妻が呪詛師に襲われたと聞いて慌てて家に帰ったら、当の妻が玄関先で裸エプロン姿で出迎えてくれた。
こういう時、どうしたらいいのか教えてほしい。
憲紀は三和土に立ち尽くしながら切実にそう思った。
「おかえり、憲紀」
「ただいま」
いつも通りのやり取りに思わず反射でそう答えるが、目の前にいる妻は今、絶賛裸エプロンである。シンプルな淡い水色の膝丈のエプロンからしなやかに伸びる脚は肌色。エプロン生地に隠れていない肩も腕も肌色。何故なら裸の上にエプロンを着ているからだ。……いや、何故?
「名前」
「うん」
「何をしているんだ」
「……愛する夫のお出迎え?」
「ありがとう。私も愛している。……そうだね。私の言い方が悪かったね。言い直すよ、どうして君はそんな格好をしているんだ」
「話せば長くなる」
「……聞こうか」
そう返せば、立ち話もなんだから中で話そうと、名前が居間の方へ戻っていく。そうすると当然彼女は憲紀に背を向ける形になるので、彼女のエプロンに覆われていない背中側が見え、あああああああああああああああああああああああああああ。思わず天井を仰ぐ。
私と名前は夫婦だ、と憲紀は改めて事実を認識する。
だからそういう夜の営みだってこれまでにもそれなりにしていて彼女の裸体だって見たことはあるがそれはそういう空気だったから耐えられたまででこうも日常的な雰囲気の中でそんなものを見せられるとちょっとかなり目のやりどころに困ってしまう。
憲紀は頭の中でワンブレスで言い訳をした。
彼女が奥まで行ったのを音だけで確認してから、後に続くように彼も履物を脱いで家の中へ入る。一体、今自分に何が起こっているのかが全然わからなかった。
なんだこれ?疲れた時に見ている淫夢か?
「さて、それで話なんだけど、」
と、居間のテーブル越しにふたり向き合ったまま、名前が口火を切る。テーブルの向こう側に座る名前がこの短時間で着替えているはずもないので当然裸エプロンのままだ。対して反対側に座る憲紀は任務帰りで仕事着のまま。もしも人に見られたら説明のしようがない空間。なにせ一番説明してほしいのは憲紀当人だ。
もしかしたら夢かもしれないと、彼は自身の頰をつねってみたが全然痛かった。
「今日、私は呪詛師に襲われた」
「!……ああ、その話は聞いている。怪我をしたり、術式を受けたりした形跡は無いか」
「うん、それは問題ない。式神使いだったから術式封じ込めて、本体叩いたらあっという間だったよ」
「……そうか。では、それがどうしてそれが名前の今の格好に繋がるのか聞かせてくれるか」
憲紀の予測では、襲ってきた呪詛師にかけられた術式が破廉恥なものだったからこうなったという感じだったのだが、話を聞くと全然そういう感じでもなさそうだった。おもくそ呪詛師ボコしとるやんけ。
しかしそうでないのならば、彼女が能動的にあの格好をしているということになってしまう。
憲紀は(私の妻が果たしてそんなことをするだろうか?)と考えて、すぐに(いや、しそうだな。むしろ全然するだろう)と考えを改めた。長年の付き合い故にそのくらいはわかる。
「それで、今日呪詛師に襲われて、結局大したことなかったけど、久々に命の危険を思い出したんだ」
「名前……」
ここに真依がいたら「は?アナタ、呪詛師完封しておいて何言ってんのよ」とでもツッコんだだろうが、憲紀は妻には特別ゲロ甘いのでそういうことは言わなかった。
「だから生きているうちに悔いは出来るだけ減らしておこうと思ってね」
「それは大切なことだね」
「裸エプロンをしてみた」
「そこがわからない」
「実はずっとやってみたかったんだよね」
「……そうか」
つまり、名前は能動的に好奇心だけでこの格好をしているということだった。まあ、そんな気はしていた。
フーと大きな溜息をつきながら、天井を仰いで掌で目元を抑える憲紀に名前はテーブル越しに手を伸ばし、クイクイと袖を引く。
「それで、憲紀的にどうかな、これは」
「……………………どう、とは」
名前は立ち上がると、テーブルを回り込みこちらへやってきて、夫の首に右腕を回してぎゅうと身を寄せて抱きついた。
「なんかこう、メロメロ〜とか、キャーとか、そういう反応は?」
やけに語彙力が低いあたりに彼女なりの照れを感じる。
一応この格好が恥ずかしいという意識はあったんだなぁとそんなことを考えることで、憲紀は押しつけられる柔らかい胸の感触だとか薄い布一枚向こう側の体温などを意識しないように努めた。が、何事にも限度はある。
「名前」
「うん」
「実は私は仕事終わりで物凄く疲れているんだ」
「お疲れ様」
「ありがとう。だから、」
「はい」
「正直めちゃくちゃ勃つ」
「……お、おお」
「だからもしもその気がないのなら早めに離れて、すぐに着替えてほしい」
「はわわ」
目を開いて彼女を見れば、びっくりしたような顔をしながらも憲紀から少しも離れなかった。だから、そういうことなのだろう。
彼はゆっくり彼女から体を離して立ち上がると、妻を見下ろして口を開く。
「身を清めてくるから寝室で待っていなさい」
「…………うん」
返事は物凄く小さい声だったし、顔は異様に赤かった。こんな格好をしておいて、今更になって照れるのか……と思いながらも、小さく大人しくなった彼女の頭をよしよしと撫でる。
「すぐ戻るようにするが、体は冷やさないようにしていてくれ」
「うん……」
この後めちゃくちゃ盛り上がった。