THE STONE WORLD


04

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「あー、・・・可愛い」

スタンに殺されかけた。

何度目かの快感がいつまで経っても抜けきらなくて、まだビクビクしている私の体を彼に優しく抱き寄せられた。余韻に浸るように首筋や肩にキスマークがつけられる。その度に手足の指先に弱い電気が走るみたいになって、いちいち「あぅ」と声を出していたら、口で口を塞がれた。最初は私が骨抜きにしてあげたはずなのに、そんなのより何倍も大きな愛で返されてしまった。ピンピンしてるし。なにこの体力差。

「スタン・・・だいすき」

頭の中にふわっと浮かんだその言葉を呟いたら、超テンションMAXで「ン〜!アイラブユートゥ!」と叫ばれた。うるさい。
飽きずにもう一回キスして、頬をすり寄せてくるスタン。もう、愛が大きいの!もっと小分けにしてよ。これでまたしばらくドキドキが止まらなさそう・・・。



「ゼノ、助けて。動悸が止まらないの」
「それは良かった。生きている証じゃあないか」
「そーなの!さっきスタンに殺されかけたとこだから、生きててよかった!」
「お、おお。・・・盛んだな、昼間から」

遅めのランチを終わらせてから、一連の事件が解決したことをゼノに報告した。結局心臓はドキドキしたままだけれど、まあこれはスタンが近くにいる限りどうにもならないことが分かったからもう諦めた。そんなことよりも、克服することに意識を向けようと思う。
苦手を克服するのは好きだ。楽器を上手くなるうえでもその心意気は大事だし。まあスタンが苦手っていう表現は語弊があるけれども。私が苦手なのは、いつまでもドキドキしてる私の心臓のことだからね!


「スタン、スタン」
「・・・ん?ナマエ、見送り?嬉しいね」
「うん。それと、あのね」

その夜。スタンが森に見回りに行ってしまうところを後ろから引き止めた。チューバ吹きならまだしも、非力な私ではとても耐えきれなさそうな重装備をしている彼。深夜だから控えめな声量だったのに、愛しい彼はすぐに振り返ってくれた。
今建物から外に出たばかりなのに、スタンはわざわざ私のところまで戻ってくると、煙草を外して甘いキスを落とす。近くに部下がいると遠慮する彼だけれど(声は抑えないくせに)、今は人の気配がないから。

「なんか言いてぇこと?」
「そうなの。時間、平気?」
「余裕みてっからぜんぜん。で、なに?」

流れるような動作で私の腰に手をまわし、柔らかい目で見下ろすスタン。体の間に挟まれて行き場をなくした両腕を、彼の胸板に滑らせた。

「今日の朝は・・・いきなり嫌いって言ってごめんね。謝ってなかったでしょ?」
「あー、何かと思えばそれ?ちゃんと説明聞いてっし、とっくにケリついてると思ったよ」

説明はしたけど、謝ってなかったの。ゼノにも言われたことだ。私は自分の気持ちを意地悪な方法で伝えてしまった。スタンは優しいから私が話すまで待ってくれたけれど、そうじゃなかったら・・・私がただのわがままなやつで全て終わっていたかもしれない。
スタンの優しさに触れて、どうしようもなく罪悪感に襲われてしまった。

「ま、確かに傷ついた。・・・ナマエ」

名前を呼ばれ、彼を見上げる。背後に見える星空に意識を奪われると、トン、と眉間に指を置かれて視線を戻された。

「俺ナマエんこと嫌いになった」
「・・・・・・ぇ、」

変わらない口調と、変わらない表情。唐突にぽいっと投げかけられた言葉に、思わず口が小さく開いた。今、きらいって言ったの?鼓膜から入ってきたその言葉が頭の中をぐるぐるぐるぐる回り回って、だんだんと視界がぼやけていくのが分かる。じわ。
震える声で尋ねた。

「スタン、わたし・・・きらい?」

瞬きと一緒に涙がこぼれた。・・・私、知らなかった。スタンが私のこときらいなの。

「待っ、」

私があまりにマヌケな顔をするから、彼はこれでもかというほど目をかっ開いて煙草を投げ捨てた。・・・あはは、スタンってデカ目だよね。そんなことを考えたら、ビタンっと小さく音を立てながら彼の両手で頬が包まれる。

