04 ディスクロージャ

「地下をグルグル30分は歩かされた。蟻になった気分だ!」
どうなってるんだ、ヤクザの家ってのは。
不機嫌そうに、というよりか事実不機嫌な弔くんはそう吐き捨てる。
彼のいう通り、延々と地下を歩き回らされた後にようやくたどり着いた扉の向こう。その殺風景な応接室にオーバーホールはいた。
深くかぶっていたフードを外して、弔くんは警戒を露わにしたままソファにドサリと座る。

この日、私と弔くんがわざわざ八斎会まで出向いたのは他でもない。"この前"のやり直しだ。
前回の接触では戦闘になり、交渉は決裂した。だがそれでこちらの戦力が失われても、いや失われたからこそそれを取り戻す以上のメリットをこの八斎会に見出す必要があった。奪われたまま黙ってはいられない。

「誰がどこで見てるかわからないし、客が何を考えているかもわからない」
だから地下からのルートをいくつか用意し、せせこましくやっているのだとオーバーホールたちは語った。
怯防勇戦、常にヒーローたちから監視されている指定敵団体としてはそうするほか無いのだろう。その割に連合との交渉に乗ってくるあたり、大胆なところもあるみたいだが。

「こっちを客だと思ってるなら茶の1つでも出したらどうですか」
弔くんに倣いソファに腰を下ろしてそんな皮肉を口にする。
「出したら飲むのか?」
「な訳ないだろ」
私の代わりに弔くんが答えたが、まあ、同意見だ。
とはいえ飲まなくても茶の使い道はあるだろ。交渉が決裂した時にお前に掛けるとかさ。

ドカリとローテーブルに足を置いた弔くんとオーバーホールがなにやら言葉を交わし出す。
内容は聞いているが、まあ割とどうでもいい。今日の私の目的は弔くんの護衛兼オーバーホールとの再度の接触だ。ぶっちゃけ護衛する私より護衛対象の弔くんの方が比較する必要もないくらい強いので、後者の目的の方が強い。私の個性は現実での接触が多ければ多いほど、夢の中で得られる情報も増え、更新されるからだ。

それに何より弔くんを1人で他所のテリトリーに行かせるわけにはいかない。最悪肉壁になってでも守りたいのだが、今のこの場に八斎会側の人間は3人、か。前のソファに2人、後ろに1人。面倒だ。
小さな人形に入っているミミックこと入中はともかく、後ろのクロノスタシス、玄野の個性が厄介だ。
最悪の状況を考えて頭の中でシミュレーションをしてみる。…………だめだ、弔くんはともかく私は100パー死ぬ。

「まず"傘下"にはならん。俺たちは俺たちの好きなように動く。……五分。いわゆる提携って形なら協力してやるよ」
連合と八斎会、一度交渉が決裂しているせいで現在の関係は最悪だが、お互いがお互いのニーズに合致しているのは事実だ。だからこそ対等なのだ。そうでなくてはならない。
あちらは連合の下につく気などさらさらないだろうが、それは当然こちらもだ。そこを揺らがせることは出来ない。それこそ誰かの下につくくらいなら「死んだ方がマシ」だ。

「それが条件か」
「もう一つ」
すっ、と弔くんの指が差し出される。
「おまえの言っていた"計画"……その内容を聞かせろ。自然な条件だ。名を貸すメリットがあるのか検討したい」
静かな弔くんの声音に内心ぞくぞくと震える。
冷静な判断だ。先生を失った彼は急速に組織のボスとして成長している。その事実がたまらなく嬉しい。わあ!弔くんカッコいいなぁ!と無表情を貫きながら心は暴れまわる。場所が場所ならわーきゃーと頭を撫でてあげたい。

「尤も……」
と、弔くんが懐に手を入れた、その瞬間。

「調子にのるなよ」
殺気立った声。ピリッと雷鳴のような緊張が部屋に走る。
一瞬のことだった。弔くんの肩は入中の太い腕に掴まれ、頭にはクロノによって黒い銃口が押し当てられる。
「自由過ぎるでしょう色々」
「さっきから何様だチンピラがあ!!!」

