11 境界線上に立つ

泥の中に飲み込まれていくような感覚。
目を開いていても世界は暗く、喉を振るわせても声は出ない。
体は鉛のように重たくて、とてもじゃないけど動く気になれない。

ひたり、となにかが体に纏わりつく。
私の腕を、脚を、胴を、首を誰かが掴んでどこかに引きずり込もうとする。
けれど重たくて、抗おうという気すら起きない。
ああ、もう戻れない、というところまで引きずられてようやく、見上げた虚空に月がひとつ、浮かんでいるのに気が付いた。
何もないと思っていたけれど、ここにはこんなにも綺麗な月があったのか。

そうか。なら、いい。

何に対してかわからないけど、そう思ったんだ。
そうして、瞼をゆっくりと閉じた。

ふっ、と風が吹いた。

肌を撫でるような微風ではない。
肉を裂く、閃く銀色の風だ。
途端、体が軽くなる。私を引きずり込んでいた腕が風に切り裂かれて消える。

目を開かなくてもわかる。
そこにいるのが一体誰なのか。
私を救ってくれた人。
生まれ変わっても忘れない人。
ゆっくりと目を開く。
そこには、

「いつまで寝ているつもりだ。怠惰は許さんぞ、名前」

月光に満ちた世界に、ずっと会いたかった人が立っていた。