02

素早く流れる視界。全身で風を受け、耳元ではビュンビュンと風切り音がする。ビルの側面に着地をし、そこでグッと勢いを付け再び飛び立った私は、一体の仮想敵にそのまま脚を振り下ろした。ガシャ、と音を立てて3P敵の装甲が崩れ、動きが止まる。これで累計48P。
駆動音や見た目の派手さに反して敵は脆く、少し勢いを付けて蹴りを入れるだけで簡単に壊れて行った。あの緊張はなんだったのか、いざ蓋を開けてみればこれである。少し拍子抜けした。
それなりに開けた、今いる場所の敵はもう大方倒した為、別の地帯に向かうことにする。この足は力を込めればそれだけ応えてくれ、私の体は簡単に宙を舞った。
ビルとビルの間の壁を蹴って屋上へ登り下を眺めると、あちらこちらが惨憺たる有様であった。爆発が起きたり、光が発せられたりと、ロボ敵と受験生達との混戦状態だ。その中でも比較的まだ獲物が残っていそうな場所へと私は勢いをつけた。

着地と同時に狙いを定め、飛び蹴りの要領で敵を潰す。まるでレゴブロックを壊すのと同じような感覚で敵は砕けていく。
ある程度画一的なもので無ければこの受験者数を捌き切れないからだろうとは分かっていても、流石にこの入試方法は私に有利だな。そう思いながら敵を破壊していった。

轟音と共に悲鳴が聞こえた。体が動きかけたが「名前、ヒーローになるのよ」——分かってるよ。

私は約束を違える訳にはいかない。未だ聞こえる悲鳴を振り切るように、敵の方向へ駆け出した。


その後、突如として現れた、想像よりもかなり大型であった0P敵には目もくれず、敵を蹴り壊し続けている内に試験は終了した。私の計算が間違っていなければ60P、周りの受験生の稼ぎ具合から見ると中々良い線を行ったのではないか。
プレゼント・マイクにより試験終了の掛け声が響いた後、受験者はそれぞれ一息をついている。負傷者などには学校側からの治療が施されるらしい。成る程、手厚い。流石雄英。
私の身体の構造上不可避である、ショートパンツの隙間から真冬の空気が入り込み、火照った体を冷やしていった。

「ねえねえ!そこの!!」
「え?」
「ビュンビュン飛んでたねえ、目立ってて凄かったよー!」

ピョコンと生えた二本の角にピンク色の髪と肌、黒目がち……どころではない大きな目が可愛く、特徴的な女子から突然声をかけられた。
周りからはああ、あの子酸の……なんて声が聞こえてきた。酸?記憶を探ると、確かに思い当たりがある。跳躍して敵を倒そうとすると、直前に目の前でドロドロと溶けていった事があった。危なかったから覚えている。あれか。

「私芦戸三奈!何か凄い敵ボッコボッコ壊してたから印象に残っちゃって!目の前にいたからつい話しかけちゃったー!!」
「私は名字名前、確かに結構張り切っちゃった」
「凄かったよー!!簡単そうにがっしゃんがっしゃん壊れてくんだもん!試験中なのについ見惚れちゃった!何の“個性”か聞いてもいい?その格好いいヤツだよね?発動型?」
「ああうん、見た通りこの脚。格好いいなんて嬉しいな〜。それが異形型なんだよねえ、だから服関係が結構大変で……そっちは?頭可愛いのと関係ある?」
「えっ可愛いなんてありがとー! 勿論大アリ!体からどこでも酸が出せるんだよね!」

やはり目を惹く容姿は“個性”に関係しているようだった。互いの“個性”の話をしていると、気のよくポンポンと返してくれる。とても話しやすく、くしゃっとした笑い方がとてもチャーミングだ。
他愛のない話を続けていると、周りの人達がぞろぞろと歩き始めた。どうやら撤収の時間らしい。

「お疲れ様、お互い受かってたらいいなあ、もしその時はよろしくね」
「うんうん!周りと比べた感じ、多分私受かってると思うんだよねー!」

凄くテンションが高いけれど、感じのいい子だな。ヒーローになったら人気が出そう。可愛いし。

その後三奈ちゃんとはメッセージアプリのIDを交換してから別れ、帰途についた。


併願校と被らない為か、かなり遅めである雄英の後に他の受験校は残っていないので、ようやくこれで全ての受験が終了となる。長かった。ここの所緊張しっぱなしだったな。首を回すとゴキゴキと音がする。長い間力み続けていたためか肩もかなり凝っているらしい。紫色の中に星が瞬き始めた空を見上げながら、晴れやかな気持ちで伸びをした。





