3 その雨はやまない

戦国乱世に揺れたあの時代がまるで嘘のように、この日ノ本は平和そのものだった。
よかったね、徳川。お前が欲しかったのはこんな未来だったんだろう。
皮肉でもなんでもなく、そう思った。
立場故に徳川とは敵対していたが、私個人としては別に彼のことを嫌っていたわけではなかった。それどころがむしろ好意的にすら感じていた。
穏やかで分け隔てなく優しく強く、良い領主でもあった。あと個人的に顔がめちゃくちゃ好みだった。ちょっと童顔ぽい感じがだな……。
そんなわけだから、徳川が豊臣傘下にいた時代は共に茶会をしたり、本多も交えて月見をする程度には仲が良かった。
しかし彼は徳川軍で、私は豊臣軍であり石田軍であった。戦う理由はその一点にのみ尽きた。
彼もそれを理解していたから、私を勧誘することは一度もなかった。
勧誘されていたら、その時点で私は彼を切り捨てていただろう。徳川はどこまでも武人としての私を理解してくれていた。私の最期を見届けてくれたのが彼でよかったと思う。

さて、徳川との思い出話は閑話休題。

私が住んでいた三門市は毎日が平穏そのものだった。
私が13歳になるまでは。

その日は夕方から雨になるらしく、朝から少し雲行きが怪しかった。
けれどもその日は学校側の事情で定期的にある4時間目終わりの早帰りの日だったから、私は友人たちとどうせならどこかに遊びに行こうかなんて話したりしていた。

「どこかに遊びに行くのか?」
そう訪ねてきたのは三輪だった。
小学生だったときより背は伸びたけれども、今はまだ私のほうが少し背が高い。
これが高校生とかになるころにはきっと抜かされてしまうのだろうけど。
「あっちゃんたちと駅前のほうまで行こうかーって話。男子も何人か来るっぽいけど三輪もどう?」
自分で言うのもなんだが、うまくこの時代に馴染めているなあ、と自画自賛する。
「ちょっと変わってるね」と言われたことはあっても、「もしかして戦国時代を生き抜いてた?」と聞かれたことは一度もない。

「いや、今日は用事がある」
三輪には誘いをあっさり断られてしまった。
「あら、残念。どっか行くの?」
そう訊ねると、三輪はわかりやすく嬉しそうに頬を染めて「姉さんと買い物に……」とはにかんだ。
あっ、私知ってます。これ、惚気られたんですね、はい。
昔、半兵衛様に時々「実はこの前秀吉がね……」とよくやられましたから。
左近にも刑部さんにもよくされたな。「聞いてくれよ、三成様がさー」とか「ヤレ、実は三成がなー」とか。

「そーかそーか、楽しんでおいでー」と心を無にして三輪に返す。
変に質問をしたり話を長引かせると延々と惚気られるのは前世の経験で知っていた。
しかし、人は何故好きな人に大切にされているということを他人に報告したくなるのだろうか。ま、幸せならそれでいいけどな!脳内の徳川も「うんうん、それも絆だな!」と首を縦に振る。

幸せそうな三輪は窓の外の暗い空を見上げて、少しだけ不安げな顔をした。

「雨、降らないといいな」
そう声をかけると三輪はこちらを振り返って、笑ってうなづいた。

それが私の見た最後の、彼の影のない笑顔だった。


その日私は結局友人たちと遊ぶことはしなかった。
確か、帰り際になって酷く体調を崩したのだった。今思えばそれはなんらかの警告のようでもあったのだろう。
吐き気と眩暈を抱えて家に帰った私は布団のなかに潜り込んで息を潜めていた。無性に誰かの掌が恋しくなって、でも私の頭を撫でてくれる人などもうどこにもいないことを思い出して少し泣いた。そしてやがて眠りについた。

サイレン、悲鳴、破壊音。
そういうもので目が覚めた。
初め、地震かと思った。
けれどもすぐに違うと気付いた。

振動で色々なものが崩れ落ちた部屋を移動して窓枠まで辿り着く。

窓の外を見れば、降り出した雨の中を、白い大きな化け物たちが闊歩していた。

(嗚呼、徳川。お前の大好きな平和が終わったよ)

その日私の世界は再び一変した。