01
―――へんなの。
それが目を開けて第一に抱いた感想である。

視界いっぱいに広がる薄桃色。
最近ヒナタが見せてきたゲームに登場するキャラクターそっくりの生物が、私の顔を至近距離でまじまじと見つめている。

「みゅー…?」

晴れ渡る青空を連想させるような双眸を何度か瞬きをした後、こてんと首を傾げた生物はとても自然な動作で重力を無視するように宙へと浮かび上がった。

「わぁ…、すごい」

身体を起こすのが億劫で、仰向けに寝転がったまま生物の様子を視線で追う。
生物は再び目の前に鼻先が触れ合う寸前のところまで近付いては離れるという行動を繰り返し「みゅうぅー、みゅー」私の右腕をその短い両腕を使って引いた。

「おきてほしいの?」

私の言葉に反応して「みゅぅ!」大きく頷く生物。なるほど言葉は通じるらしい。
ぼんやりとした思考のまま、生物に右腕を引かれたまま、左腕と腹筋を使って上半身を起こす。

「あー……」

上半身を起こしたことで見える景色は、自分の部屋ではなかった。
私が寝ていたのは草原と表現しても過言ではない草木が生い茂った場所。
ぼんやりとそれを眺めていると生物は「みゅーぅっ!」私の右腕を引っ張り始めた。くいくい、と引っ張りながら片方の手で場所を指示しているように見える動作に「うごけって?」と尋ねれば、生物は満足そうに大きく頷いた。

「んー…、仕方ないなあ」

「よいしょ、と」気の抜けるようなオバサンくさい掛声と共に立ち上がり生物が指差す方向へと足を進めたが、私の歩く速度が遅くて気に食わなかったらしい生物は眉間に皺を寄せて「みゅぅぅぅぅ…っ!」私の右腕をまた引っ張り始めた。
その小さな身体に見合った弱々しい力に引っ張られても私の歩調は一切変わらない。のんびりと歩いている私に対して生物は頬を膨らませた。割と可愛い。

「うわぁ…」

それにしても―――。
明晰夢…というやつだろうか。
私の視界を埋め尽くす草原が風に吹かれて揺れ動く光景も、青空を舞う蝶々のような生物も、私の周りを漂っては早く歩くように急かす生物も。目に見えているものすべてが現実のものと遜色ないほどに鮮明なものとして映っている。

「みゅうみゅうっ、みゅーぅっみゅー?」
「なぁーに?」
「みゅーぅっ!」
「んー、むこう?」

生物が指し示した方向に広がっているのは、緑豊かな自然に囲まれた割と大きな街だった。
幼稚園の頃によく読んでもらった絵本に出てきそうな、私みたいな子供でも現実世界に絶対存在しない街だと断言できる風景をぼんやりと眺め続け―――

「この世界に動物っていう概念はないのかな」

犬や猫、鳥。蝶々。
生物の言うとおりに歩き進め沢山の生物と擦れ違ったが、そのどれもが見たこともない不思議な生物達だった。人差し指でちょこん、と羽を休める蝶々は大きくても全長12cmぐらいとされている。しかし青空を舞う蝶々の大きさは私の背丈より少し小さいぐらいの大きさで、大体の形は同じでも細やかな部位の特徴が違っていた。
ヒナタが好きそうなアニメやゲームに出てきてもおかしくないソレを見ていると、生物が私の腕を引く。どうやらじっくりと観察させてはくれないらしい。

「みゅみゅー…みゅー?」
「うん?」

こてん、と首を傾げる生物に倣う。
この子は一体、私に何を伝えたいのだろうか。

「私は君の言葉、分からないよ」

生物の頭を撫でてみる。
見た目とは裏腹にふわふわで触り心地が良い。
すると生物は「みゅぅぅぅ…」嬉しそうに目を細めて、私の手に"もっと撫でろ"と言わんばかりに擦り寄ってきた。
その姿を見ながら純粋に可愛らしいと思う反面、この生物は一体何なんだろうという疑問が生まれた。
私の記憶が正しければ、この生物はヒナタが見せてきたゲームに登場しているキャラクターそっくりで、起きてから今に至るまでに出会った生物達もキャラクターそっくりだ。
ヒナタと違ってそのゲームを持っていないしキャラクター達の名前も一度見ただけで、正確に記憶しているわけではない。
覚えている範囲で生物達の名前を言うと―――、
青空を飛翔する蝶々は、バタフリー
草むらを這う幼虫は、キャタピー
幼虫を追い掛けるねずみは、コラッタ

「みゅぅっ!!」

そして、目の前にいるのが―――ミュウ。
ヒナタがゲームを持って私に何十分も自慢してきたレアキャラクター、いわゆる幻のポケモンと呼ばれる存在だ。ゲームや漫画など二次元の作品にしか登場しないミュウがどうして、私の夢にどうして出現したのだろうか。
夢というものは身体が眠っているあいだに脳が記憶の整理をしているから見るものだと少し前に読んだ分厚い小説に書かれていたような気がする。とても曖昧に覚えているため間違った解釈をしている可能性もあるが、それでも、もしその解釈を正しいとするならば私自身ヒナタが見せてきたゲームの内容が色濃く記憶にインプットされなければ夢に出てこないのではないだろうか。私はそう思う。
何の目的と意図があって私の夢に登場したのか分からないミュウの頭を撫でながら小さく溜息を吐けば励ますかのようにミュウが空中を移動して私の頭を撫でた。

「ありがとう」

可愛らしいミュウの行動に、普段滅多に使わない表情筋を使って笑う。
するとミュウは嬉しそうな声をあげて私の周りをグルグルと旋回した。その様子は幼稚園にあがったばかりの幼い子供を彷彿させる。こんな大人ぶったことを言っていても私自身、まだ小学四年生なんだけどね。


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ミュウに指示されるがまま歩いて感じたことがある。
それは私の姿が誰にも見えていないことだ。動物に似た生物―――ポケモンもそうだけど、ミュウ以外は何であろうと私のことを認識しない。
自分の姿が誰にも見えていないというのは非常に不愉快だが見えていないものは仕方ないとして、ふわふわと宙に浮かぶミュウと一緒に草むらを歩く。
舗装されていない砂利道に草原。例えるなら自然と街が互いに手を取り合って共存しているような環境―――それが、マサラタウンと呼べる場所だった。
草むらを抜けた先に立てられた白い看板に書かれた『何色にも染まっていない汚れなき色』という街の名前の由来になったであろう文章を流し読みしてから街中に足を踏み入れた。

「凄いなぁ…」
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