ゼノの恋人で、元NASA職員。クリスマスの少し前の話。
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「できた」
布団にくるまって膝を抱えていても震えてしまうこの季節。なおさら昔よりも諸々の設備が完璧ではないこの世界では、吐く息もいちいち白い。それもそのはず、私の部屋の暖房が一夜にして壊れた。
やけに寒すぎると思ったのだ。そのせいでぱっちりと目が覚めてしまったが、今日に限ってはとても都合がよかった。元々早起きをするつもりだったから。
12月1日。
クリスマスまであと24日。
小さな頃から編み物が得意だった。それは簡単な物だけに限るのだけれど・・・少しの間、クリスマスツリーに飾るだけだからそのくらいの技量で充分だ。今日こうして早起きができたおかげで、毎日こつこつ少しずつ編んでいたオーナメントをようやく全て完成させることができた。
お手製の靴下やサンタの帽子などをベッドに並べて、端からじーっと眺めてみる。うんうん、とってもいい出来!イメージ通りだ。にこにこと顔を綻ばせていると、突然聞こえてきたのはノックの音。
「ナマエ、起きているかい?」
誰だろう。まだぎりぎり朝とは言えない時間だ。こんな時に起きているのは、見回り担当か、私のように目覚めてしまった可哀想な人か、はたまた夜更かしが好きな彼くらい。
・・・なんて、わざわざ考察しなくてもその声だけで正体は分かった。布団にくるまったまま「起きてるよ」と返事をしたら、ほどなくして扉が開かれる。
そこにいたのは、年中徹夜明けですと言わんばかりに目の下に大きなクマを作った、大好きな彼。ゼノはドアを開けるなり、驚いたように自身の体を抱きしめた。
「おかしい、この部屋は一体いつから冷蔵庫に変わっていたんだ?」
「おはようゼノ。そうなの、夜中に暖房の調子が悪くなっちゃったみたいで」
「ああ、おはよう。そうかい、前を通りかかっただけでやけに冷たい隙間風を感じると思ったら・・・」
ゼノは一直線に私のところまでやってくると、背をかがめて布団ごとぎゅうっとハグをした。冷えた体がだんだん温まっていく感覚がする。
腕の中で温もりを感じていると、おはようのキスが降りかかる。額に、頬に、唇に。彼はそれに満足すると、信じられないような顔をして私の頬を両手で包んだ。
「冷たいな。まるで氷だ・・・。おお!まさかナマエ、僕にフローズンハニーとでも呼ばせるつもりかい?」
「ふふ、なにそれ」
「笑いごとじゃない。寒いだろう?何故僕のところに来なかったんだ・・・知らせてくれたらすぐに直したのに」
彼の問いに、私はすぐさまベッドの上の編み物たちをかき集めて「じゃじゃーん」と見せびらかした。
「もうすぐクリスマスでしょ?だから、これを作ってたの」
「何も凍えながら作業をしなくても・・・。エレガント!素晴らしい出来だ。どれも君のように可愛いよ、ハニー」
「えへへ、ありがとう」
呆れながらも、私が作ったものにちゃんと反応を示してくれるゼノ。そういうところが好き。嬉しくなって口元を緩めると、ぽんぽんと頭に手を置かれた。
「それにしても早いな、ナマエ。君にしては早起きだ」
「だって寒いんだもん」
「それはそうだ。聞くまでもなかった」
ゼノは分かりきったように言いながら、この部屋がこんなに寒くなってしまった原因に目を向けた。
「・・・ナマエ、あれは後で僕が見よう。とりあえず今は僕の部屋においで」
「ゼノの部屋?」
「こんなところに君を置いておくわけがないだろう」
そう言いながら、誘うように私の手を引いてくる。確かに、どうして私はこんなに寒い思いをしながら一人で我慢大会を開催していたのだろう。そろそろちゃんと温まらなきゃ、風邪でもひいたら大変だ。
私はゼノの言葉に頷いた。
自分の部屋に着くなり、ゼノはコートと靴を脱いでベッドに乗りあがった。布団に潜り込みながら、片手で私を手招きをしてくる。もしかしなくても彼はこんな時間から寝ようとしているらしい。
ゼノ、完全に昼夜逆転してるじゃない。そう思いながら、同じように靴を脱いでベッドにあがる。ふふふ。せっかくのお誘いだもん、私も二度寝しちゃお。・・・と、うきうき布団に潜りながら、すぐに真剣な顔をして彼に尋ねた。
「ゼノ?昨日は軽く脅しを入れてまで私に早く寝させたのに、どうしてゼノは寝てないの」
「いつも以上に調子が出てしまってね。中途半端に区切るよりはと思って、つい」
「いっつもそうやって」
「おかげで今のところ優先すべきタスクはある程度始末できた。これでぐっすり安眠できるよ」
ゼノは私の冷えきった体を温めるように、布団の中で寄り添った。
枕に肘をついて横になると、徹夜明けだというのにピンピンした顔で私のことを見下ろしてくる。クマのせいでどことなく疲れてる雰囲気が出ているけれど。
「ゼノ、それ私の仕事でもあるんだよ」
「君がクリスマスの準備のために早起きをすると言うから遠慮したんだ。まさかこんなに早く起きるとは思わなかったが」
「私のことはいいの。ゼノはもう少し自分の体のことを気遣って」
