休日曰く

枯れるなら声は花かも 鴨川はいくつも声を浮かべ流れる



呪術師の別名が社畜戦士であることは誰もがご存知の通り。これは日本書紀にも書かれている事実だ。

勿論季節柄に拠るところもあるが、基本的には24時間365日、24/7、72時間働けますかを地で行くブラック企業である。挙げ句の果てに万年人手不足。やりがい搾取。そのうえ退職=ほぼ殉死という有り様。労基を呼んでくれ。これで給金が悪かったら役満だったが、この業種の唯一の長所は「給料がいい」それに尽きる。

何はともあれ、呪術師には休みが少ない。
呪術師である以上、例外なく私も。とはいえ休みがゼロという訳では無い。

これはそんなゼロではなかったとある休みの日の話である。


京都、河原町。
ここは先斗町や花見小路あたりは別としても大通りにはさほど京都らしくは無い現代的な建物が並ぶ、京都市内における最大の繁華街である。カレンダーの上でも休日である今日この日は人通りも車通りも呪霊通りも多い。
さて、呪術高専東京校2年生の私がなぜここにいるかというと、簡単な話、朝6時に品川始発の新幹線に乗って京都にやってきたからだ。

「わざわざ京都まで来なくても、たまの休日くらい好きに過ごしたってよかったんだよ」
そう言うのは私の隣を歩く憲紀だった。彼の纏うゆったりとした白のセーターに黒のスキニー。シンプルなその服装が良いブランドの良い物であることは言うまでも無い。
しかし、時に肉弾戦を行うこともある彼の締まった体つきをより映させるそのファッションに、何故それを視界に入れた全人類が卒倒しないのか甚だ疑問であった。なにせ隣を歩く私こそが気を抜いたら卒倒しそうだったからだ。マジで倒れると憲紀に心配をかけてしまうので、今は気合いだけでいつも通りの私を装っている。

「好きに過ごしたいから来たんだよ。憲紀こそ、休日なのに迷惑じゃなかった?」
「まさか。名前が来てくれて嬉しいよ」
優しく微笑む憲紀。気を遣われているのだと断ずるのは容易かったが、私はその言葉をその言葉の意味のまま受け取ることにした。そっちの方が嬉しいから。

偶然憲紀と休みが重なった私は速攻で新幹線チケットを購入して京都へ向かった。
休みが重なったカップルがすることは一つしかない。

そう、デートだ。

晴れて想いが通じ合い、恋人同士になった私たちを邪魔するのは呪術師業の忙しさだけだった。
東京と京都という物理的な距離は遠いといえば遠いが、金銭感覚の狂いそうな給金によって潤沢になった口座から新幹線代を出す程度、蠅頭をしばくより容易い。休日が確定するたびに私は憲紀へ連絡をして、互いの都合が合うたびに京都へ向かっている。
ちなみに逆も然りで、憲紀が私のいる東京まで来てくれることもある。東京駅の異様で日常的な人混みに物凄く困惑する憲紀を銀の鈴まで迎えに行くのはたまらなく楽しいことをここに記しておく。

閑話休題。

兎にも角にもデートなのだ。
京都でデートするなら河原町しかない。逆に京都市民ってどこ行くの?アバンティ?あそこドンキしか無いじゃん。
そんなわけでさほど考えずに河原町へ憲紀を連れ出した。

「名前はどこか行きたいところはあるのか?」
「鴨川で等間隔に並びたい」
「……等間隔?」
「あ、いや、なんでもない。鴨川。鴨川行きたいです。瀬見の小川」
「それは鴨川じゃなくて、賀茂川」
「鴨佑兼みたいなこと言うじゃん。加茂だけに」
京都ジョーク、というかカモジョーク。これは私と憲紀の間では鉄板ネタなのだが、他人がいる時にやると嫌がられる。真依ちゃん曰く「ネタがわかりづらい上に身内ネタ過ぎてムカつく。あと大して面白くないから、それ」。厳しい。

河原町通りから東に向かえばそこには京都市民お馴染みの一級河川、鴨川がある。京都市を東西に分ける長くて幅広の川だが、増水でもしない限りその流れは穏やかだ。川岸も広く、その上整備されているため、川のそばに座ってのんびりと過ごすだけでなんとなく良い気分になれるお手軽な場所なのだ。
そんな場所なので当然人は集まる。が、何故かみんな他のグループとは一定の間隔を空けて座るのだ。所謂パーソナルスペースというやつなのだが、その間隔が川を見下ろす橋などから見ると皆、等間隔になっている。これがかの有名な「鴨川等間隔の法則」である。この川岸に集まるのは大抵カップルばかりなので、そんな男女を揶揄する意味合いもある。

……揶揄されてェな!私たちもカップルだからよ!