「あぁ!ナマエ泣くな、悪かった!本気じゃねぇ!冗談だから・・・!」
「・・・?でも、スタンきらいって」
「ちげぇ!嘘だ今のは!んなクソ分っかりやすい嘘真に受けんな!」
「・・・うそ?きらいじゃない?」
「あぁ嫌いじゃない。嫌いじゃねぇ!愛してんよ!愛してるって今日何度も何度も伝えたろ?・・・ったく」

彼の手袋に涙が染み込んでいく。ああよかった、今のは嘘だったんだ。それが分かった途端、それまで以上に私の体が丸ごと全部真っ黒な感情で覆われていく。

「ごめんね。スタン、ごめんなさい・・・」
「謝んなよ、今のは完全に俺が悪い」
「違うの!スタンのことじゃなくて、私!今朝私もスタンに・・・」

刃物よりも冷たくて鋭い言葉を投げかけてしまった。なんで今更気づくんだろう。私はなんて馬鹿なの。ゼノに言われた言葉の本当の意味が分かった。でも、違うよ。宣戦布告なんて生ぬるいものじゃなくて。
こんなの死刑宣告だ。

「わたし、わたし・・・ぜんぜん分かってなかった・・・嫌いって言われただけでこんなに心がズキズキするの」
「アンタ・・・ほんと純粋だよ。良い意味でも悪い意味でも。さっき俺があれだけ愛してやったのに、もう忘れちまったの?」
「わすれてない。スタンあいしてる」

涙を溜めたまま彼に向かって「んぱ」と唇を鳴らせば、すぐにキスがふってきた。それだけじゃなくて、背中を温かく包み込んでくれる。

「よしよし、そうじゃん思い出した。だから俺アンタのこと天使って呼んでんだ」

私もなんとなく覚えてる。スタンが私をエンジェルだなんて呼ぶきっかけになった出来事のこと。恋人になるどころか、それよりもずっと前。彼と出会ってから割とすぐのタイミングだった気がする。

ハイスクールでの話。
ある時、私の相棒のクラリネットちゃんが失踪するという重大事件が起こった。一瞬目を離した隙に、ケースごとどこかへ行ってしまったのだ。なんたる失態!たまたまその場に居合わせたスタンとゼノが協力してくれたおかげで、犯人はすぐに見つかった。
動機はなんだったかな。忘れたけど、明らかに悪意があったのは確かだ。あと少し発見が遅れていたら、そのクラリネットちゃんはぶっ壊される予定だったらしい。
その今は亡き相棒と無事に再会できた時、私はひたすらぎゅうっと抱きしめた。明らかな嘘で罪をごまかそうとしていた犯人に対して、スタンが当時から備え持っていた鋭い目付きを向けて怒ってくれたカッコイイ姿も覚えてる。
でも結局事件は私の言葉で解決した。ゼノが「窃盗は犯罪だ」とか言って(後日自分もなんか別件で捕まってたけど、とにかくそう言って)犯人をなんらの形で罰せようとしたのを、私は許したのだ。

「この子が無事でよかった。それだけで私の世界は平和なの。犯罪なんてそんなの、起きてなんかないよ。ね?」

なんて馬鹿なことを言った私に、スタンが呟いたのだ。

「なにそれ、アンタ天使じゃん」

悪意のある行為なんて目もくれず、楽器の無事だけ気にしていた私のことを、彼はそう表現したのだった。別になんてことないよ。スタンは銃が好きだけど、私にとってはそれが楽器だっただけのこと。
もっとも、後日ゼノから『スタンのあの発言は、単に君の純粋な笑顔から出てきたものだよ』と聞いたけれど、・・・実際はどうなのかな。ていうかなにこれ、思い出したら恥ずかしくなってきた。


「スタン、おかえり。本当にごめんね」
「おいナマエ、まだそれ言ってんの?もういいから笑いな。アンタには笑顔がお似合いだ」

翌朝、スタンが部屋に帰ってきたところを待ち伏せしてぎゅうううと抱きしめた。あまりにショックすぎて、夢の中でもスタンに嫌いって言われちゃったんだもの。でも本物を見たら不安とか全部吹き飛んじゃった。ドキドキ。
スタンは見回りに行く前に仮眠を取ったみたいだから、一晩起きていたはずなのにピンピンしていた。私は怖い夢でちゃんと寝れなかったという理由だけであくびが止まらないのに。

「・・・ねぇ、スタンってさ」
「なに?今度は」
「なんで私を選んでくれたの?」

ベッドの上でゼノ力作のリボルバーをいじるスタン。私はその向かいに座って顔を覗き込んだ。
今まで気にしたことなかったけど、なんだか今になって気になっちゃったの。突然話を振ったのに、彼は驚くことなく答えてくれる。

「選ぶもなにも、一目惚れだから」
「・・・え?」
「言ってなかった?一目惚れ」

そんなの初耳じゃ!

