満たされた人

情事の熱はすでに過ぎ去って、窓から飛び込んでくる風が肌を撫ぜる。

ベッドの上に伸びながら薄ぼんやりとした目で壁にかけられた時計を見る。
意識を失ってから2時間ちょっと。
少し汗ばんだ肌に乾いたシーツが気持ち良くって、起き上がろうという気がさっぱりおこらない。
今日は、正確には昨日は、暑い日だった。暑い中熱いことをして、途中でなんでこんな余計に暑くなることしてんだろって、思いながら汗をかいた。
……思い出して恥ずかしくなる。唇の感触とか、いろいろ。

モヤモヤした気持ちにいてもたってもいられなくなって、体を起こしてようやく気がついた。
隣で寝てたはずの名前がいない。
寝相悪すぎて落ちたか、とベッド周りを見渡すがどこにもいない。
別にどこに行こうがあいつの勝手だけど、なんとなく物足りなくなって、下着とジーンズだけ穿いて立ち上がる。
探しに行くわけじゃなくてただ水を飲みたくなったから、と心の中で一人ごちてまずはリビングに向かうことにした。

探しまわる必要なんて一切なくて、名前はリビングの一番大きい窓の前に座り込んでいた。
全開になった窓からは絶えず風が入ってきて、白いレースカーテンをふわふわとゆらしている。
キッチンで結露に濡れながら転がっていたミネラルウォーターを手に、こちらに気がついているのかいないのか、ぼんやりと外を見つめたままの名前の横にストンと座る。

「それ俺のじゃん」
「なにが」
「Tシャツ。ってか下も穿けよ」
一回りどころか二回り以上デカい俺のTシャツを名前は着ている。これが噂の彼シャツってやつか、と感慨深く思ったが別段興奮したりはしなかった。
むしろ何も穿いてない下半身のほうが気になる。別にいやらしい意味じゃなくて、そんな格好で体育座りされると目のやり場に困るってだけで。
「彼シャツだよーどう?」
「どうでもいい」
「ていうか英ちゃんも上着てないじゃん」
「俺は別にいいだろ」
「えー」
不満げな声とは裏腹に、名前は嬉しそうな顔で俺の腹筋をぺちぺちはたく。
「硬いね」
「……鍛えてるし」
「私こんなんじゃないよ、もっとぷにぷに。さわる?」
「さっきさわったからいい」
「きゃー」
やだ英ちゃんやーらしいと騒ぐ名前をうるさいと一蹴して網戸越しの空を見上げる。
深い蒼の中に青白い、切り絵みたいな月が浮かんでいた。
横目で見た名前は目を細めて、俺とおんなじ月を眺めてる。
騒がしかった名前はすっかり物静かになっていて、月並みだけど凪いだ海みたいだ。
それだけのことでただ胸を満たされて、あっ、と気がついたときにはもうキスしてた。
驚いたのは両方で、お互いのポカンとした顔に名前が吹き出した。
「なんでキスしたの」
名前は嬉しそうにわらった。
そういう気分だったとか、理由がなきゃしちゃダメなわけって言ってやってもよかったけど、それだとあんまりにも癪だから、くすぐったそうに笑う名前の唇にもう一度かみついてやった。

(2014.6.27)