そんな下心だけで鴨川へやってきた私とよくわかっていない憲紀も、なんとなく他のカップルからは一定の距離を保って川岸に座る。
電柱も大きな建物もないから、ここに来ると空が広い。吹き抜ける風が憲紀の黒髪を揺らすのを見て、私は目を細める。
「気持ちいいね」
「そうだな」
下心だけで来たけれど、川沿いはゆっくりと時間が流れているようで本当に心地がいい。それになにより、隣に好きな人がいてくれるから。憲紀となら極寒の吹雪の中だろうが灼熱の砂漠だろうがザナドゥである。

「東京にも川はあるんだけど、こういうふうに川岸が整備されてるところはあんまり無いんだ。鴨川はこうやってのんびりできるのがいいね」
「そうなのか。名前も東京で暮らして2年目になるが、そういう景色を見たりして京都が恋しくなったりすることはあるのか?」
「うーん、いや、ウスターソース以降は全然かな。学校も楽しいし任務もあるし、寂しがってる暇は意外と無いよ」
心配しなくて大丈夫だと伝えるつもりでそう返すと、憲紀は川の方を向きながら「そうか……」と呟いた。案外あっさりな反応に首を傾げる。
「どうかした?」
「いや、大したことでは無いんだが」
「なになに」
気になって問いかけを重ねてみると、憲紀は少し言いづらそうに口を開いた。

「……名前が寂しがってないことが私には少し、寂しい、と思った。それだけだ」
私たちが真依ちゃんに怒られて以降、憲紀は以前より自分の気持ちをしっかり伝えてくれるようになったのだけれど、それが毎回あまりにも直線真っ直ぐストレート過ぎて私は何度も心臓を撃ち抜かれてしまう。百斂穿血か?
「…………」
「…………」
「…………はわわ」
「……いや、すまない。忘れてくれ」
「それは無理かな……」
憲紀は恥じらいのためか少し赤くなった顔をその骨ばった大きな掌で隠そうとした。ので、その手を取ろうとする。すると抵抗される。その抵抗に抵抗する。わちゃわちゃとささやかな攻防。気がつけばお互いがお互いの手を取って向き合っていた。紅潮した頬のままそっぽを向く憲紀に思わず笑みが溢れる。

「憲紀」
「心が狭くてすまない」
「いやそんなことはないけど」
「まるで私ばかりが寂、…………」
「さび?」
「……なんでもない」
「寂しがってるみたい?」
「ちがっ、…………」
言い切らないあたり、違くないのか。
「可愛いな。いや、可愛いな」
「勘弁してくれ……」
揶揄うつもりは一切無いのだが、そんな彼が可愛くて思わず「可愛い」と言ってしまう。そうか、憲紀は寂しいのか……。

私はいつしか繋がっていた手をぎゅうと握り直して、真正面から彼を見つめた。
「寂しがらせてごめん。安心してなんて軽々しく言えないけど、憲紀と仕事だったら100対0で憲紀を取るし、崖に憲紀と五条先生がぶら下がってたら間髪入れずに憲紀を選ぶし、先生は蹴落としておく」
「れ、名前……」
「大好き。愛しているよ、憲紀。なんでもない日に会いたくなるのは君だけだし、試着室では憲紀のことしか考えてない。私が寂しくないのは憲紀がよく電話をしてくれるからだし、こうやって会ってくれるから。他でもない憲紀のおかげなんだよ」
「わかった、もうわかったから」
「本当に?憲紀への愛の言葉傑作集とかあるけど披露しなくていい?」
「それ、名前のほうが恥ずかしくなるんじゃないのか」
「私と共に身悶えてほしい」
「やめようか」
「はい」

それから、お互い吹き出すようにして少し笑い合った。
繋いていた手は、なんとなく離すタイミングを逃して、そのままだった。じんわりと互いの体温を馴染ませて、同じにしていく。

