03 シスターフッド

「名前ちゃんと弔くんは似てますね」
黒髪の美しい彼女はそう言った。小首を傾げると途端にサラサラとしたストレートの長い髪が揺れる。洒落たテーブルの向こう側に座るのは見慣れない顔の女性。歳はわからないが、私には大学生くらいに見える。

「わかるよ。好きな人を見てると似てきちゃうよね。そうしたら段々同じようになっちゃいたくなるよね。近くなったら今度は全部全部おんなじになりたくなるよね」
見知らぬ顔。聞きなれない声。
けれど、
「……トガちゃん」
と、名前を呼んだ途端にぴっと伸ばされた人差し指が私の唇に触れる。
「シー」
テーブルの向こうから伸ばされた腕。彼女は楽しそうに口元を歪めた。
「違います。今日は名前ちゃんのお姉ちゃんのトガなのです」
だからお姉ちゃんって呼んでね。
そう笑った目の前の女性は確かに知らない顔だけど、見慣れたあの少女とおんなじ笑顔をしていた。……同一人物だから、当然なのだけれど。


トガちゃんとの待ち合わせはお昼の駅前。約束した時間に少し遅れてやってきたのは目立たない黒髪の女性だった。
「名前ちゃん!」
連合のメンバーしか知らないはずの私の名前。それを呼んだということはつまり彼女は個性で変装したトガヒミコだということだった。

「……びっくりした」
「えへへ!今日は名前ちゃんとお揃いの黒髪なのです!お姉ちゃんなのです!」
ご機嫌な彼女は私の手を取るとすぐに迷いなく歩き出した。
側から見たら仲のいい姉妹にでも見えるのだろうか。少なくとも、指名手配中のヴィランたちだとは誰も思わないだろう。日曜日の騒がしく平和な街に私たちはどうしようもなく呆れるくらいに溶け込んでいた。

そして手を取られたまま、やがて連れられてきたのがこのインスタ映えしそうな、見るからに男性客の入りづらい洒落たカフェだった。そうだった、破綻しててもこの子はJ Kなのだということを忘れていた。

そうして冒頭へ戻る。

「……お姉ちゃん」
そう呼ぶとトガちゃんは嬉しそうに笑った。それはどこからどうみてもごく普通の女の子で、運ばれてきた紅茶とケーキのセットがよく似合う。
「うん、お姉ちゃんです!どうしたのかな、名前ちゃん」
「…………うん、」
言いたいことはまあ色々あるけれど。

「私と弔くんって、そんなに似てないと思うんだけど……」
「似てるよ!綺麗なおめめが一緒です」
首をかしげる。弔くんの夕日を煮詰めたような赤と、私と何処にでもある黒の目なんて全然似ていないのに。

「どろりとしててさびしくてきれいでつめたぁい目です」
「……いや、それってどんな目……」
「私はステ様が好きで出久くんが好きです。血の匂いがしてボロボロなのが好きです。血塗れなのがかあいいです。すっごくかあいいのです。だから刺して刻んで切りつけて血を出してもっともっとかあいくしたいです。かあいいのが好きだから殺したいです。好きだから好きだから大好きだから」
「脈絡……」
高揚して赤らんでいく頬と溶けていく瞳。興奮した瞳孔はだんだん細くなり、つり上がった口から吐き出される言葉は段々速度を上げていく。それと同時に声に、瞳に宿るのは狂気の色。他人の顔なのに、その表情は確かにトガヒミコのもので。
……恋は人を狂わせるなあ、としみじみ思った。少し冷め出した紅茶を口に含む。部外者としてはトガちゃんの恋が報われるといいねぇ、などと勝手なことを言う他ない。ちゃんと報われたら死者が2名ほど出るけれども、まあトガちゃんが幸せならいいんじゃなかろうか。

「でも、」
すとん、と、声音が変わった。
冷たい氷が音を立てて落下するみたいに。途端、冷える熱。空虚な無表情。
「名前ちゃんは違うね?」

「名前ちゃんは弔くんが好きですよね。弔くんも名前ちゃんが好きです。どっちもおんなじ目をしてるからわかります。お似合いですっごくかあいいね。けど違うね。似てるのに私とは違う目です」
なんででしょう?とガクンと首を傾げて私を見る。そんな目で見られても、少し困る。