「いや、一目惚れ・・・じゃねぇな。耳で聞いたのが最初だから」

なにそれ。視線で続きを促すと、スタンはペラペラと喋りだした。
彼はハイスクールに入学してすぐ、地域のイベントで私が演奏したのを聞いていたらしい。そんなの初耳じゃ!そのあと同じ学校に通っていることが分かって、つい声をかけたんだとか。なりゆきで知り合ったもんだと思ったのに・・・最初の会話なんてぜんぜん覚えてないや。

「聞き惚れたよ。天使のブレス」

やめてよ。聞いておいてなんだけど、聞く度に恥ずかしくなってくる。そんなのプレイヤーとして最っ高の褒め言葉だ。
私の音楽にほんの少し耳を傾けてくれただけで、充分幸せなのに。私は彼の恋心まで奪っちゃったの?きゃー!なんて恥ずかしいの。

「・・・?でもハイスクールの時、そんな素振りなかったよ?お話はしてたけど。一目惚れなんて思い違いじゃないの?」
「何言ってんよ!俺割とガチですれ違う度にしつこく話かけてたかんな!ナマエが覚えてねぇだけじゃん」
「え?そんなあ、そんなことないよ」
「いやこの頭は信用できねぇ」

軽くデコピンされた。私これでも国立大出てるのに。額を押さえながら続ける。

「それに、スタンってずーっとゼノと一緒にいたじゃん。楽しそうに銃の話してて。間に入る隙なんてなかったよ」
「それこそこっちのセリフだ!音楽が恋人みたいな顔しやがって!」

スタンは珍しく悲しそうな顔をして、今度は私の頬をつまんでくる。
しょうがないじゃん、音楽だいすきなんだから。確かに今思い返せば、私はどこに行くにもクラリネットちゃんを肌身離さず持ち歩いてたから・・・あの子と付き合っていたようなもんだ。大好きなことに変わりはないし。

「デート誘ってもレッスンとかでことごとく断られた俺の気持ち考えな!ひでぇよ、思い出すだけで泣けてきた」
「うーん、ぜんぜん覚えてないや。確かにレッスンは毎日のように行ってたけど」
「ホントさ・・・思い出くらい大事にとっとけ。最後のプロム一緒に過ごせたのだけが生きがいだったよ俺」
「あー!それ覚えてる!スタン、タキシードで家まで迎えに来てくれたの!」

プロム・・・春に行われる年に一度のダンスパーティーだ。つまり最終年度は卒業パーティーを兼ねている。スタンに誘われたい子なんてたくさんいたはずなのに・・・ホールの端っこの方でだらだらお菓子を食べながら、私なんかで暇つぶししてて良いのかな?って思ってた。
けどスタンってちゃんと意中の子誘ってたんだ。気づかなくてごめんね。頭を傾けながら小さく謝るが、スタンの悲しみの叫びはまだ続く。

「そっからさァ・・・卒業して丸4年くらい連絡すら取れず終いだかんな!アンタが留学するから!」
「だって私、オーストリア行くの夢だったんだもん」
「夢追いかけんのはいいが、せめて別れくらいさせろよ。もうそん時察した。俺これ完っ全に脈ナシじゃんってさ」

それはたまたま出発が早くなっちゃって、会いに行く時間なかったから。
・・・それに、スタンだけじゃないよ。当時の私は本当に音楽ばっかりだった。今の会話でだんだん思い出してきたけれど、確かにデートの誘いがなかったわけじゃない。スタン以外からも何人か・・・でも、私は全部断った。
学校のイベントならまだしも・・・要領の悪い私は心の余裕なんてなかったから。今となっては何千年も昔の話だけど、申し訳ないことしたな。