優しく鼓膜を揺らす川のせせらぎ。晴れ渡る空。きらきらと反射する水面。川の流れに沿って吹き込む風。それぞれの目的地へ向かって歩いていく人々。三条大橋を走っていく市営バス。
ごく当たり前の穏やかで、何よりも尊い日常の風景だった。

「あ、スタバの新作」
近くのスタバで買ってきたのだろう、とあるカップルがドリンクを片手に新たな等間隔となるべく川岸に来ていた。そういえば飲みたいと思ってたんだよな、と思いながら見ていると憲紀が「新作ってどんなやつなんだ?」と尋ねてくる。
「なんかチョコの……って憲紀、スタバ行ったことあるの?」
「ああ、前に同級生と」
「えっ、葵くんと?」
「東堂と、あと西宮という同級生がいて3人で行った」
呪術師御三家は割と世俗的なものを排しがちなので、私も憲紀もスタバに長いこと縁がなかった。私も東京に行くまでスタバに行ったことはなかったのだ。
しかしそうか、憲紀が友達とスタバに……。可愛いな。というか、同級生とスタバに行くって、なんか高校生ぽくていいな……私もダメ元で秤くん誘ってみようかな……などと思った。

なんて考えていたら、スタバ行きたい欲が高まる。スタバ行きたい。俄然スタバに行きたくなった。
スタバで注文してる憲紀が見たい。スタバで「グランデノンファットミルクノンホイップチョコチップバニラクリームフラペチーノ。トールで」みたいな呪文注文してる憲紀見た過ぎるな。絶対しないと思うが、想像だけでちょっとテンションが上がってハイになる。

「憲紀、憲紀」
「なにかな」
繋いだ手をくいくい引くと、憲紀がこちらに顔を寄せて小首を傾げる。こちらの話を聞く体制になってくれた憲紀に私は問いかけた。

「憲紀はスタバで一番好きなドトールはエクセルシオール?」
「……え?」
キョトン顔をされる。キョトン顔をされてから、「あっ」と思った。冷や汗。

「……ごめん憲紀ミスった。五条悟語が出ちゃった」
「五条悟語」
「五条悟の狂った五条悟語に対抗するために先手を打って五条悟語を言うようにしていたら癖で出ちゃったみたい。殴られる前に殴るみたいな。ごめん、気にしないで。あっ、スタバ行こう。新作飲もうよ」
「ああ、スタバは構わないよ。ただ五条悟語が物凄く気になるんだが」
「いやミーム感染というか、身内ネタみたいなものだから説明するのも恥ずかしいんだけど」
「むしろ聞きたいな。名前が東京で誰とどんな話をしてるのか知りたい」
本当に興味深々な顔でそう言ってくる憲紀に心は即敗北する。五条悟のクソ語録を披露する日がこんなに早く来るとはな……などと思いながら、2人立ち上がって三条大橋のそばのスタバへ向かう。

「ことの始まりは五条先生の「無人島に一つ持っていくとしたらどんなバランスボールがいい?」という発言なんだけど」
「……彼は何を言っているんだ?」
「そうなんだよ。何を言ってるのかわからないから、返答のしようもない」
「だが返答できないというもの嫌だ、という訳か」
「そうそう、なんか負けたみたいだし。だから言われる前に言うことにしたんだ」
「それで、名前が先手を取って言った時の反応はどうだったんだ?」
「ああ、その時はーーー」
なんて、2人、なんでもない話をしながら歩いていく。

繋いだ手は離さなかった。離す理由は一つもなくて、代わりに離さない理由だけはあったから。
それはただ単に「私がそうしていたい」というだけの理由にもならないようなものだったけれど、憲紀も変わらず指を絡ませてくれたままだったから、気持ちは同じだったのだと信じていたい。

これは私にとってはたまによくある平穏な休日。
ありふれていて、当たり前で、それでいて得難い幸福。
変わらないものなどないと知っている。知っていながら、今のこの幸せが変わらず続きますようにと願うのはなんと強欲なことだろうか。それでも、いい。願うことくらいはきっと許されるから。


これは苗字名前のゼロではなかったとある休みの日の話だ。


ちなみに憲紀のスタバでの注文方法はメニューを指差して「これください。真ん中のサイズで」だった。
真ん中のサイズって。
私はあまりの愛らしさに膝から崩れ落ちそうになるのを、呪術師として鍛えた足の筋肉で耐えた。呪術師でよかった。


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冒頭短歌は千種創一の『千夜曳獏』より。