10 異常発生

切り替えというのは大切である。
たとえそれまでにどんな心の機敏があろうが、任務となると三輪は先ほどまでの赤面をすっかり失って、復讐鬼の顔つきになる。
それまでの年相応の顔つきだって無論好ましいが、この幽鬼のような顔を見るのも酷く心を落ち着かせた。

地獄に落ちても忘れられない記憶。違う。忘れたくない記憶。
怒りに震え、孤独を恐れ、そうして藻掻いた人。
三輪を見ていると、彼を忘れずにいられた。
私が守れなかった人。

(「ふん、好きにしろ。私は命に代えても秀吉様をお守りする。
ならば、名前。貴様は秀吉様を守護する私を守れ」)

二人して、本当に守りたかったものは何一つ守れなかったね。
最期の言葉すら、聞くこともかなわなかったね。
無様に生き延びながら、生きる理由すら見つけられなかったね。

◇ ◇ ◇

冷たい雨。温かな人の体温。
トリオン体では感じることができない温度。
それを感じられているのは、ただ単純に、私が今トリオン体ではないからだ。

「苗字……?」
何が起こっているのか、理解できない声。
私と同じくトリオン体ではない生身の三輪の体を正面から抱きしめて、守る。
夜の雨は酷く冷たいのに、背中だけは燃えるように熱かった。
昔に嗅ぎ慣れた、血と肌の焼ける匂い。

◇ ◇ ◇

防衛任務に出た私たちはいつも通り東、加古と二宮、私と三輪の3グループに分かれた。
グループに分かれつつもつかず離れず、なにかあればすぐに応援に行けるような体制を取っていた。

その日もいつも通り私と三輪がグループを組んでいた。
そんななか防衛地点に行くまでの道筋で、三輪が自身のトリガーの不調を私に訴えた。
それは、トリオン体に換装出来ない、という重大な不調であった。
そんなわけだからトリオン体に換装した私が三輪を警護しつつ本部へ戻ろうということにした。

その矢先の襲撃だった。
現れたトリオン兵は捕獲用の巨大で鈍重な奴ではなく、小さく素早い上に中距離からの攻撃に特化したトリオン兵だった。距離をおいたうえで、弾丸のようなトリオンを発射して攻撃するタイプだ。
三輪を連れて下手に逃げるよりはここで叩いたほうがいい、と判断し、アステロイドを起動した、はずが。

「!?」
普段なら即座に背後に浮上するはずのアステロイドが起動しなかった。
普段ならあり得ない事象に驚くが、起動しないのは仕方ないと結論付けて、レイガストを起動する。
レイガストは普段通り出てきたのだが、素早く動き、四方八方から攻撃を繰り出す相手に防戦一方になる。
下手に出れば三輪が危険晒される。
ここは盾型のレイガストで耐え、援軍が来るのを待つべきだ。そう判断し、通信で応援を要請した。
そのとき。
「、っ!」
危険を察知した時にはもう考えるより先に体が動いていた。
レイガストを投げ捨てて、抱きしめるように覆いかぶさるように三輪の盾になる。
トリオンで構成された体に走る衝撃。

同じタイプの二体目のトリオン兵。
レイガストの盾では一方向しか防御できない。
一体目に気を取られている間に、いつしか現れていた二体目に死角を取られていたのだ。
「苗字!」と叫ぶ三輪の声が聞こえるが答える余裕はない。
発射される弾丸。衝撃が繰り返される。
あと少し、もう少しだけでいいから時間を稼ぎたい。
そのとき無機質な声が響いた。

『トリオン供給器官と伝達系を破損』
ベイルアウトの宣告だった。
威力は低い割りに、当たり所が悪かったらしい。
貫通するほどの威力はないが、首と心臓近くに直撃してしまった。

今、何をするべきか。何ができるか。
私にはいくつか選択肢があった。
その中のひとつを、躊躇いなく選択した。

「トリガーオフ」
強制的にベイルアウトされる前に、換装体を解除する。
あのままベイルアウトしていれば通常通り私は本部に帰還するだけが、代わりに丸腰の三輪は確実に死ぬだろう。
あともう少し、耐えれば応援が来る。ならばもう少しの間、三輪の盾になるべきだと判断した。
その結果己がどうなるかは、ほんとうに、まったく考えなかったのだ。

至近距離で三輪が息をのむ音が聞こえた。
背中や腕に衝撃が何度も何度も走る。
血の匂い。裂くような痛み。でも、大丈夫。
敵の弾丸が人体を貫くようなものでなくて本当によかった。
守るように、守れるように、三輪の頭部を自分の胸元に寄せて抱き込む。

長いような、短いような連続する衝撃は、背後で起こった爆音と共に消え去った。
駆け付けた仲間によって二体のトリオン兵は破壊されたようだ。
ああ、よかったなあ。
ゆるゆると腕の力を抜くと、倒れかけた体を三輪に抱き留められる。
泣きそうなそれでいて今にも怒り出しそうなぐしゃぐしゃの顔で三輪は私の名前を呼んだ。

そんな三輪の顔を歪む視界の中でじぃと眺めてようやく気が付いた。

馬鹿だなあ、私。

三輪と三成様、これっぽちも似てないのに。

馬鹿みたいに面影を探していたけれど、追いかけていたものははじめっからどこにも無いんだ。

ほんとうによかった。
私が三輪をとっさに庇ったのは、彼が三成様に似ていたからじゃない。
私が私自身の判断で、三輪秀次という人を助けたかっただけだからなんだ。

背後で誰かが私の名前を呼ぶ。加古か、二宮か、東だろうか。
けれど振り返る余裕もない。
霧雨が私の顔を濡らす。
最期に、三輪の濡れた頬に手を伸ばして、笑った。

「……秀次、おまえさ、」

続く言葉は音を失って、そこで私の意識は暗転する。