ここは青空の下、校舎の上。
この高校は昼食時間にのみ屋上が開放される。
暖かな太陽の日差しと解放感と青春っぽさを求めてやってくる生徒は多い。
そして彼らもまた、そうした理由で集まっていた。
「おっ」
声を上げたのは米屋だった。彼はカレーパンを片手に屋上から中庭のほうを見下ろして、なにか発見したらしい。
「なんだよ槍バカ」
米屋の声に反応したのは出水だ。彼は高校生らしい大型の二段弁当を手に、米屋が見つめる方向に目を向けた。
「……」
苗字だけは何も言わなかった。なぜなら口の中に牛しぐれおにぎりが入っているからだ。食べながら喋ってはいけないと前世で半兵衛様に絞られた経験が生きている。喋らないながら出水同様米屋の見ている中庭へ目を向ける。
屋上の端にいるのはこの三人だ。
しかしいつもなら、苗字はこのメンツの中にいない。というのも、本来であれば苗字は同じクラスの仁礼と昼食を共にするのだが、彼女が防衛任務で出払っているため、珍しく彼らと共にいるのだ。
さらに、本来であれば苗字の代わりに三輪がいる。のだが、三輪は昼休みが始まるとすぐに用事があると言って別れたのだった。三輪は三人とは違って優等生なのできっと教師に呼ばれたのだろうと思い、彼らはまるで気にも止めなかったのだが、
「あそこにいんの秀次じゃね?」
カレーパンを持っていない左手で米屋は中庭の一角を指さした。
彼らが見つめる先、中庭の大きな桜の木の下に三輪秀次はいた。
……しかしそこにいるのは三輪だけではなかった。
「「おおおぉぉ!」」
男二人は歓声を上げた。三輪と共に桜の木の下にいるのは同学年の女子生徒だったからだ。
「マジかよ秀次告られてんじゃん!」
「誰誰?あの女子どこのクラス?」
「C!私去年同じクラスだったもん!」
「たしか吹部のやつだろ」
咀嚼を終えた苗字も身を乗り出して眼下を見つめる。
心なしか、周りに訪れた小さな非日常に二人と共に興奮している。
やべえな!秀次やべえな!と興奮する苗字だが、そんな彼女を見て流石に米屋と出水も口を噤む。
「いややべえのはお前だろ」
「いいのかよ、秀次取られんぞ」
呆れたような二人の物言いに苗字は首を傾げる。
その様子を見て二人も首を傾げる。
「やばいって何が?」
「だからお前が」
「付き合ってんだろ?秀次と」
頭大丈夫かこいつといった目で見られるが、苗字からすればこいつらが大丈夫か、という感じだった。
「別に付き合ってないけど」
沈黙が3人の中に満ちる。
マジかよ。
米屋と出水の心の声は見事にハモった。思わず男ふたりで顔を見合わせてしまう。
マジかよ。
再び2人の心の声がハモる。
口火を切ったのは米屋だった。
「ちょっと待てよ」
「「似てない」」
某ドラマの俳優のモノマネをしたつもりだったのだろうが、まるで似ていない。困惑仲間だったはずの出水にまでダメ出しをされる始末だった。
が、そんなことを気にする米屋ではなかった。
「いやいやいや、秀次とあんだけ仲良くてマジでなんもねぇわけ?」
「あんだけ、と言われても……」
苗字としてはごく普通に三輪と仲良くしているつもりであるので、米屋たちからそんなに言われても困った顔をするほかなかった。
そんな苗字の様子に今度は出水が声を上げた。
「はぁ〜?三輪が下の名前で呼びあう女子なんて苗字しかいねぇのに?」
追撃するように米屋が続く。
「秀次が自分から話しかけるような女子なんて苗字しかいねぇのに?」
「三輪と簡易チーム組んだ時のコンビネーションめっちゃすごかったのに?」
「前、秀次に弁当作って持ってきてたのに?」
「休日に三輪と2人きりで出かけてたくせにぃ?」
「一緒にクレープ食ってたくせにぃ?」
苗字に迫る勢いで質問攻めを繰り出す2人。
中庭の三輪と知らない女子のことなどすっかり忘れてしまっている。
「下の名前とか話しかけるとかコンビネーションとかは同じ隊だったからだろうし、弁当作ったのは秀次があまりにも飯を食わなかったからだし……って!なんで先週の日曜のこと知ってるんだ!」
苗字は思わず大声を上げる。
確かに苗字と三輪は先週の日曜に2人きりで出かけたが、スーパーに日用品を買いに行っただけであるし、クレープを食べてたのだって荷物を持ってくれた三輪へのお礼のようなものだ。
偶然見ちまってな〜などと2人は言うが白々しい。どうせ後をつけてきたに違いない。
ぐっと2人を睨みつけるが男どもにはまるで効果がない。
はぁ、と苗字は諦めたように呆れたようにため息をついて肩を落とした。なんだがむやみに疲れた。
「でもマジで秀次がそんなことすんの苗字に対してぐらいだぜ」
正直疲労困ぱいの苗字に米屋はさらに追撃をかます。
同意するようにうんうんと出水もうなづく。
「なんかねぇの?三輪とさ」
「なんかと言われてもなぁ……」
言われるがままに三輪とのなにか出来事を思い出そうとする苗字。
ふと思い浮かんだのはあの日の病室でのことだった。
「あっ」
「おっ!なんかあんだな!」
「よーし、吐け!」
声を上げてしまったが最後。米屋と出水に両側から肩をガッシリと組まれて逃げられなくなる。
仕方ない。そう思って苗字は正直に話すことにした。
「別に大したことじゃなんだけどさ」
「それは聞いた俺らが決める」
「よしよし、さぁ話せ」
「秀次に、傷物にした責任を取るって言われた」
「超大したことじゃねぇか!」
「マジかよ。秀次やるな!」
この時点で苗字と2人の間に大きな誤解が生じているのだが、3人ともそのことにまるで気がついていない。
苗字のいう傷物というのは文字通りの傷のことなのだが、多感な思春期の男2人には違う意味合いでの傷物に変換された。
「そこまでいってて付き合ってないってむしろ不純じゃねぇの?」
「どうだったんだよ、秀次とは」
「すごかったか?」
男二人からすればド直球の下ネタなのだが、無論苗字と三輪の間は完全に潔白であり、苗字は未だに二人との間の誤解に気が付いておらず、また出水と米屋の言う「どうだったか」という言葉を、苗字が三輪を庇って傷を負った日のことだと思い込んでいる。
なので、探られる腹もない苗字は堂々と答える。
「そりゃもう、後ろから(トリオン兵の攻撃が)ガンガンだったぞ」
そのとき男二人に閃光走る。
「う、後ろから……」
「ガンガン……だと……」
「秀次やべえな……」
「大先輩じゃねえか……」
身近な友人が大人の階段を駆け上がっていたこと(誤解)を知った二人は屋上の固いコンクリートの上で打ちひしがれる。
そんな彼らと、いったいどうしたんだこいつらと困惑しながら二人を見る苗字を暖かな太陽が穏やかに見つめる。
こうして三輪の知らない間に、三輪とバカコンビとの間に大きな誤解が生まれたのだが、委員会の仕事でたまたまC組の女子生徒と中庭にいただけの三輪はいつのまにか厄介極まりない面倒事が生まれていることにまだ気がついていないのだった。
(2016.4.24)