18 未来

超絶怒涛の日々だった。他の人間については知らないが、私にとってはそうだ。
少なくとも私のこれまでの人生をぎゅっと小さく潰して凝縮してもこの半月程度の日々の濃度には至らない。
ここ最近が濃厚すぎたのか、私のこれまでの人生が薄かっただけなのか。……まあ、後者だろうなあ。

それくらいには薄くて安い人生を送ってきた。どれくらい薄くて安いかというと今所属している組織の名前くらい。その程度の人生だったけれども、嫌いではなかった。平々凡々と穏やかで危険から遠くてつまらない人生、そんなものをそれでも確かに愛していた。

愛していたけれど、それは手放すことに抵抗があるということと同意義にはならない。
それだけ薄っぺらな人生だったからこそ、私はあの夕暮れの公園という夢に価値を抱くことができた。それだけが事実として私の目の前に横たわる。
暗ければ暗いほど僅かな光でも輝いて見えるように、どんなに小さな星でも夜空に浮かべば光だ。それがたとえ六等星だとしても星は星。
私は確かに光を見たのだ。
それは尊い祈りのように。




「いやいやいやいや、撃ったのどこのどいつですか地の果てまで追い詰めてでも殺す」
「落ち着いて下さい、名前。命に別状はありませんから」
「別状あったら特攻覚悟で今すぐ雄英に鋼玉詰め込んだ焼夷爆弾投げ込んでますよ。そういうことじゃなくてあの子が危害を加えられたことに対して怒りを感じているんです。宝、……そうこの宇宙の宝とも言うべき存在に銃弾ぶち込んだ野郎がいるということがすでに許せない。国家の犬、公僕風情が舐め腐りやがって。公務員なら公務員らしく薄給で慎ましく暮らせよ、くそが。私のこと認識させて猿夢見せてやるからな」
「落ち着いて下さい、名前。落ち着いて。薄々気がついていましたけど貴女絶対中身5歳児じゃないですよね」

敵連合は満を持してプロヒーロー育成の名門である雄英高校を襲撃し、その名を世間へ知らしめた。
………………などと言えば聞こえはいいのだが、実際のところ目的を達成することもできないままの敗走。完全敗北だった。

連合の屋台骨である黒霧さんと頭である弔くんは戻ってこれたから良いものの、弔くんの持つ悪意の下に集まってきたヴィランは誰一人として戻ってこなかった。損耗率で言えば90%以上。軍事用語においては損耗率50%で全滅と呼ぶらしいので、それ以上の損害。
挙句の果てに弔くんは両手両脚を銃弾で撃ち抜かれていた。やばいな、国家公認の暴力。いつのまに日本は銃社会になったんだ。

もちろん、生徒の命を守るため防衛に回った雄英と相手を殺す気で襲撃した敵連合、どちらが悪いかと言えば0:10で100%こちらが悪い。
しかしそうではないのだ。善悪や正義論などは関係ない。目的も論点も視点も認識も物事の優先度も彼らとは違うのだから。

呼んだ闇医者によって手当をされた弔くんは麻酔によって少し朦朧としている。ちなみにくたりと倒れ込んだ彼の頭は私の太腿の上にある。所謂膝枕。役得というやつだ。

「しかしそう簡単に平和の象徴は殺れませんでしたね」
「死んで花実がなんとやらというやつだよ。今回は決して無駄じゃなかった。課題は見つかったんだからね」
「ええ、より良い人材を集めなくては。ブローカーにも声をかけてみましょう」

先生たちが話しているのをぼんやり聞きながら、弔くんの髪を撫でる。
誰がなんと言おうと幸福だ。
他人が不幸になることでしか得られない幸せというものがある。そして今の私の幸せはそういうものだ。

弔くん、君は本当に悪意と仲良しだねえ。君だけにラブを向けている身としてはとてつもなく嫉妬しちゃうな。……嘘だけどね、多分。などとリスペクトを込めて踏襲してみた。

「……パーティメンバーが足りないな」
麻酔のせいでまだぼんやりしているであろう意識のまま、彼は私の腿に頭を置いたまま呟いた。
「有象無象じゃあ餓鬼共にすら太刀打ちできない。必要なのはある程度のレベルまで上がってる奴らだ。そいつらをどうやって集める……?必要なのはなんだ……?」
無意識にがりがりと爪を噛みながら、彼は脳髄と言語で思想を走らせる。
考えることを放棄しないことを彼は選んだ。それはつまり戦い続けることを選択したということだ。私はそれを貴ぼう。

ぴたり、と弔くんが動きを止めた。掌のマスクをつけたまま、ぎょろりと大きな目だけが私を見る。
「名前、」
赤い瞳が、私だけを見る。

「手を貸せ」
甘えるような子供の我儘ではなく組織のトップとしての言葉に、背筋がぞくりと泡立つ。

自覚はあったが、やはり私は弔くんからの「お願い」に弱い。それも、助けを求めるようなものであれば、尚更のこと。

「……うん、いいよ。なんでもしたげる」
"君のために生きたい私のため"に、なんだってしよう。

これから先どれだけ多くの犠牲が生まれようとも構わない。誰かの不幸の中でしか生まれない幸福を手に入れて、そうやって生きていく。生きていくんだ、私は、此処で。