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「今日、客人が来るのでケーキを買って来てくれませんか」
などと、黒霧さんが唐突にそんなことを口にした。

出すの?
ケーキを?
客人に?
敵連合なのに?

それだけでもうはちゃめちゃに違和感があるというのに、それだけではなかった。
客人が来るのはもうすぐだと言っている割に彼に指定されたケーキ屋はここらで最も遠いところにある店であったし、急ぐ必要はありませんからゆっくり買って来てくださいなどと露骨に私をアジトであるバーから引き離そうとしている様子が見て取れた。あやしい。

黒霧さんは私の中身が5歳児ではないことを理解している人だと思っていたのだが、私のゆるふわきゅるるん5歳児的見た目に引っ張られてか時々ものすごく子供扱いしてくる。今日のような、まるで子供にするようなわかりやすい誤魔化し方もそうだ。個性が蔓延るこんな世の中なんだし、外見に騙されちゃダメだと思う。しっかりして黒霧さん。この組織でまともな人なんてよく考えたら誰一人としていないけど比較的ましなのは貴方だけなんですから。

とはいえ悪意を持ってそういうことを言っている訳ではないことぐらいわかっている。何が始まるのかまるでわからないがこちらを案じてくれているのだろう。
それに合法的に弔くんにケーキを買ってあげられると考えたら大変よろしい。あの子はどんなケーキが好きだろうか。違う種類のをいくつか買ってこよう。とか考えてる時点でもう客のこととがどうでもよくなってきたな。ケーキ食べてる弔くんが見たいです。ええ、もうそれだけ。

「それでは名前、忘れ物はありませんか?」
忘れ物チェックするとか保育園かな?と思いながらうなづく。

まずは、黒霧さんから預かったお金が入ったお財布。
それから、少し前に護身用として貰った一般的に売られているものより数倍威力が高いため場合によっては人が死ぬ可能性があるから使うときは気をつけてねと言われたスタンガン。
次に、電気が効かない相手にはもう刺すしかないよねと言われて持たされた投擲用スカルペルとトレンチナイフ。
最後に、ティッシュとハンカチ。

それを可愛い猫ちゃんの顔を模した肩掛けポーチに入れて、準備完了。見事、空港の手荷物検査で別室に連れて行かれる系の装備が出来上がった。
護身用というかもう相手を絶対殺す用の装備じゃないかと思わなくはないが、どれもこれも弔くんにも黒霧さんにもいつも持ち歩くように強く言われているから仕方ないのだ。
か弱い幼女だからね、武装しないと世の中物騒なのだ。などと物騒の塊みたいな組織に所属しながら思った。

「それではお気をつけて」
手を振る黒霧さんに軽く頭を下げて、はじめてのおつかいスタートです。

ダッシュで行って、ケーキが崩れない程度のダッシュで帰って来た。

だって絶対なんかあるって。隠し事されると気になるタイプ。こんなナリだし、荒事なんてしたこともないけどそれでも私だって連合の1人なのだ。
先生やボスである弔くんが言ったのなら少しは考えたかもしれない。けれどそれでも私は対等でありたい。黒霧さんとだってそうだ。彼の優しさは理解したけれど、それを受け取るかどうかは私が選ぶ。

そうして手で突き飛ばすように勢いよく開いたバーの扉。
その向こうで、弔くんが汚らしい格好の男に押し倒されていた。

は?

hhhhhh
hhhhhhhhhhhhhhhhhh
hhh
h
hhhhhhhhhhhh
hhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh
hhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh hhhhhhhh、
は?

ケーキの箱が手からすり抜けて落ちた。





バーの重い扉が勢いよく開かれる音に、死柄木にトドメを刺そうとしていたステインはわずかに気をとられる。個性で動けなくさせているとはいえ、死柄木から意識を離さずに目を動かすだけで背後を見やった。
目に入ったのは淡く揺れる桃色。この重苦しい雰囲気にはあまりにも場違い過ぎるその色は幼い少女のワンピースだった。
「ハァ……子供……?」
何故ここにやって来たのか、知らない場所に探検ごっこで来てしまいここに迷い込んでしまったのだろうか、と考えたがすぐにその考えを止める。
地面に背中を貼り付けられたように動けないでいる死柄木が譫言のように「名前……?」とその少女の名らしきものを呟いたからだ。

その少女が、ただの子供だったのならステインとて気には止めなかった。
しかし数多の死地を掻い潜ってきたステインがそれに気がつかないはずがなかった。
およそその年頃の子供が抱くはずがない感情が、背後から膨れ上がるのを。
その子供の双眸に宿る明確な殺意に。

