15 心臓が動く限り

迅と隊のみんなが去った後、私は糸が切れたように眠った。
夢も見なかった。





……目が覚めた。

窓からは燦々と日の光が降り注いでいる。
もぞもぞと起き上がる。
そして、

「うわっ」
驚いて思わず声を上げてしまう。
なぜならベッドサイドに秀次がいたからだ。

「秀次?」
「……ああ」
「帰ったんじゃないのか?」
「帰ろうとはした」
でも帰らなかったんだな。

「寝なかったのか?」
「寝れなかった」
そう言う秀次の目の下にはうっすら隈ができていた。
元からあまり健康的ではない秀次の顔がいつも以上に不健康だ。
私より秀次のほうが病室にいるべきなんじゃないかと思って、横になるか?とベッドの端によって、寝ろと言う意味を込めてベッドをばしばしと叩く。
が、「遠慮する」とだけ返される。ついでに「恥じらいを持て」とも言われる。心配しているだけだというのに、実に遺憾である。


それから私たちは沈黙の中にいた。
どちらも口を開かなかった。
ボーダーの喧騒も、病室の中まではやってこない。
私は時計を眺めて、ああ、もう昼過ぎなのか、とぼんやり思う。空腹感がなかったので、時間の感覚がなかった。
秀次は身じろぎせず、ベッドの傍に置かれたパイプ椅子に座ったままだ。少し俯いている秀次の目元には伸びた前髪が掛かっていて、私はもしかしたら眠っているのかもしれないなと、そんなことを思った。
長い沈黙が続くけれども、不思議と居心地は悪くなかった。
そっと開かれた窓から暖かい風が入ってくるのを感じて目をつむる。もう一度眠れそうな気になった。
そうして自分と秀次の息遣いと、風の音だけに耳をすませていたとき。
ぽつり、と秀次の口から言葉がこぼれた。

「すまない」
それがどんな意味を持った謝罪なのか、わからないわけがなかった。
庇われたこと。傷のこと。
「秀次が謝ることじゃない」
私はそう言うし、そう思う。
「あのとき、私は自分の意思で選択して、自分の意思で行動した。その結果が今の私だよ」
その結果生きてる、だから大したことじゃない、と笑ってみせる。

秀次は俯いたまま、「わかってる」といった。
「苗字の言いたいことはわかる」
けど、と彼は言葉を続ける。
「俺は何もできなかった」
絞り出すような声。
淡々としながら、様々な感情の混じり合った声。
「苗字が俺を助けたとき、俺は何もできなかった。ただ、守られてるだけだった。そのあとだって、ずっと気を失ったままの苗字を待つことしかできなかった」

それでは、まるであのときと変わらない。
(冷たい雨の中。腕の中で消えていく体温。呼びかける声に応える人はいない)

「変わらないのなら、俺は何のために強くなったのか」

きっと私が秀次の立場だったとしても、何もできなかっただろう。
何もできなかったから、仕方ない。そう思って受け入れることを、秀次はしなかった。それまでも、今も、きっとこれからも。
ああ。知っていたけれど、なんて不器用な人なんだろう。

俯いたままの秀次。
けれどもその声音が決して鬱々としただけのものではないことが感じられた。

「近界民には恨みもある。敵(かたき)でもある。戦う理由はもう、既に持っている。
……それがもう一つ増えるだけだ」
秀次はゆっくりと、顔を上げた。
相変わらず目の下の隈は酷いし、顔色も悪い。
けれども彼のその瞳は決して暗いものではなかった。

「助けてくれて、ありがとう。名前」

お前が生きていること、俺が生きていること。それがとても嬉しい。

だから、今度こそ決して失わないように。今度こそ、守りきれるように。

「お前を傷物にした責任を俺に取らせてくれ」
秀次はベッドの上に投げ出されていた私の手を握った。
秀次の指先は少し冷たい。けれど、もう少し繋ぎあっていれば、今より少しは温かくなるかもしれない。

「傷物、って」
仰々しい言い様に思わず笑うと、秀次の顔がかっと赤く染まった。
今更になって自分の言葉が恥ずかしくなったのか、目線がウロウロと揺らぐ。

顔がにやけそうになるのを抑えながら、繋がれた手を握り返す。
そしてその手を強い力で自分の方に引き寄せる。
突然のことに対応できなかった秀次の体もつられて、私の方へ倒れ込んでくる。その決して軽くはない男の子の体を抱きとめて、声を上げて笑った。

「うん、私を傷物にしたんだから、その責任ちゃんととってよね」

例え、秀次がお姉さんの敵(かたき)をとっても、彼のお姉さんは二度と帰ってこないように。
例え、私の罪が許されても、私が三成様を守れなかった事実が変わらないように。
過去は変わらない。
それはとても、悲しいことだけど。

だけど、私も秀次も、生きているから。
重たい過去を、それでも決して手放さないように、これからも生きていく。
今より肩の力を抜いて笑えるような未来を、できればそのときに君が隣にいる未来を。

君の戦う理由になれた私が、いつか君の生きる理由になれるように。
今はただ、それを願っている。