いつのまにか迷い込んできた世界とはいえ、過ごし続けていればそれなりにその世界の現状を把握することはできた。
季節は春先、3月中旬。新生活へ向けて世間が忙しなくなっていく頃。
まあ私はそれより一足先に新生活を強制的にスタートさせられているわけなのだが。
この社会において特筆すべきことがあるとしたらそれはやはり「個性」と呼ばれる超能力だろう。それはこれまでの私の世界にはないものだった。
テレビを見る限り、その個性というものは人々に当然のように受け入れられているものであるらしい。
「名前の個性はまだ発現していないのですか?」
黒霧さんにそう聞かれたので首をかしげる。果たしてそんなものが私の肉体に発現するのやらどうか。
「無個性かもなァ」
そう言ったのは弔くん。
「個性発動の条件が揃っていないだけかもしれないよ」
と言ったのは先生だった。
個性というものは千差万別らしく、手から炎が出るようなわかりやすい超能力があれば、生まれた時から動物のような異形の姿をしているものもあり、かと思えば複数の条件をクリアすることでようやく発動する複雑なものもあるらしい。
「中には他人の血を飲むことで相手の記憶を見ることができるような個性なんてのもあるけど、なかなか普通に暮らしてたら他人の血を飲むなんてことないだろう?そういう訳もあって自分の個性が大人になってもわからない人が時折いるんだよ」
「他人の血を飲む……」
ちょっぴりびっくりがっつりドン引きした。
血液はウイルスの感染源になりやすいというのに。というか他人の血を飲むなんて出来事、何があったら起きるんだ。私は嫌だぞ、絶対に。
「名前、試しに俺の血飲んで」
私がいいえとかノーとか答える前に弔くんは自分の指の腹を噛み千切った。そうして溢れ出した鮮血を彼はまた当然のように私の口元へ差し出してきた。いやいやいやいや……。
「名前、うまい?」
「…………濃厚な鉄分の味」
「はははっ」
「楽しそうですね、死柄木弔……」
「楽しいに決まってんだろ」
私は楽しくない。
で、飲んでみたが口内に錆びついた味が広がるだけで特に何もなかった。
血を差し出してくれた弔くんの人差し指の腹に絆創膏を巻く。無駄な傷をつけさせてしまったな。提案し、実行したのは弔くんからとはいえ、何の成果もない事に僅かに申し訳なさが立つ。
「名前はまだ幼い。そんなに急ぐ必要はないよ」
「はあ……」
これまでは「無い」ことが当たり前の人生だったから、急に「有る」と言われても少し困惑してしまう。
有るのなら、便利な機能の方がいいなと思うけれども。