「名前ちゃんは弔くんが好き?」
「うん、好きだよ」
「……うん、うん、だよね。そっか、好きだよね。でも違うんだね。似てるのに。なんでだろ、なんだろ、なにがだろ」
ぐらりぐらーりと揺れるトガちゃん。それに合わせて豊かな髪の毛が波打つ。感情の色が無い瞳。
トガちゃん曰く、私と弔くんの目はよく似ていて、それはトガちゃんとも似ている。なのに、私たちとトガちゃんでは何かが決定的に違うのだと、そういうことが言いたいらしい。
滅裂ながら少しだけ彼女の伝えたいことがわかりそうで、惑いながら口を開く。

「……あのね、トガちゃん。多分なんだけど、種類が違うんだと思う」
ぴたり、と彼女の動きが止まる。首を傾げたまま、真っ直ぐに私の目を覗き込む。薄く開いた口のままだけど、そこから声が生まれることはなくて、ただ私の言葉を待っている。
「私は弔くんが好きだよ。大好き。けどこれは恋じゃないよ、トガちゃんの恋とは違う好きなんだよ」
言語化して、ようやく自分自身も理解する。私の感情はトガちゃんのものとは似て非なるものなのだと。
「私は弔くんが好き。世界一大切な唯一の人だよ。だから守ってあげたいし、ずっとそばにいたい」

「でも恋じゃない」
……じゃあ、この感情はなんなんだろう。
ふとそんな問い掛けが頭をよぎったけれどすぐにどうでもよくなる。感情にラベルを貼り付けたがるのは人の悪い癖だ。この感情は私にしかない私だけの私の唯一のものなのだから、名前をつける必要なんてどこにも無い。
だって、この世に同じものがないのなら、識別する記号なんて要らないでしょう?

トガちゃんの視線にぴたりと目が合った。すると無表情だったトガちゃんが急に、がくんと首が落ちるみたいに深くうなづいた。
がくん。目に光が宿る。
がくん。頬が染まり出す。
がくん。薄い唇が弧を描く。
がくん、がくん、がくん、がくん。
それを繰り返し続けてパッと顔を上げた時、彼女はいつもの表情で笑っていた。

「そっか!うん、わかった!名前ちゃんかあいいね!これから熟していくんだね!そしたらまたいっぱいお話できるね!嬉しい!楽しみです!」
「……うーーん?」
なんのことだかよくわからない。コミュニケーションって難しいなあと思った。

それからトガちゃんは、それはもう楽しそうにニコニコ笑って、綺麗に盛り付けられたケーキをぐちゃぐちゃにして美味しそうに食べた。

「名前ちゃんは笑ってないほうがキレイだよ。優しくなくて冷たいほうがキレイ」
「えーっと、なんの話?」
「私は私が嫌いです。名前ちゃんは何が嫌い?」
「いやだから脈絡……もういいか。……好きなもの以外はだいたい嫌いかな」
「そっかあ!名前ちゃんの目は弔くんを見てない時がすごくキレイです。でもそれはかあいくないから弔くんの隣にいるといいよ」
「……うん?」
「好きな人とは一緒がいいもんね。じゃないと壊れちゃいます」
「うーん?うん?そうだね?」
あげる!とフォークに刺さったラズベリーを口元に近づけられる。口を開けると途端に果実をグッと押し込められた。「ぐふっ」テーブル越しじゃなかったら多分喉を突かれてたなと確信する勢いだった。

それからトガちゃんは弾丸トークで楽しそうに自らの恋の話をしてくれた。破綻気味な彼女のお話はよくわからないこととか理解できないことも多かったけれど、私はトガちゃんが楽しそうにニコニコしているのが好きだから、今日はそういう彼女が見れてよかった。弔くんへの好きとは違うけれど、私はトガちゃんのことだって好きだから。


帰り際にそのお店でケーキを2つ買って、弔くんへのお土産にした。
家に帰ってから2人で食べていたら弔くんが「名前ちゃんにあげる」と、フォークに刺さった苺を差し出してくれた。口を開けたら勢いよく突っ込まれる。「ごばっ」距離が近かったので喉を突かれた。
「美味しい?」と尋ねる弔くんに、喉の痛みに耐えながらサムズアップする。苺の甘みを緩和する鉄分の味に弔くんからの気遣いを感じて涙が出てくる。そうだね、私はあんまり甘いもの得意じゃないからね。ちょっと血とか混ぜた方がいいよね。苺も血も赤いから飲み込めば一緒だから問題ないね。と、自己暗示。
弔くんにお返しで、ケーキに乗っかっていたチョコを差し出せば指ごと噛み付かれた。痛い痛い痛い。