THE STONE WORLD


それどころじゃない

両片想いからの告白。石神村にて。

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数千年ぶりに目覚めた時、目の前にあったのは長年思い続けていた彼の顔。笑っているでもなく泣いているでもなく、まるで当たり障りのない日常がそこにあるかのように、彼は私に声をかけた。

「おはよう、ナマエ」

何故か私たちが森の真ん中にいること。周りにいる人たちが全て石になっていること。ツッコミどころは多々あるはずなのに、私は彼の挨拶がいつもの「はよ」より気合いが入っているなあと、場違いなことを考えた。
たいしたことには驚かない彼でも、やっぱり環境の違いを感じていたのだろう。三千七百年ぶりのあいさつに、私はただいつも通りの笑顔で応えた。



「千空、あのう」

せっせと作業する千空。邪魔をしないよう控えめに声をかけると、彼は顔だけ振り返った。

「どーしたよ、んな自信なさそうに」
「これ、どっちがどっちだか分からなくなっちゃって」
「ああそれはだな」

千空に指示されていた化学物質の振り分け。同じ色のものが多くて、一度混乱してしまうと素人の私にはもう判断がつかなくなってしまうのだ。
彼はすぐに状況を理解して、自分の作業の手を止めた。そして片手で「コレはコレ、ソレはソレ」と指をさし、テキパキと指示を出してくる。私は彼に従って指定の入れ物にそれらを移していった。

密室ではないが、狭い部屋でたった二人で共同作業をしているこの状況。私にとってはなかなか嬉しい出来事だ。でもこの気持ちは顔に出さないように、心の中にしまっておくだけ。
こんな状況じゃ、私の気持ちが伝わったってどうにもならないだろう。そもそも彼は恋愛に全く興味がないから。私はとっくに諦めている。

「じゃあこれ全部そこの棚に置いとけ」

結局千空にも手伝ってもらい、あっという間に振り分けが終わった。
・・・仕事がなくなってしまった。できることならずっとこの空間に居座っていたいけれど、千空に邪魔者扱いされるのは目に見えている。外にいるクロムくんたちの手伝いでもしに行こうかな。そう考えながら棚に向かっていると、千空が思い出したように声をかけてきた。

「あ、そうだ。テメーに前から一個言いそびれてたことがあんだ」
「え?なになに」
「伝えようと思ったその日にちょうど石化しちまったから、今日言うんだが」

なにやら真剣な顔をして私のことを見る彼。私はたちまちパニックになった。もしかしてあの日、千空のシャーペンを借りパクしていることがバレてしまったか・・・!?思考を巡らせてどう言い訳しようか考えるが、それは必要のない努力だった。
千空は言った。

「俺テメーのこと好きだから」

私は手に持っていた科学道具を、ひとつ残らず全て地面に落とした。割れ物は見るも無惨に割れ、中身が流れ出ていくのを「あ゛っテメー!」と千空が叫んで手を伸ばす。
だって、だってだって千空が突然変なこと言い出すんだもん。いきなり何言ってんの、千空さん日本語分からなくなっちゃったの?いやどっちかと言うと日本語が分からなくなったのは私の方だ。

「今、なんて言ったの?」
「バカ!なにすんだテメー!今それどころじゃねえよ!」
「ま、ま、まって?千空?こっちがそれどころじゃないから。今、なんて言ったの?」
「後にしろ!こっちのが一大事に決まってんだろ!」
「いやいやいやいやそっちの方が!」

叫び声の応酬。騒ぎを聞きつけた皆が、なんだなんだと小屋の入口の方に集まってきた。「なになに?痴話喧嘩?」とか言っているメンタリストに「見せ物じゃないから!」とツッコミをいれる余裕もなく、私は千空に詰め寄る。

「せ、せ、千空、千空さん?今のもう一回言って?」
「だー!もう、だから!ナマエ、テメーのことが好きだっつったんだよ!んなことより早くかき集めろ!」

千空の言葉に湧き上がる観衆。

「ほ、ほんと?ほんとにほんと?ほんとに?」
「もううるせぇ!手ぇ動かさねえと今すぐ取り消すぞ!」
「ああああああそれはダメダメダメ!」

私は慌てて落としたものを集め始めた。せっせかせっせか手を動かすと、ちらりと見えた千空の耳が赤くなっている。うああああええええ大大大事件だやっばあい!もはや今の私の頭は、カオスとパラダイスをミキサーにかけたような、もう、だから、そんな感じ。語彙力。


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リクエストありがとうございました!



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