「自分の限界など自分がよく分かっているさ。僕としてはもう二晩くらいは余裕で越せるくらい・・・」
「ゼノ」
もぞもぞ動いて横を向き、その知識と経験が沢山詰まった頭を支える腕をとっぱらった。重力に従ってポテ、と枕に落ちる頭。同じ目線で彼の瞳を見つめた。
「いい?私の言うことを聞いて。そもそも限界を目指すことが間違ってる」
「ふむ。正論だ」
「分かってくれた?これからは絶対に無茶しちゃだめだよ」
「善処しよう。君の頼みだからね」
彼の即答に一瞬だけ胸を撫で下ろすが、私はすぐに思い直した。ダメ、全然信用出来ない。こんな会話、今までに何度繰り返してきたと思っているの。
ゼノはいつも私の言葉に素直に頷いてくれる。けれども言ったそばから無茶をする。熱中すると寝るのも食べるのも忘れてしまうのだ。彼はもうそういう性格で、・・・もはや体質と言ってもいい。
「ゼノが倒れないか心配」
いもむしのように体をくの字に曲げて、耳のところまで布団の中に隠れた。目の前の胸板に額をこすり付けると、後頭部を優しく撫でられる感覚がする。
「少なくとも、これから取り掛かる飛行機の設計が終わるまでは倒れはしないさ」
「それが終わったらどうなるの」
「倒れるかもしれない」
「ちょっと」
冗談まがいなことを言うゼノに思わず体をピンと伸ばすと、脳天が彼のあごに当たった。上から「うっ」といううめき声が聞こえる。いったあ。ご、ごめんね。ゼノも痛かったよね。
頭を押えながら慌てて謝ると、弱々しい声で「大丈夫だ、何もない・・・」と返ってきた。大丈夫じゃなさそう。
再びゼノと頭の位置を合わせ、私の方からキスをした。ごめんね。もう一度そう言うと、ゼノは微笑みながら私の後頭部を捕まえて斜め上から深い口付けをした。舌で存分に口内を味わったあと、溢れかけたよだれを舌ですくって、額に触れるだけのキスを落とす。
「もし僕が倒れたら、その時はこうやって君が癒してくれ」
だから、まず倒れちゃいけないのに。その言葉を阻止するかのように、ゼノは布団の中で私の上に覆いかぶさってきた。
あれ、ゼノ眠くないの?首を傾げてみてもすぐに納得してしまう私。そういえばさっき、あと二徹は余裕とか言ってたな。ああもう、私のために睡眠時間を削らないでほしいのに・・・そんな願いも虚しく、すぐにもう一度彼の唇が触れた。
その時、突然ドアが開いた。
「おいゼノー、ツリーの件なんだが。あ、わりぃまたくるわ」
開いたと思ったら、すぐに閉まった。突然現れた彼の、まったく抑揚の変わらない言葉が脳味噌を通過していく中・・・ドアの向こうからまた「ごゆっくり〜」という呑気な声が聞こえてきた。足音はすぐに遠ざかり、何事もなかったかのように部屋は静寂に包まれる。
ドキドキ。目を瞬かせていると、ゼノは力が抜けたようにゴロンと横になって小さく笑い始めた。
「驚いたな。すまない、スタンは僕の部屋にはノックなどしないから」
「仲良いもんね。・・・そっか、いつもは私の部屋で寝るから」
ゼノは朝から晩まで研究室に篭もりっぱなしだから、彼のこの部屋はほとんど物置と化している。もし私の部屋の暖房が壊れていなかったら、ゼノはそのまま私のベッドで寝ていたことだろう。
「ねえゼノ?スタンリー、今ツリーがなんとかって言ってたけど・・・」
「クリスマスツリーだ。城の中に飾るのに丁度いいものを見繕っておくように頼んでおいたんだ」
「ああ!そっかそっか。もしかしてもう運び終わったのかな?私が作ったやつ、早く飾りたいな。飾ってこようかな」
言いながら起き上がろうとしたら、ゼノに後ろ襟を引っ張られた。
「それは後にしてくれ」
ポスンと枕に頭が沈み込む。反対に、何故かゼノが起き上がってベッドから降りた。私を置いてどこ行くんだろう。ていうか、これから寝るんでしょう?不思議に思いながらゼノの後ろ姿を追っていると、彼はどこに行くでもなく、ただドアの鍵をガチャンと閉めた。
なるほど、やっぱり寝るらしい。ゼノがこれからしようとしていることが分かった。別に先程のスタンリーの登場で、やる気が削がれたわけではなかったと。
「ナマエ」
再び布団の中に入ってきたゼノは、するりと太ももに手を這わせて愛おしそうに名前を呼んだ。
「いいかい?」
そして、律儀にも同意を求めてくる。そんなの・・・私がどう答えるかなんて分かりきってるくせに。
なんて答えてあげようかな。ただ頷くだけじゃつまらないよね。何も言わずに焦らすような仕草をしたら、ゼノはさっきのように体をまたいで馬乗りになった。
「君のその口は・・・なんて答えてくれるのだろう?」
柔らかい口調と表情で追及してくる。私はしばらく色々と考えてみたが、結局はさっきの会話を思い出すだけだった。
「無理しない程度なら、いいよ」
「ああ・・・それは保証できないな」
「だめ!約束して」
近づいてくる唇に人差し指を押し当てた。ゼノは仕方ないという顔をして笑い、私の手を掴むとそのままシーツに縫い付ける。
「それなら、そんな小さなことがどうでもいいと思えるくらい・・・君を気持ちよくしてあげよう」
た、たいへん。ゼノがもっとやる気を出してしまった。何かを言おうとした口は、すぐに塞がれた。