prologue.01
――気が付けば、焼け野原にいた。
どれだけ身体を動かそうとしても上手く力が入らず、指先一つでさえも動かせやしない。
地面に伏せたままの状態で、ただ、ぼんやりと視界いっぱいに広がる赤い世界を見つめ続けた。
どれだけの時間をそうしていたのかは分からないけれど、建物が崩れ落ちる大きな音で我に返った。ああ、火の壁がまた一段と高くなっている。
「……」
見慣れた街が一面の廃墟へと移り変わっていく様子を……ただ、ただ、見つめ続けた。
私を囲んでいる高い火の壁
地面に転がる黒焦げの人達
崩れ落ちていく大きな建物
その中で、私だけが、原型を留めている。
何とも言えない複雑な感情が胸中に渦巻き、どうして私だけ?と純粋な疑問を口にしようとしてから――やめた。
「……」
よほど運が良かったのか、運の良い場所に家が建っていたのか。どちらかは分からないけれど、私が生きている理由なんて"運が良かったから"に過ぎない。
そう――、私は"運が良かったから"生きている。
「……」
生き延びたからには生きなくちゃ、と思った。
けれど指先一つですら動かすことのできない私は、周りに転がっている人達のように黒焦げになるのだろう。
そもそも何をしたって絶対に助からない、この赤い世界からは出られない。今の状況を一瞬でそう判断できるほど、それは、絶望的な地獄だった。
「……」
先程からずっと酸素を取り入れる為に呼吸を続けているのに、深く息を吸っても吐いても苦しいだけだ。
そう考えると、私は"運が悪かった"のかもしれない。
こうして一人虚しく苦しみながら死ぬのだから。
「……」
声を発することはもちろんのこと、ろくに息もできやしないくせに「さいあく」と唇だけを動かした。
……ああ、苦しい。辛い。熱い。
様々な感情が複雑に入り乱れて膨張して、更に息苦しいと感じたけれど、そんなことはもうどうでも良い。
ボロボロと流れる涙を止めもせず、息苦しくても、誰も見ていないことを良いことにみっともなく泣き続けた。
――それが、十数年前の話だ。
延々と泣き続けていた私は、白を基調としたローブを身に纏った男性に助けられた。
偶然にも近くを通りかかった優しいお兄さんが君を助けてあげよう!なんて、柔らかい微笑を浮かべる姿はどこまでも胡散臭くて、それと同時に彼の全てはとてつもなく優しかったのを今でもよく覚えている。
そうして黒焦げに燃え尽きてしまいそうだった私の心は、彼の優しさによって救われたのだ。
――気が付けば、見知らぬ部屋にいた。
ぼんやりとした私の視界に、見覚えのない天井と、もふもふとした白い何かが映る。このもふもふは何だろう……。
凝視すること数秒。段々と視界が安定してきて、そのもふもふが栗鼠っぽくて猫っぽくて犬っぽい――、生物ということは分かるけれど、それ以外は全く検討もつかないような本当によく分からない何かだということが分かった。
「フォウフォーウ」
私の失礼な考えを読み取ったらしい白い生物は、その前足で私の頬をぺしぺしと叩く。
痛くも何ともない攻撃に頬が緩んでしまうが、白い生物の機嫌をこれ以上損ねないために謝っておいた。
「んー……」
それにしても、どうして私は見知らぬ部屋で寝かされていたのだろうか。たしか、私は弟と一緒に夜食を作って、仕事が忙しくて滅多に帰ってこない両親を待っていて。
それで、…………それで?
「ああ、目が覚めたんだね」
不意に聞こえてきた声により、思考は中断された。
聞こえてきた方向に視線を向けると、そこには白を基調としたローブを身に纏った男性が立っている。
「おはよう。なかなか目が覚めないから心配していたのだけれど思った以上に安定しているようで良かったよ」
男性は柔らかな微笑を浮かべたまま近付いてくると、私の額に置いてあった布を取り、そこに新しいものを置いた。
水に浸してあったのだろうか、ひんやりとしていて気持ち良い。あと何故か、春独特の花みたいな香りがする。
「しばらくは無理せず眠っていた方が良い。ようやく新しい肉体に魂が馴染んだところだからね」
「え、ええと……?」
新しい肉体?魂が馴染んだ?
この人は一体何を言っているのだろうか。
理解が追い付かない状況で、じーっと男性を見つめ続けていると「フォフォーウ!」白い生物が鳴いた。
「ああ、そういえば君は魔術とは無縁の生活を送っていたんだっけ?それなら私の言葉が理解できなくて当然だね。うーん……、どこから話せば良いのやら」
どこまでも優しい手付きで私の髪を撫で付けると、男性はその胡散臭いけれど柔らかい微笑を崩すことなく、今まで耳にしたことがないほど穏やかな声音で言葉を繋げた。
「ああ――、そうだった。話し始めるよりも先に自己紹介をしておかなければいけないね」
いいかな、と。
誰もが親しみやすいような微笑を浮かべて、
「私はマーリン。物凄く頼りになる花の魔術師さ」
そんなことを仰々しく言ってのけた男性。
幼い弟に影響されてそういった夢物語を題材にしたアニメや漫画を目にしていたからだろう。私はそれについて深く言及しようとはしなかった――寧ろ。
「わぁ、すごい」
マーリンってアーサー王物語に登場する魔法使いのことですよね。
正式には魔法使いではなく魔術師というんだよ。