17 夜明

瞼の向こう側に朝の光を感じて、死柄木は目を覚ました。目を開けばカーテンの隙間から差し込む朝日に目を刺される。いつしか、朝が来ていた。
……正確にはもう13時過ぎなので昼と呼ぶべき時間ではあるが、死柄木からしてみれば起きた時間こそが朝だ。

死柄木は自分の腕の中の重みへ目を向けた。死柄木の黒いTシャツを寝間着に纏った小さな少女が、彼の腕に顔を押し付けるように眠っていた。悪い夢でも見ているのか、「……む、むむ」と小さな呻き声。そのうえ眉間には浅い皺が寄っている。それを見て、口角が上がった。ついつい気になって、人差し指で眉間にふれる。
「名前ちゃん」
意識がないことはわかっていたが、彼女の名前を呼ぶ。それだけのことで酷く心が満たされた。
少女の柔らかい黒髪が彼の腕に絡んでいる。その乱れた髪を直すように指先で彼女の髪を梳いてやった。

死柄木に昨晩の記憶はない。夜驚症のことはもちろん、夢の中のことも何一つ覚えてはいない。今日も普段と変わらない、いつも通りの朝が来たと思っている。
いつもと何かが違うことがあるとしたら、少しだけ、ほんの少しだけ、いい夢を見たような気がする。それがどんな夢だったのかはまるで覚えていない。道端で懐かしい匂いを嗅いでも、それがいつのなんの匂いだったのか思い出せないみたいに。死柄木は覚えていない。覚えていないけれど、朧気に残った夢の名残はひどく優しい。まるで誰かにずっと優しく抱きしめられていたかのような、そんな温もりが残っている。

もう夜に怯えることはない。
そんなことをふと思った。思ってから、なにを当然のことを考えているのだろう?と自問した。
夜に怯えることなど有りはしない。彼こそが夜の隙間で手招く闇となるのだから。

死柄木はまだ眠りの中にいる名前にぎゅうと抱きついた。彼女の胸に額を押し付けて甘えるように喉を鳴らす。
「………ん、んん、?」
耳に届いたのは子供らしい高い声。どうやら目が覚めたようだ。起き上がろうとでもしたのか、身動ぎした小さな体を逃さぬように死柄木は彼女の背中に手を回す。
「とむらくん……?」
起きたばかりの彼女は、しかし慣れたように自分の体に縋り付く彼の髪を撫でる。
「おはよう、弔くん」
「…………、ん」
やわやわと髪を撫でられる感触がどうしようもなく心地よかった。押し付けていた顔を上げて、彼女を見上げた。
優しい微笑みに、酷く安堵する。
「……名前ちゃん」
「うん?」
「名前ちゃんは、」
「……うん」
彼女は俺を裏切らない。助けてくれる。ずっとそばにいて、隣で守ってくれる。絶対嘘つかない、俺の、俺だけの味方。今までだってそうだったんだ。これからだってきっとずっと絶対なにも変わらない。
「……ずっと、そばにいてくれるだろ?」
小さく囁いた声に、撫でてくれていた手が一瞬止まる。けれどすぐに優しく頬撫でてくれた。
「うん、そうだよ。……約束する」
差し出された少女の小さ過ぎる小指に、己のものを絡ませる。
「私はずっと、弔くんのそばにいるよ」
それは在りし日の夕暮れの公園ように。

誰かがずっと望んでいた未来。かくあれかしと願い続けた祈りの果て。
それらすらを追い越して、はぐれないように手を繋いでいく。その道に祝福など無いとしても、交わした約束だけは確かだ。
それでいい。それだけで充分だ。

夜は明けた。
2人はもう離れ離れにはならない。
もう迷子にはならないのだ。