一瞬の出来事に、背中で冷や汗がドバドバと全力疾走する。
が、何もできなかった訳ではない。

八斎会の連中が動いた瞬間、私は躊躇いなく左手で銃を構え、それをオーバーホールへ向ける。と、同時に右手の改造スタンガンをクロノの腕に押し当てた。

……スタンガンを起動させるか、判断に迷う。クロノが撃つのが速いか、私がスイッチを押すのが速いか。緊張のまま心臓がドクドクと大きな音を立てて私を追い詰める。
弔くんは些事のように淡々と彼らに言葉を返すが、私はそんなふうにはいられない。
クロノが僅かにでも動いたらスイッチを押そう。そして即、オーバーホールを撃つ。眉間に皺を寄せ、覚悟を決めた。

「クロノ、ミミック。下がれ」
そんな一触即発の空気に終止符を打ったのはオーバーホールだった。

「折角前向きに検討してくれて来たんだ。最後まで聞こう。話の途中だった」
「……名前、おまえもだ」
弔くんの言葉にゆっくりと銃口を下げる。
気を抜くと震えそうになる腕を必死に押さえつけて、スカートの下のガーターに銃を戻す。スタンガンも上着の中へ納める。とはいえ、ここは変わらず敵地だ。気を緩ませるわけにはいかず、吐き出しそうになる息を飲み込んだ。その姿をじっとオーバーホールに見つめられていた。ので、睨み返す。

改めて弔くんが懐から出したのは、
「こいつが関係してんだろ」
Mrに撃ち込まれた"個性を消す弾丸"だった。

「こいつを撃ち込まれた直後から、Mr.コンプレスは"個性"がしばらく使えなくなった」
これがなんなのか。そしてこれで何をするのか。問いかける弔くんにオーバーホールは静かな目で答えた。

「理を壊すんだ」


「は?そんなんでわかるかよ、ちゃんと言え」
「順に説明してください。コミュニケーション不全か?プレゼンもできないの?そんなんじゃ社会でやってけないよ?」
「調子に乗ってんじゃねぇぞてめぇら!!!」
煽る我々にキレる入中を無視してオーバーホールを見る。彼はソファに背中を預けると、静かに言葉を紡ぎ出す。

「オール・フォー・ワンは"個性"を奪い、支配したと聞く。俺はそのやり方をブラッシュアップする」
オーバーホールが彼の名前を出したのはおそらく、わざとだろう。こちらの関心を持たせるために、あえてその名を出した。今回ばかりはそれに乗ってやることにした。目線だけで続きを促す。

「この個性を消す弾丸は今はまだ未完成だが、やがて完成品が出来上がる。それをヴィラン共に高値で売り捌く」
個性が消せるなんて代物、ヒーローを嫌っているヴィランたち日陰者はそりゃ欲しがるだろう。個性がなければいくらヒーローだってただの無個性の人間になるのだから。
オーバーホールが、八斎会が求めているのは金だ。ヤクザを復権させられるだけの金。これがあれば金はいくらでも入ってくる。
「それがある程度出回ったら今度は個性を復活させられる血清をヒーロー側にちらつかせる。製造できるのはウチだけだ。市場は完全にモノにできる」
「……なるほどな」
支配者になるってのはそういうことかよ。
呟いた弔くんがちらりと私を見る。

「名前、"どう"だ?」
「……うん、まあほとんどは、かな」
すでにオーバーホールの記憶は視ている。それと比べても、今話した内容に嘘はほとんど無い。
あくまでも、ほとんど、だ。彼が言った「個性を消す弾丸の完成品はできていない」という言葉だけは嘘だった。それは既にできている。……が、それを今ここで言う必要はない。
弔くんはうなづいて、私の頭に手を置いた。

「へぇ、そういう個性なのか?」
オーバーホールは私を見て問いかける。じっと見つめる目に、思わず警戒心が沸き立つ。マグネのことを抜きにしても、どうにもこうにもこの男は苦手だ。
「言うわけないだろ」
弔くんが答える。
当たり前だ。まあ私に関してはバレてもそこまで困るような個性でも無いが、少なくとも信用していない相手にペラペラと自分の情報を話すわけがない。
「それもそうか」
こちらの拒絶にオーバーホールはあっさりと引いた。本気で聞き出したかったら根本でも呼ぶだろうが、今はその気がないようだ。

なんか、嫌だなこの男……。理由のわからない嫌悪感がぞわぞわと背筋を這い回る。弔くんのコートの端を掴みながら、ちらりとオーバーホールを見る。

目が合う。
にこりとわざとらしく微笑まれる。

背中に毛虫が入り込んだような気分になった。