※動物の殺害描写有り
道端の小石を蹴って歩く。ぶらぶら長々と歩いてはいるものの、目的地はなかった。
今日、弔くんと黒霧さんと先生はバーでお話中。大人の密談だ。
端的に言えば、私は追い出されたのだった。「ちょっと外で遊んでて下さい」と言われ、子供らしく素直に手を上げれば、黒霧さんは「何があったらすぐに迎えに行きますから」と言って、私を知らない街へワープさせた。
彼らがなんらかの悪巧みをしていることは薄々わかっていたが、居候でありプー太郎であり身寄りのない子供である私は知らぬ存ぜぬを突き通すことにした。
……認めざるを得ないが、私はそう彼らのことが嫌いではない。
よくわからないまま誘拐されたが、弔くんは昔からの友人であるし、黒霧さんも先生とやらもなにかと気を使ってくれる。
結局のところそうだ。悪い人であることがその人を嫌う理由にはならない。右も左も訳がわからないこの世界で、おっかなびっくりではありながらも歩いていけているのはどう考えても彼らのお陰であった。
それにきっとあの病院にいたままでは私は何処にも行けなかった。守られてはいたけれど、それだけだったのだろう。行くあても名前もないままだった。
それに警察や病院としては、名前も身元もわからない子供がいなくなったことで、厄介者払い、とまでは言わなくても、抱えていた面倒ごとが1つ減ったんじゃなかろうか。win-winというやつ?テレビ見てても私に関する報道とか無いし。
さて、だらだらと歩き回ったこの世界。
人々が個性を持っていること、そしてそれを当然として受け入れていることを除けば、外の風景は普通の景色だった。公園も道路も街並みも見慣れた景色によく似ている、ごく普通のものだった。
そしてそれは、動物たちも同様で。
歩き回るのにも飽きて、入り込んだ路地裏。ところどころ陽の当たるビルの非常階段の途中に猫がいた。私はその少し下の段に腰をかけながら、その猫をななめ下の角度から眺める。野良猫なのだろう、やせ細った首輪の無い灰色の猫。
「……………」
口には出さないながら、弔くんみたいだなと思った。
細くて猫背で目つきが悪くて灰色の毛並みも彼の髪色に似ている。走り出せば速いのだろうが、何もなければのんびりだらだらとマイペースに過ごしているところも、似ている。
動物は嫌いでは無いし、その猫は弔くんみたいで、私はなにかを深く思うわけでもなくその猫へ手を伸ばした。
首元へふれると、許しを与えるかのように顎を上げてくれる。少し笑って指先で擽るように喉元を撫でる。毛に沿って何度も。
ただ、知っていたはずなのだけれど、猫という生き物は気まぐれだ。一瞬前まで良しとしていたことを一瞬後には酷く拒絶したりする。
ほんの少し前まではおとなしく撫でられていてくれたのに、その猫は前触れもなしに身を起こしたかと思うと、爪を立てた手で私の手の甲を叩いた。
鋭い痛みに思わず手を引く。野良猫の尖った爪に引っかかれれば当然、肌が裂かれる。痺れるような痛みが広がり、甲を見るとじわりと傷から血が滲み出す。
拒絶されたことは少し悲しいが、仕方がない。撫でられすぎて嫌になったのだろう。少し距離を置こう。
と、もう1、2段下がろうとした、その時。
私の右の肩口から誰かの手が伸びた。
私の背後に誰かがいて、その誰かが猫へ向かって手を伸ばしたのだ。
振り返ろう、として、それができなかった。
その手は猫の威嚇も気にせず、まるで転がった野球ボールを拾い上げるように、その小さな頭を掴む。ただそれだけの行為。
……目を離すことができなかった。
頭を掴まれた瞬間、猫はその指に触られた部分から"崩壊"していった。
ぼろぼろと、焼かれた死体が灰になっていくみたいに。けれど音はなく、匂いもなく。
やがて猫はいなくなった。
残ったのは同質量の塵だけ。それもビル風に吹かれて散っていき、そこには何も残らなくなった。
「悪い猫だなァ」
振り返る必要もなかった。弔くんだ。
「名前ちゃんに怪我させるなんてさ」
そうして理解する。
黒霧さんの心配げな目。常に一本だけ上げられた指。眠る前に中指に巻いた包帯の意味。
これが弔くんの「個性」なのか。
振り返った私の手を弔くんは掴んで、自分の方へ引く。中指と小指だけは私にさわらない。
口元に引き寄せた手の甲に弔くんは傷をなぞるように舌先を這わせる。舐め取られた血。生ぬるくて柔らかい感覚。べとりと生温かい唾液が甲に残る。
「……痛い?」
少し不安げにそう尋ねる彼に私は首を横に振った。
私は言葉をなくしたままだった。何を言うべきか、何か言うべきなのか、それすらわからない。
彼の言動に、自らを能力を誇示しようとしたり、私からの感謝を求めるような意図などはまるで無かった。
多分ただ単にそうしようと思ったからそうしただけなのだろう。寄ってきた虫を払うような感覚で、猫を殺してしまった。
「名前ちゃん、帰ろうぜ」
「…………そうだね、帰ろう」
差し出された掌。その親指を掴んで、握った。それだけで、それだけのことで彼は嬉しそうに笑う。
猫を容易く殺せる残虐性と、私の傷を心配する人間性。そのどちらもが嘘偽りなく彼なのだろう。
その歪さに、直せない狂いに、僅かに怯む。
けれど、冷えた風に凍えていた手の先が、繋がれただけで少し温もりを持つ。
それを嬉しいと思ったのも事実だった。