーし聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
・・・もしかして、本当はそれが目的なのでは?散歩なんて、わざわざ私と二人きりにならなくてもいいからな。まあ、嘘のスペシャリストであるメンタリストさんに真相を尋ねたところで、上手くはぐらかされてしまいそうだ。私は気にせず聞き返した。
「聞きたいことってなんですか?」
「聞きたいこと・・・というより、お願いしたいことなんだけど」
「はあ、私にできることであれば・・・」
「ホント?じゃあ心置き無く」
メンタリストさんが私にお願い?一体どんなスペシャルミッションを課されるのだろうか。内心ドキドキする私。しかし、彼から告げられたのはあまりにも予想外すぎることだった。
「千空ちゃんのこと、一度だけでいいから名前で呼んでみてよ」
・・・はい?
「一回だけでいいから。ね?すっごく簡単でしょ?君たちの仲じゃない」
「どどどどうしてですか?」
「どうしてって・・・面白そうだから?」
オモシロソウダカラ?
「私が先輩のことを名前で呼ぶことに面白みを感じるか感じないかは人それぞれ好みがありますので私は何も言えませんけれど、たとえ私が名前で呼んでみたとしてもあの先輩は大した反応しないと思いますよ」
「ナマエちゃん饒舌〜ゴイス〜」
「ダメですよ、私なんかの力じゃ先輩をおちょくることなんてできません。先輩にとって、科学が一番のお友だちなんですから」
あの先輩は、そういうくだらないことに影響される人ではない。もちろんそれは彼も理解しているようで、「そうかもね」とまっすぐ頷いた。
「でもちょっと違う。俺が面白がりたいのは、千空ちゃんの反応じゃなくてナマエちゃんの方なんだよね〜」
「わたし?」
「ナマエちゃんって考えてること全部表に出るタイプでしょ」
「そんなことないです。なんでそんなことが言い切れるんですか」
「だって今のナマエちゃん、超〜顔真っ赤だし。俺じゃなくても分かるよ。分かりやす過ぎて、もどかしくってさ〜」
「もどかしいって何がですか?」
「ナマエちゃんの気持ちはいつ成就するのかなって」
私はあさぎりゲンさんの脇腹を殴った。
「ぐはっ!ちょ、ナマエちゃんいきなり何するの・・・」
「えっと、なんとなく?」
「なんとなくて殴らないで・・・」
近くの木の幹に手を置いて悶える彼に、慌てて駆け寄る私。思いのほか拳の力が強かったみたいだ。
「ごめんなさい・・・でも、私の気持ちってなんですか?ゲンさんは、私が考えていることが分かるとでも?」
「だから、さっきからそう言ってるじゃん。ナマエちゃんは顔に出やすいって」
「うっそだ〜」
「嘘じゃないってば」
ジト目で彼のことを見上げる。それに対して、彼はかわいい笑顔で私のことを見下ろしてくる。
「じゃあ言ってみてくださいよ。私が今考えていること」
「いいよ。ナマエちゃん、ちょっと視線をぐっと真上に向けてみて」
謎の要求に困惑しながら、私は言われた通りに空を見上げる。今日は雲が少なくて青い空がよく映えている。
「よ〜し当てちゃうよ〜。ナマエちゃんは今『空が青い』って思ってる!」
「・・・・・・・・・・・・・・・うわ」
「違う違う今のは冗談だからお願いガチで幻滅しないで?」
+
「先輩、お話があるのですが」
次の次の日。私はゲンさんに脅迫された通り、『太陽が傾きかけた時』に石神先輩に話しかけた。小心者なのであれから一日あいてしまったけれど。何やら作業中だった先輩は、手を止めないまま少し後ろを振り向いた。
「どした?」
「えっとー」
先輩の返事に、私は思わず口ごもる。
不思議そうな顔をされる。
私は意を決して口を開いた。
「千空・・・せんぱい。もしよければ、ここらでひと休みしませんか」
私の言葉に、石神先輩は見たこともないほど大きく両目をかっぴらいた。
「千空せんぱい、ずっと働いてばかりじゃないですか。そろそろ休憩しないと倒れちゃいますよ死んじゃいますよ。そうなったら石神村はオシマイですよ」
長い沈黙。石神先輩は一言こう呟いた。
「マジかよ」
・・・そんなに驚く?
「千空せんぱい。」
「くっくっく・・・すっっっげえ顔真っ赤だな、テメー。それに、なんだよそのカタコトの日本語は。ゲンに言わされてんのか?」
「えなんで分かるんですか」
「これいつも思ってるが、テメーすっげえ分かりやすい顔してるから、何考えてるかすぐ分かる」
「先輩もゲンさんと同じことを・・・」
え?私ってそんなに顔に出る?恥ずかしくて頬を両手で覆う。そんな時、影から様子を見守っていたゲンさんが近くまでやってきて、先輩に謎の質問をし始めた。
「千空ちゃん、今何時間目だった?」
「44時間58分32秒」
「来た!ニアミスでしょこれ!コーラゲット!やったー!」
「・・・あーはいはいはい。分かった分かった、全部分かった。もうなんか色々めんどくせえ」
「じゃあ恋人同士仲良くね!ナマエちゃんも、この節はありがと〜!お礼はまたいつか!」
恋人?この節?私はなんでニヤニヤ顔のゲンさんから感謝されているんだろう?もしかして私、からかわれてる?
+++
ことの真相(千空二徹明け)
「ねえねえ千空ちゃん。布団潜りかけのところ悪いんだけど」
「ゲンか、なんか用か?」
「ちょっと予言してもいい?今から45時間後、ナマエちゃんが千空ちゃんのことを名前で呼んじゃうかも!そしたら正式にお付き合いしてあげてね!」
「今なんつった?」
「顔を真っ赤にするナマエちゃんを見たら、千空ちゃんの好感度アップ間違いなし!明後日、二人は恋人として結ばれちゃいま〜〜す」
「話聞けよ、いつからどこぞのキューピット様になったんだテメーは」
「俺はいつでもみんなのキューピットになるよ。まあ時と場合によっては悪魔にもなるけど。それはさておき、予言当たったらコーラちょうだい!」
「コーラ欲しいだけかよ。ああ分かった分かった。もし本当に今からきっかり45時間後、ナマエが俺のことを名前で呼んだら、ナマエのことをお前が言うところの正式な恋人にしてお前にはコーラでも作ってやるよ」
ほとんど寝ながら言ったことだが、千空はこの会話を全て覚えていた。