2019年冬頃に書いたものを加筆修正。
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二歳、初めて目を合わせた時から私は彼に恋をしていたというのに、反して彼は私のことを血の繋がらない父親の親戚の子としか思っていなかったことだろう。
小学校に上がる頃には既に、彼はその小さな頭脳ながら世界のあらゆる事象や出来事について、疑問しては父親に尋ね、疑問しては自ら本を引っ張り出したりして、たった一人で難しい言葉を理解していたものだけど、血の繋がらない私の頭は当然のように平々凡々な脳味噌しか持ち合わせておらず、ただ彼の行動力を傍で見つめていることだけを日頃の楽しみとしていた。
私の両親は海をまたいだ向こう側の国々で、共に料理人として活躍しているらしい。こんなふうに他人事のように言わなければならないのは、私が物事を理解するより前にどちらとも日本を出て行ってしまい、小学校の時点では話に聞くだけしか二人のことを知らなかったからなのだけど、例えばインターネット上で彼らの活躍を見かける度に、私は年頃の子供ながらに会いたいなあとか思ったりして。
中学生になれば長期休みを利用して何度か会いにいったこともあるけれど、私は預けられた先の石神家に、本当の家族以上の愛着を育んでしまったから、両親に対して感じていたのは寂しさよりも孤独よりも、世間が芸能人に抱くような憧れの方が強かった。
彼が世界の仕組みに嵌ったのと同様に、両親の影響もあるのか私は自然と世界の食べ物の魅力にのめり込んでいった。両親のコネであらゆる食材ならいくつも手に入れられたが、極一般的な家庭にある狭いキッチンでは、満足に料理することができず。しかしおじさん、つまり彼の父親は、食材を持て余していた私を見兼ねて、大金はたいて家の台所を大改造してくれた。マンションなのに。
そんな出来事を境に、ますます私は石神家のことが好きになる。いやまあ、改造費の出どころは、私の両親が私のために仕送りしてくれていた私のお金だったのだけれど、私が言いたいのはそんなことではなく、おじさんの優しさと行動力。この親子は血が繋がってないのに似たもの同士だ。私のために、自分の子でもない私のために、リビングを狭くしてまでキッチンをリフォームしてくれるおじさんが、この世のどこにいるのだろう?
そんな幸せな環境に置かれたからか、中学校に上がる前には名前のつくものなら全てこの手で料理し尽くしてしまったので、やはり私は石神家孝行のためにも、腕を磨く為にも、世界に旅立つしかないと考えた。
だけれども、それは途中で断念することになる。私は彼がいないとダメなのだ。中学二年生でアメリカに留学した私は、予定では一年間の滞在ということになっていたのに、実際には三ヶ月と経たずに日本に帰ってきてしまった。
英語ができないわけじゃない。異郷の地に怖気付いたからじゃない。ちなみに言うと、両親の別荘を借りていたので、ホームステイ先に迷惑がかかったわけじゃない。私は彼が隣にいないことに、冗談ではなく耐えられなかったのだ。
テレビ電話を駆使してなんとか彼不足を補っていたが、やはりダメで、現地で知り合った友人に聞かされたリリアンの歌を聞いてもダメで、思っていたより呆気なく再会した両親が射撃場に連れて行ってくれたのに、やはりダメで、逆に気遣われていく私がだんだん惨めに思えてくるのが辛かった。
その射撃場に通い過ぎて、その時たまたま開かれていた地域の小さな大会で優勝してしまったくらいだ。そんなことってある?だから私は結局逃げた。後悔はない。
「お、お兄ちゃん!久しぶり……!」
「んあ?テメー、来年の九月まで帰ってこねえはずじゃなかったか?」
「本物だ!本物だよ……!」
「……あ゛?何言ってんだ?」
「お兄ちゃん大好き!」
「はあ〜???」
それからというもの、私はあっさり世界を諦めた。今後は石神家や友人のためだけに料理を振る舞うことに決めた。一応は彼に相談してみたりしたが、「やりたいことやれよ」と言ってくれたのが嬉しくて思わず泣き出してしまったのはここだけの話。白衣の袖でそっと涙を拭ってくれた彼のことが、この事件を経てより一層大好きになった。
というわけで、ここまで長々と語ってしまったが、だからこそ私は思うのだ。本当によかった。本当に、本当に、三千年後の世界にお兄ちゃんがいてくれて本当に良かった。
もし私がたった一人だけでこんな世界に目覚めていたとしたら、一日と生きていけない自信がある。たとえ私にサバイバル生活の心得があったとしても、お兄ちゃんがいない状況では無力にも等しい。彼がいるのといないのとでは、私の世界は大きく変わるのだ。
ここでの暮らしも慣れたもので、もう何人か新しい友達も出来た。お兄ちゃんがいてくれるから、私は安心して真っ暗な夜を迎えられる。とっても綺麗な星空を眺めながらぼんやりと昔のことを思い出していたら、「風邪引くぞ。新しい病人出す気かコラ」と優しげな声に心配されてしまった。名残惜しいけど仕方がない。星空は逃げないからまた明日。
ところで、宇宙に行ったままのおじさんの安否が気になるなあ……まあ、とにかく今はまたこうして科学で私を楽しませてくれるお兄ちゃんに感謝するのに忙しいから、また会えた時にたくさんお話をしようね。
この世界でのお兄ちゃんの活躍、おじさんに聞かせたらきっと感激して泣いちゃうかも。ちょっと楽しみだ。