ボーダーに入ろうと思ったのに特に理由はなかった。
強いて言うなら、トリオン兵とかいう白い化け物を倒している兵士が日本刀によく似た刀を持っていたから、とでも言おうか。
その化け物をずっと前から知っているかのように慣れた動きで化け物を屠る彼ら。
破壊されていく街をよそに、三成様の太刀筋はもっと美しかった、なんてことを思い出していた。
前世を経て、13年のモラトリアムをもってしても、やはり私はかつての自分を忘れられなかった。忘れてしまうことが恐ろしかった。わずかでも、真似ごとでも、戦いに身を投じていれば忘れずにいられるかもしれない。
三成様が褒めてくれた剣の腕も、左近が驚いていた咆哮も、刑部さんが教えてくれた戦術も、平穏な銃後で消えてしまうなら。
命を捨ててでも戦う理由が私にはある。
第一回目の入隊式にはほとんど人がいなかった。
当然だろう、あの大規模侵攻からまだ1か月程度しか経っていない。
様々な説明をされても、皆理解できていないのだ。
異世界からやってきた化け物は皆さんの見えない器官であるトリオンを狙っています、なんておとぎ話にも程がある。
大きな体育館に不釣り合いなほどまばらな人々の中で一人、見知った顔を見つけた。
「三輪」
大規模侵攻以降学校は休校している。
だから彼に会うのもあの日以降初めてだった。
「……苗字、か」
三輪は明らかに憔悴していた。一目で何かあったのだな、とわかるほどの変化。
穏やかだった表情は鳴りを潜め、瞳はぎらつき、目の下には酷い隈があった。
こんな顔を私はよく知っている。
自分も他人も傷つけずにいられないほどの嵐のような憤怒。
怒りは痛みになって、冷たい雨のような哀しみが心を伽藍洞にする。
秀吉様を失った三成様もこんな顔をしていた。
「生きていたんだな」
頑なに目を合わせずに彼は私に言った。
あの日、体調を崩した私と別れて遊びに出掛けた友人たちは皆遺体で発見された。
悲しい、と思った。
彼女たちは戦士ではなかったから。
戦友が戦場で死ぬのは当たり前のこととして受け入れられても、銃後の人々が死ぬのには複雑な感情を抱くことしかできない。城下の民は守るべきものだ。
「三輪も、な」
生きていてよかったな、とは言えない。
生きているから辛いことだってある。今の三輪がまさにそれだろう。
「姉さんが死んだ。近界民に殺された」
姉さんを奪った近界民に復讐を。
(秀吉様を殺した家康に復讐を。)
今の三輪は酷く似ていた。
秀吉様を喪ったばかりの三成様に。
食事も睡眠も疎かに、ただ目の前の復讐だけに囚われていた人。
彼もそうなるのかな。
「ところで三輪さ、」
織田信長と豊臣秀吉と徳川家康だったら誰が好き?
そう、いつかの質問を投げかける。
脳内の左近が「先輩相変わらず話題の変え方が雑」と笑った。
三輪もいつかの質問を覚えていたらしく、すこし虚を突かれた顔をした後、無理矢理口の端を引き上げて歪み切った泣きそうな笑顔のようなものを作って「織田信長」と小さな声で答えた。