雄英の実技試験が終わり、早数週間。郵便を受け取ると、雄英からのものであった。手に持った重みから察するに、小型投影機が入っているらしい。逸る気持ちを抑えて慌ただしく自室の椅子に着き、郵便の糊付けを破いた。

「初めまして!ネズミなのか犬なのか熊なのか、かくしてその正体はーー校長さ!」

ゴトリと音を立て小型投影機が机に落ち、初っ端映し出されたのがこれである。一瞬息が出来なかった。
一応、雄英の校長が人間ではないことは有名である為に知ってはいたけれども、初回からこのテンションで来ると想像していなかった。この口上を受験者全員に述べているのだろうか。

「早速だけど名字名前、敵ポイント60P!救助活動ポイント4P!合計64P!筆記も問題ないようだし、合格さ!」
「敵ポイントを相当稼いだね!最後まで敵に相対していたタフネスは凄い!流石だね!……ただ、今回は審査制の救助活動ポイントも採用していたのさ!それがあまり芳しくないのが君の課題かな?」

校長はそう続けた。

「まあこんな所かな!とにかく合格おめでとう!ようこそ雄英高校へ!」

プツンという音を残し映像はそこで終わる。一連の間、詰めていた息をゆっくりと吐き出した。良かった、受かっていた。
これで一つ、母との約束を達成できたことに安堵する。いや、駄目だ。これから、これからだ。まだまだ足りない。私は強いヒーローにならなくてはいけない。服をギュッと、握りしめた。





合否判定が届いてから幾日か経った今、私は叔父さんと静岡の不動産会社に来ていた。今住んでいる所からでは雄英に通い辛いため、春から一人暮らしをする事になっている。内見も既に済ませ今日は契約の日であった。
テナントに足を踏み入れると、女の子と親御さんの一組が既に書類のやり取りをしているのが見える。あの年頃でこの時期の契約となると、もしかすると同じ春からの雄英生かもしれない。
まずは自分の一通りの手続きを済ませ、ありがとうございました、と担当者に終わりの挨拶をしながら席を立つ。ふと例の親子を見ると、丁度タイミングが同じだったようだ。あちら側もこちらが気になっていたのか、何となく互いに顔を見合わせる。

「ねえ、あなたも雄英の一年生?」
「あ、やっぱりそっちも?私もだよ、気になってたんだよねえ」

いざ声を掛けてみると、やはり相手も同じなようだった。へへへと言って笑う姿がとても可愛い。

「私名字名前って言います、よろしくね!やっぱり雄英ともなると全国から集まるから、一人暮らし多そうだよね」
「麗日お茶子です!あっ分かるー!雄英生を対象にしたアパートとかも多いもんね、沢山ありすぎて迷っちゃった」

麗日お茶子、という大変可愛らしい名前の彼女は相好も可愛かった。丸みを帯びたミディアムの明るい上品な茶髪に、まあるい目、ピンク色の頰。彼女の持つ雰囲気といい、何とも確かに名前の通りうららかだ。

「ねえ名前ちゃんってヒーロー科?それっぽい見た目してるし!」
「うんそうだよ……へへ、受かったんだ。お茶子ちゃんは?」

ソレッポイミタメ……
彼女は私の脚に目をやるとそう切り出してきた。思わず身じろぎをするとガシャ、と脚が音を立てる。

「やっぱり!そうかなって思ったんだよね!私も!私もヒーロー科!こんな所で出会えるなんて凄い偶然だね私ら」
「嘘、本当に?四月からよろしくね!何か凄く嬉しい」

まさかの彼女も同じくヒーロー科であった。一緒に頑張ろうね、と彼女は意気込みを告げる。

「お茶子ちゃんはどこら辺にアパート決めた?」
「私は駅前のスーパーの近く!やっぱ便利なとこがええかなーって」
「えっもしかして場所近いかもしれない!私んとこもスーパー近いよ」
「えーー本当!」
「マジですマジです」

住居の話に移ると、条件が重なっている。確認したところ流石に同じ建物ではなかったが、中々に距離は近かった。これ程だと顔を合わせる機会も多そうだ。
その後も連絡先だの雄英の広さだのファストフード店の情報だのと、とりとめのない話を互いの保護者に声を掛けられるまで続けた。



帰宅し、ボフンとベッドに横になるなり携帯を開き、適当に操作しながら近頃の事を思い出す。お茶子ちゃん、可愛かったな。三奈ちゃんも受かったらしいし、春が本当に楽しみだ。追加されたばかりの、メッセージアプリの名前たちを眺めていると、眠気がとろとろと忍び寄ってくる。今日は少しだけよく眠れそうだった。