ハイスクール時代のSS
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「よ。天使ちゃん、やっと捕まえた。今日こそは一緒に帰ろうぜ」
天使と呼ばれるからにはそれ相応の理由があるのだろうけど、正直そんなふうに呼ばれ慣れていないからむず痒いというか……恥ずかしいというか。
エンジェル。なんというか、きらきらした存在。数ヶ月前のある時から、普段なんとなく仲良くしている同級生のスタンリーにそう呼ばれ始めた。私には全然似つかわしくないそれは、単なるあだ名のようなものだとしてもだ。
どちらかといえば天使はスタンリーの方じゃない?
「ごめんねスタン。今日は習い事があって、お父さんに迎えに来てもらってるの」
「今日はって言うけど、いつもじゃん」
「スタンこそ、今日もあの子たちのこと放っておいていいの?」
天使みたいに整った顔と、天使みたいに艶のある髪と、天使みたいに綺麗な睫毛を持つ彼の背後を指さした。放課後で賑わっている廊下の少し先には、可愛いメイクとオシャレなファッションに身を包んだ女の子たちが数人固まってこちらを見ている。
スタンリーと一緒に帰りたそうに、じっとこちらを見つめている。
「あれは外野だから、無視」
「……あの子たちはスタンのおともだちなんでしょ?」
「なわけ。追っかけ回されてるだけ。いくら追っ払っても着いてくんよ、もう勘弁してくれってんだ」
「……」
私はあの子たちと仲良くないからよく知らないけど……たぶん、スタンリーのことが好きなんだと思う。たぶん。
でも、スタンリーはそうではないらしい。彼が鬱陶しそうにチラッと後ろを振り返ると、その時たまたま目が合ったらしい女の子の一人が嬉しそうに小さな悲鳴をあげた。ちょっと振り返っただけでアレだ。すぐに正面を向いたスタンリーは、まるで苦虫を噛み潰したような微妙な顔をしている。
「ここじゃ話し辛ぇな、あっち行こうぜ」
突然手を掴まれたかと思えば、そそくさとその場を退散しようとする。足がもつれそうになるのをなんとかして立て直し、背後に数人の女の子を引き連れながら、何故か私も一緒にエスケープ。
まるでアイドルだ。学校のアイドル。彼が上級生の女の人に囲まれながら話しているところを見たことがあるし、先生(特に女の先生)にも優遇されてるような節があるし、彼がユニフォームを着てバスケットコートに立てば観客席はあっという間に黄色い歓声で埋まってしまう。
「はぁ……疲れた。あ、なんか普通に連れ回してゴメン」
疲れたと言ってる割には私より息切れが少ない。スタンリーはスポーツが得意だから。
「うん、別にいいよ。お父さんが来るまでまだ時間あるから……どうやって時間を潰そうか考えてたとこなの」
「そ?なら丁度よかった」
学校の中でも比較的人が少ない穴場まで来ると、さすがに彼女たちはもうこの足の速いアイドルを見失ってしまったらしい。
壁に寄りかかって、そのままストンと真下に座り込むスタンリー。私は肩から下げていたクラリネットのケースが地面に付かないようにしながら、その隣に腰を下ろした。ふと、カバンの中にキャンディが入っていたことを思い出し、丁度いいからそれを彼に差し出した。
「これ好きな味じゃないからあげる」
「マジ?あんたホント天使。サンキュ」
「出た、天使」
キャンディをあげたくらいで。
天使ってなんなんだろう。レッスンで練習している曲を口ずさみながら考えた。と言っても数ヶ月前からずっと考え続けているんだけど、スタンリー本人に聞くのはなんだかな。
そんなだから、実はこっそり同じく同級生のゼノに「天使って何?」と尋ねてみたことがある。その時は、
「天使とは、天の使いとして人間界に遣わされる存在で、一概に背には白い羽を持ち、頭には輪を浮かべている」
……と、そのまま辞書に載っていそうな言葉を返された。そういうことが聞きたいんじゃないのに。
「私は天の使いなんてものじゃないし、羽も輪っかも持ってないよ。羽を持ってるのはゼノの方でしょ?」
ゼノ・ウィングフィールド
「ただの名前がなんだと言うんだ。それに僕は自ら選んでこのファミリーネームを授かった訳ではない」
「それは分かるけど」
スタンリーはどうして天使でもなんでもない私を天使と呼ぶのだろう。ゼノは少し考えるような素振りをしてから、こう続けた。
「安直に考えるとするならば、君が真っ白だからじゃあないのかい?」
「真っ白?どこが?」
自分の髪や腕を掲げながら聞き返したら、「外見の話ではない」と返された。
「君の中身が天使のように真っ白だから。例えば僕のような人間とは真逆の色だから、彼は天使と呼びたくなるのだろう」
ゼノを真っ黒だと思ったことないけど。ああでも確かに、彼は黒っぽい服を着ることが多いかもしれない。そのことを言っているのだろう。
ていうか、そもそも私は自分を真っ白だと思ったことないけど。白い服ばかりを着ているわけではないのに、どうして私が真っ白になるの?
私のちょっぴり抜けた頭は、たった今「外見の話ではない」と言われたことをすっかり忘れてそんなことを考えた。そしたらゼノはますます分からないことを言い出した。
「僕から言わせてみれば、単に君の純粋な笑顔が天使のようだから……と、そうスタンの心の内を勝手に予想しているが、違うだろうか?」
純粋な笑顔。私の笑顔って純粋?よく分からないけど、コンクールじゃないステージの時は精一杯笑いながら吹いてるから、その成果なのかもしれない。
いや、それにしても私はスタンリーの前で吹いたことは無いはずだけど。
傾きかけた夕陽を眺めながら、特に話をするまでもなく穏やかに時間が経過していく。聞こえてくるのは私の鼻歌と、彼が時折口の中のキャンディを転がす音くらい。
「ゆっくりしてっけど、時間平気か?」
「スタンこそ。こんなとこで私と一緒にいて退屈しないの?」
「いや、充分」
――あんたが隣にいるだけで。
のんきに曲を口ずさんでいた私には、その心の声は聞こえなかった。
「キャンディも甘くて嬉しいけどさ」
「美味しい?良かった」
「……天使のブレス、退屈しねぇから。いつかその息も食わせて」
「え?」
その小さな声も聞こえなかった。