「おっ!」
「ん?」
「げっ……」
夜間の防衛任務が始まる少し前、年上三人を待って私と三輪はラウンジのソファで何をする訳でもなく、ぼんやりとしていた。いや、三輪は真面目だからテスト勉強をしているが、私はやる気を出せずにぼんやりとそのへんを眺めたり、時折三輪に声をかけたりしていた。
その男がやってきたのはそんな暇な時だった。
男は私と三輪を見つけるなり「おっ!」と声を上げて近寄ってきた。
「ん?」とやってきた見知らぬ男を発見して私は首を傾げた。
そんな二人の声に気が付いた三輪は顔を上げ、男を見るなり「げっ……」と顔を歪めた。
三輪のあからさまな態度に男は「傷つくな〜」と言いながらもヘラヘラしている。
「はじめまして、実力派エリート迅悠一です!」
おちゃらけた雰囲気で敬礼をする迅に、私は敬礼を返しつつ「どうも、苗字名前です」と自己紹介を返す。
三輪が私の服の裾をぐいぐい引っ張って逃げようとするが、迅がそれを「まあまあ」と手で制する。
「何もナンパしに来たわけじゃないんだから、そんな警戒しないでよ」
「アンタは信用できない、です」
二人は、というか三輪が一歩的に迅のことを苦手に思ってるらしい。
生真面目な三輪と、どこか緩そうな迅だから反発するのは仕方ないことなのかもしれない。刑部さんと黒田の反りが合わなかったように……これはちょっと違うか。
「いいもーん、今日用事があるのは秀次じゃなくて名前ちゃんだもーん」
三輪が座っていないほうの私の隣にポスッと座った迅はぽんち揚げを一つ差し出してくれた。ので、ありがたくいただく。おいしい。
「して、用事とは?」
「んー、実は用事って程でもなくて、ただの自己紹介?これからよろしくね、みたいな?」
よろしくなんかしなくていいぞ、というオーラを纏って三輪が私の腕をつかむ。そんなに嫌いか。迅もその雰囲気を察してか苦笑する。一体何がきっかけでこんなに嫌われたんだろうか。なんてことを考えていたら。
「名前ちゃんってさ、もしかして戦国時代を生き抜いてた?」
静かな湖面に一石を投げ入れるような質問だった。
一生、誰にも問われることはないだろうと思っていた質問。
私は虚を突かれて黙り込んでしまうが、三輪は突然すぎる変な質問に「は?」と眉を顰めいた。
「いや、この質問をしたら面白いものが見れるっていう未来が見えて……」
にらみつけてくる三輪にたじたじになる迅。
しかしそんなことも目に入らないほど、私は驚いて、
「……っ、ふふ、ははは、ふふふふははあははは!」
思わず、笑ってしまった。
その笑い声はラウンジの雑踏に紛れてしまう程度のものだったけれど、三輪と迅の目を丸くするには十分な笑い声だった。
お腹を抱えて、笑いすぎてあふれる涙を服の袖で拭った。
あてずっぽうでも、偶然でも、勘でも、私の正体を見破ったのはその人がはじめてだった。
「おもしろい人ですねぇ、迅さん」
三輪からは見えない角度で、迅にだけは見えるように、口パクで「せ、い、か、い」と答えると、迅はそれこそ虚を突かれた顔をして、「この未来は見えてなかったな」と微笑んだ。
「この後は夜の防衛任務だろ?」
すっと立ち上がった迅は笑顔を崩さずぽんち揚げを頬張った。
立ち上がる長身の迅と座ったままの私と三輪。天井の照明を背にした迅は私たちからは逆光となり、ほんとうに笑っているのか、すこし確証が持てなくなる。
少し眩しそうに、なぜか申し訳なさそうに、目を細めて彼は私を見た。
迅の雰囲気が変化する。
「『気をつけてね』」
そうしてゆっくり立ち去っていくのを、私と三輪は黙って見送った。
迅が角を曲がって、姿が見えなくなったのを確認して、二人してようやく無意識に張りつめていた息を吐き出した。
彼が消えたのと同時に東と加古と二宮が並んでやってくるのが見える。まるですべて迅の計算通りみたいだった。
「……未来が視えるサイドエフェクトをもっているらしい」
三輪がそう説明してくれた。
なるほど、なんとなく『糸を張られた』というふうに感じたのは間違いではないようだ。
半兵衛様の思惑通りに事を運ばされたときのような感覚に少し似ていて……いや、違うな。半兵衛様は動かされているということにこちらが気が付かないほどうまく駒を動かす策士だった。そのため事の顛末に気が付くのはいつもすべてが終わってからだった。
だからこれはどちらかというと、
(刑部さん寄り、だな)
なにか企んでいる、と思わせることで人を動かそうとするタイプだ。
これだから軍師ってのはいやんなっちゃうわ、と頭を掻きむしりたくなっていると、
「苗字も、あんな風に笑うんだな」と不機嫌そうな声が聞こえた。
振り返るといかにも機嫌が悪いですという顔の三輪が私の腕を先ほどよりぎゅっと掴んでいた。
どうやらそれなりに仲の良い友人が嫌いな奴の前でケラケラ笑ったのが気に食わないらしい。三輪友達少なそうだもんな……。
しかし、別に悪いことしてないのに怒った顔をされるのも癪だったので、口答えをしてみる。
「なにさー、三輪こそ迅さんから下の名前で呼ばれるぐらい仲いいじゃん」
そう返すと、三輪は間髪入れずに「あいつが勝手にそう呼ぶだけだ!」と叫んだ。
「おー二人とも何を騒いで「そんなに言うなら苗字も秀次って呼べばいい!」
いつのまにか近くまで来ていた年上三人が固まる。
つい、勢いで、うっかり、思わず、そんなことを口走ってしまった三輪も固まる。
どうしたらいいかわからず私も固まる。
ボンっと顔を真っ赤にした三輪が顔を両手で覆ってへなへなと崩れる。
ツボの浅い加古は声が出ないほど笑っているし、東は勿論、珍しく二宮も口元を押さえている。
「……」
「……」
「……しゅ、秀次」
「……やめろ、ばか」
「ほら、任務だよ、秀次」
「ばか!」