M国R地方、国際魔法使い連盟本部。
唯一地下に設置されている課、スパイ課へと続く隠し扉を開け、1人の少女が階段を降りていく。
「待っていたぞ、アザミ・クラウン。」
部屋の中央のテーブルを挟んで上座、高級そうな革張りの椅子に座った男が言った。
「お久しぶりです、ボス。」
アザミ・クラウンと呼ばれた少女は静かにお辞儀をし、下座の席に座った。
「今日の用件はわかっているよな?」
「はい。一週間後に、ホグワーツに新入生として入学、スリザリン寮に潜入する計画の最終打ち合わせです。」
「そうだ。」
アザミの答えに、ボスは満足そうに頷いた。
「さて、計画の大枠を確認しよう。君には、闇の帝王ことヴォルデモートの出身寮、スリザリン寮にて純血思想や闇の魔術に関する意識などを調査し、報告してもらう。また、英雄、ハリー・ポッターとも同い年であるから、彼に関しても報告願いたい。ダンブルドアには話を通してある。」
「はい。」
アザミはわかっています、と言って頷いた。
「現在のスリザリン寮寮監はセブルス・スネイプだ。君からしてみれば因縁の相手でしかないだろうが、くれぐれも変な気は起こさないように。」
ボスは言った。
純血の家系でありながら純血思想に反対であったクラウン家は、1980年2月、闇の帝王の手下の部隊に襲撃され、壊滅した。その部隊には現スリザリン寮寮監のセブルス・スネイプもおり、記録では数人を殺している。
この時の襲撃で唯一生き残ったのが、クラウン家前当主の二女、アザミだ。
当時生まれて数ヶ月の赤子だったアザミは自らの特性と運の良さでたまたま生き残っただけである。英雄、ハリー・ポッターのようなドラマチックな生き残り方をしたわけではない。
赤子だったアザミは国際魔法使い連盟に引き取られ、特性を見染められてスパイ課へと配属された。6歳からT国U校にお忍びで入学し、今や成人に劣らないほどの魔法を身につけ、ここ1年はスパイ任務も行なっている。
そして今年、ホグワーツに潜入という大きな任務がアザミに課せられた。
子供のスパイはアザミだけであり、また、ハリー・ポッターとも同い年で最もこの任務に適任ではあるものの、やはりボスとしてはアザミが、親の仇打ちなどを考えないか、心配なのである。
「仕事に私情は挟みませんし、復讐などという価値のないことに回すエネルギーはありません。」
アザミは言った。
「そうか。なら、杞憂だったな。」
キッパリと復讐の可能性を否定したアザミを見て、ボスは安堵の溜息を吐く。
「これが、ホグワーツで使う学用品だ。杖はオリバンダーで新調したな?」
「はい。アカシアに不死鳥の尾羽とハナハッカ、31cmです。」
アザミは深い茶色の杖を、大腿に取り付けたホルスターから取り出して言った。
「アカシアか。良い選択だ。」
「私、ではなく杖がいい選択をしてくれました。」
アザミは優しく杖を撫でる。
「成績に関してだが、すでにU校を卒業し、就職している君は良い成績を取る必要はない。寮内の学力を把握し、良すぎず悪すぎず、寮内で中の上くらいを狙って欲しい。実技も、不自然ではない程度に力を落としてやって欲しい。」
「もちろんです。大衆に埋まるように計算します。」
アザミは頷いた。記憶に残らない生徒でいなければならないのだから、成績も平均を狙わなければならない。1位を狙うよりも数倍難しい。
「情報の伝達は魔法円を用いた召喚術で行う。人やゴーストに見られないよう注意を払え。」
「はい。」
「人間関係に関しては特に何も言わないが、とにかく目立つな。だが、情報網は欲しい。スリザリン寮の立ち位置を考えると、他の寮と繋がるのは難しいかもしれないが、努力してくれ。」
「わかりました。」
延々と述べられる注意事項を頭に叩き込み、アザミは返事をする。
スパイとして過ごすホグワーツの7年間。どのような結末を迎えるのだろうか。