「でも、また会えたじゃん」
「偶然な。マジで、あの日休暇取っててよかったし。再会するまでの4年間もう記憶ないわ・・・俺何してた?」
「そりゃあ、恋人とかいたんじゃないの?えー!スタンの恋バナ超気になる!どんな人と付き合ったの!?」

バシバシ肩を叩きながら突然テンションを上げる私に、数回瞬きをするスタン。え、だってその美貌で恋人がいないわけないでしょ?だって学校でもすっごいモテモテだったじゃない!(私は音楽一筋だったから何もかもスタンが初めてだよ!)
デートはすごく手際がよかったし、逆ナンとかにも慣れてたし・・・初めての夜も彼がリードしてくれた。

「・・・こういう話嫌じゃねぇの?」
「えー?気になっちゃう。教えて!」

渋るスタン。黒歴史だから忘れさせろとかなんとか言ってるけど、だからこそ聞きたいんじゃん!しょうがないので私の方から尋ねた。

「ねえ、何人くらい?私以外で」
「・・・それなりに」
「へぇー!スタンの方から声掛けたの?ナンパとかしたの?」
「しねぇよそんなん。全部誘われて、たまたま暇だったから付き合った」
「へぇー!寝た?」
「まあ・・・何人か」
「へぇー!」
「おいナマエ!ちょっとは嫌な顔しろ!嫉妬しろ!正直に話してんだから!」

両肩を掴んでガン飛ばしてくるスタン。なんか可愛い。ちゅ、と鼻の先にキスをしたら、「ったくよ〜」とため息をつかれながら片手で頭をかき乱された。

「でも全員気乗りしなくて一瞬で切ってんよ。女作っときながら結局何年も初恋こじらせてんの、笑っちまうだろ?」
「え、初恋?だれ?」
「アンタしかいねぇじゃん!?」
「えっ初恋なの!?ハイスクールで!?スタンって2才とかで彼女作ってそうな顔してるじゃん!」
「馬鹿にしてんの?」

初恋なんだ、ちょっと嬉しい。音楽を抜かしたら私もスタンが初恋なんだよ!おそろいだね。お互いの顔を交互に指さしたら、その指を掴まれてへし折られそうになった。やめてよ。

「言っとくけどマジで後悔してたかんな。結局一緒になれたからよかったけど」
「そー!全部夢諦めて久しぶりに国に帰ってきたら、スタンがなぐさめてくれたの!今でもちゃんと覚えてるよ」
「ああそれそれ。街のど真ん中で泣いてるアンタ見かけた時・・・言い方悪いが、運命だと思ったね」

あの日、私は泣いていたんだっけ。

「信じられっかよ?マジでいたんだよ、そこに天使がさ。俺いつの間にか死んでんのかと思った」
「えー、そんなに?」
「そんなにだ。つまり俺は、あの日ナマエを見つけたのが俺でよかったって言いてぇわけ」
「たしかに。もし声かけられたのが別の人だったら、その人を好きになってたかもしれない」
「んだそれ、地獄かよ!考えただけでおっそろしい・・・」

スタンは本当に嫌そうな顔をしながら、私の両手を取ってにぎにぎした。順番に額に運んでアーメンとか言ってる。スタンってなんか信仰してるの?そう聞いたら、俺の天使ならここにいると言われた。

「ねえスタン?偶然ってまだあるよ」
「なに?」
「ほら『あの日』!スタンやゼノの近くにいなかったら・・・たぶん私、今も石のままだったよね」
「・・・・・・」

何も言わずに抱きしめられた。

「スタンの声が聞こえたから、ずっと起きていられたの。かっこよかった!スタンが号令するとこなんて、聞いたことなかったから」
「そりゃな。んな大声・・・一般の前で出すことねぇもん」
「聞き惚れたよ?スタンのブレス」

周囲の人を何人も救った、あの号令のためのブレス。とってもドキドキした。あの瞬間、少し離れたところにいた私にも、ちゃんとしっかり聞こえてた。

「ありがと、スタン」

石化が解けたあと、既に何度も伝えた言葉だ。彼はうっとうしそうにするけれど、それでも全然言い足りない。もう一度同じ言葉を繰り返しながら彼の腕を大切に抱きしめたら、スタンは優しく微笑んだ。
ああ、それ、その顔のせいで・・・いつまで経ってもドキドキが止まらないの。



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