「それで、俺に相談事とはなんなんだ」
二宮は自販機の側に置かれた固いソファに座り、その長い脚を組んで苗字を見た。脚を組むときにわざわざ高く脚を上げるあたりに、見る人が見れば嫌味ったらしいと思うかもしれないが、付き合いの長い苗字はそれを二宮が無自覚にしていることを知っていたから特に何も思わなかった。
思わなかったというより思う暇もなかった。苗字は二宮の正面にある、同じく経費削減の結果なのかは知らないがとにかく座り心地の微妙に悪くて固いソファに腰をかけて縮こまっていた。
その表情はやけに暗い。
「……こんなこと、東さんや秀次には恥ずかしくて言えないですし、加古姐さんには迷惑かかると嫌なので、二宮さんに相談することにしたんです」
それは簡単に言えば二宮になら知られても恥ずかしくないし、迷惑かかってもいいという意味合いである。二宮は今すぐここから立ち去ってやろうかと思ったが、仮にも長い付き合いのある後輩だ。せめて話ぐらいは聞いてやることにした。
「御託はいい、簡潔に話せ」
「隊ってどうやって作るんですかーーー!」
「うるせえ」
東、加古、二宮、三輪、そして苗字が組んでいた東隊はだいぶ前に解散した。そもそもこの東隊自体、次世代の隊長を育てるために作られたチームである。隊員がそれぞれリーダーとして他者を引っ張れるまで育ったと判断され、解散し、東はもちろん、加古、二宮、三輪も隊長として新たに新チームを完成させている。
そのなかで未だにチームを作れていないのは苗字だけだった。
「冷静に考えなくてもヤバくないですか……昨日なんか東さんにちょっと困ったような顔で『焦らなくていいからな、自分のペースでやっていけばいい』って優しく言われちゃって逆につらいです」
「冷静に考えてやばいぞ」
「ですよね!加古姐さんはともかく、秀次や二宮さんですらもうチーム作ってるのに」
「そういえば今日は歯医者だった気がするから帰る」
「あー!ごめんなさいごめんなさい!さすが二宮さん!かっこいい!かっこいいからチームをどう作ったか教えてくださいお願いしますぅ!」
ソファから腰を上げようとする二宮に縋り付いて苗字が叫ぶ。内密なので人気の少ないところで話したいと言っていたくせに、こんなにうるさくしては意味がないような気がするが、そんなことを言ってやるほど二宮は優しくなかった。
「掲示板に張り紙を出したり、フリーの知り合いに声をかけていけばいいだけだろう」
話は終わりだと再び立ち上がる二宮の腰に苗字が縋り付いて引き止める。
「待ってくださいぃぃ!」
「なんなんだ」
「は、張り紙のほうは募集中なんでこれからに乞うご期待って感じなんですけど、知り合いに声かけるって、その、私、旧東隊ぐらいしか知り合いいないんですけど!」
苗字はボーダーに知り合いが少なかった。
学校では授業などで自然とクラスメイトと仲良くなっていけるが、ボーダーでは積極的に自分から関わっていかなければ知り合いはできない。
ボーダー隊員になって早いうちに東に声をかけられてチームに入った苗字はそれこそすでにチームを組んでいる人たちとは交流があったが、フリーの隊員とはまるで交流がなかった。
「こんなこと言ったら秀次にキレられますけど、マジで秀次が隊を組んだときは夢かと思いました」
米屋とか奈良坂とは同い年だからまだわかるのだが、年下の古寺などと交流があったことを知ったときは三度見した。
「しかも1番許せないのは秀次あいつ、様付けで呼びたい女性オペレーターランキングぶっちぎり1位の月見さんを加入させてるんですよ!ずるくないですか!」
「なんだ今のランキング」
叫ぶだけ叫んだ後、崩れ落ちるようにソファに倒れた苗字はぼそりと「もうつかれた、クリームブリュレになりたい」と呟いた。
「適当にランク戦してる奴らに声をかけたらどうなんだ」
「そう思って、前に可愛くて頼もしそうな女の子に声をかけたんですよ……」
「ダメだったのか」
「ええ、その子、柿崎隊に入ったばっかの照屋ちゃんでした……」
なぜか逆に1時間くらい捕まって柿崎さんのここが素敵自慢をされた、というか普通に惚気られました……と呻く苗字。
人を見る目はあったのだろうが、残念ながらすでに引き抜かれていた。流石に小指の爪に先の先ぐらいは不憫に思った二宮が倒れこむ苗字の頭をゴシゴシと撫でてやる。
「ううう……同情するなら隊員をくれ……」
「誰がやるか」
「いや、むしろ私を二宮隊に入れてください……」
「問題児は2人もいらん」
「犬飼先輩のことそんな言い方しちゃダメですよ」
別に誰も犬飼とは言っていないのだが、どうやら苗字の中では犬飼は問題児らしい。まあ、顔を合わせるたびに頭をぐしゃぐしゃになるまで撫でくりまわされるのだから苗字としては厄介な先輩なのだろう。
二宮は深く溜息をついた後、ザッと立ち上がり、ごろごろとむくれる苗字に声をかけた。
「おい苗字、早く立て。こんなところでうだうだ言っても仕方ないだろう」
「うううう……二宮さんおんぶ……」
「俺は先に行くからな」
「やだー!おいてかないでー!」
渾身の力で二宮の長い脚にしがみつく苗字。そしてそんなくっつき虫をそのまま引きずって歩く二宮。
仮にも年頃の女の子である苗字がずりずりずりずりと誰もが土足で歩く床に引きずられながら進んで行く。
「おい、いい加減離れろ!」
「もうちょっと愚痴を聞いてくれたっていいじゃないですか!ってか二宮さんも止まってくださいよ!ぎゃっ、痛っ!今なんか顔に小石当たった!うう、二宮さんほんと酷い…………ってアッ!あそこにいるの双葉ちゃんだ!加古姐さんとこの双葉ちゃんだー!おーい双葉ちゃーん!元気ー?今日もかわいいね!これから私とお茶しない?ってアレ?おかしいな、双葉ちゃんが全然目を合わせてくれないぞ?頑なにこっちを見てくれないぞ?おかしいな?」
「おかしいのはお前の頭だ」
振り子のごとく、二宮は自らの脚を大きく振って苗字を振り払った。振り払われごろごろと廊下に転がる苗字と、それに一切目を向けることなく立ち去る二宮と黒江。
予知していたとはいえ、その光景を実際に目の当たりにした迅は流石に引いた。あまりに哀れな後輩の姿に迅は打ち捨てられた苗字にそばに寄って「ぽ、ポンチ揚げ食べる?」と尋ねた。うつ伏せに倒れたまま苗字はうなづいた。
不憫すぎるその姿に迅はボーダー内に併設されているカフェで奢ってあげることにした。
以降、苗字は迅に懐いた。
だが、それを知った三輪はその後三日間拗ねた。
(2016.10.16)