故にステインは今度こそ少女を見た。
路傍の石ではなく、自分を害するかもしれない脅威の可能性として。

ステインが振り返った瞬間、すでに目前にまで少女によって投げられたのであろうスカルペルが数本迫ってきていた。地面に突き刺していたナイフを引き抜きそのままの勢いで投擲された小刀を刀身で弾く。脚で死柄木を押さえつけたまま、半身振り返った状態で少女と対峙する。
見開かれた子供のその瞳からはキリキリと音を立てるように人間味が引き剥がされていく。瞳孔は細くなり、まるで爬虫類のそれに近いものへと変貌していった。

彼女は左手にトレンチナイフを、右手にスカルペルを数本手に持ち、一定の距離を保ちながらステインの様子を伺っている。
彼が僅かにナイフを構え直す。それだけで少女の体は強張る。成る程、警戒心は立派だ。しかし一瞬の交差でわかった。この子供は完全に素人。その外見通り、ただの子供だ。戦い慣れなど一切していない。

……しかし頭に血を上らせ、突撃するほど愚かではないのか。
冷静に怒りを燃やすタイプだ。力が無いと自覚しているからこそ頭を回す。それ故にこのような相手に対しては時間を与える以上の愚策はない。一瞬でカタをつけよう。ステインは個性で動けなくなっている死柄木より先に彼女を寝かせることにした。

殺すつもりはない。
殺す理由がないからだ。
彼女の殺意はステインへ向かっているが、その本質は彼を殺すことには無い。
この小さな子供はただ死柄木を救おうとしているだけなのだ。それが無謀であれ不可能であれ、しかし純粋であるとステインは判断した。

「ハァ……本物、だったか……」
それからは一瞬だった。
瞬きの間に距離を詰め、底に重い鉄板を入れたブーツの爪先を少女の腹に叩き込む。柔い体がガクンと折れ曲がる。加減はした。死にはしないだろう。
吹き飛ばされた小さな体が壁際に崩れ落ちるのを見て、ステインは今度こそ『偽物』の粛清を行おうと死柄木の肩に再びナイフを突き刺した。

が、幼子に時間をかけ過ぎていた。
顔のマスクごと首を断とうとしたナイフが、個性の効果が切れた死柄木の手によって崩壊させられていく。

「この掌も、名前も、駄目だ……」
そしてステインはその男の目に宿る狂気を見た。






電気が走るような鋭い痛みに目を覚ました。気がつくと私はバーのソファに横たわっていた。あの汚らしく妙に息の荒い男に明確に打たれた鳩尾が未だに痛む。
嘘だろ、こんな可愛い幼女にそんなことするやついる?あり得ないことにいるんですよ、そんな奴が。
しかし本当になんだったんだろうあいつは。起き上がった瞬間、腹を裂かれたような激痛に思わず呻く。くそぉPTAに訴えてやるからな。次会うときは法廷だぞ。

「随分やられたね、名前」
先生が笑いながら言った。ふと周りを見るとバーには誰もいない。あの不審者も黒霧さんも、弔くんも。
「っぁ、!弔くん!先生、弔くんは?!」
「大丈夫、無事だよ。今は少し、そうだね、学びに行っている」
「いや肩刺されてましたよねあの子。肩刺されることは無事とは言いませんよ私の中では」
「あのヒーロー殺しと対峙したっていうのに逞しいなあ、君は本当に」
ちょっと馬鹿にしてるだろ。声音でわかるからな。

「貴重な経験をしたね」
まあ、不審者に腹キックされる経験は貴重ですけれども。けれども。
「いいかい、名前。強いヒーローっていうのは君が先ほど対峙した男くらいの力を持つんだよ」
「ええ……」
幼女にマジキックするような人間がわんさかいるってことですか?怖……この世界怖……。
「僕らはそんな連中を相手に戦うんだ。それが君にできるかい?あの男のような相手に勝てるかい?」
「無理です」
「うーん素直」
少なくとも肉体はどうあがいても5歳児程度なのだ。鍛えている大人とまともにやりあって勝てるわけがない。
「その通り。だから君は君なりの戦い方を見つけなければならないんだ」
「私なりの……」
そんなことを言われて戸惑うが、しかし先生の言う通りでもある。何もできないままではお荷物に他ならない。それは私の望むところではない。本当の意味で彼らと対等になるためにも。

「しかし、まさか君がヒーロー殺しに認められるとはね」
しみじみと先生は言うが、この人は一体先ほどのやり取りの何を見てそう判断したのだろうか。あの汚らしい男、認めた相手の鳩尾にキックするタイプの変態として有名なのだろうか。人の腹をサッカーボールと間違えてんのか?これからPK戦ですか?肝心なところでゴールポストに弾かれてほしい。

思い返すと腹が立ってきた。
落としてしまったケーキを弁償しろ。あと慰謝料も払え。幼女に暴力振るったクソ野郎として世間に後ろ指差されろバーカ!