05 ブランチポイント

そんなこんなで八斎会と敵連合の協力関係が生まれた……のだが。
「……なんで将棋?」
クロノとミミックの手によって、テーブル上の将棋盤に一つずつ並べられていく駒。
……ボードゲームで遊ぶほど仲良くなった覚えはないのだが。

やったこともない、やる気もないと言う弔くんにオーバーホールは返す。
「これを機会にたしなむといい。局面が見渡せるようになるぞ」
「ふーん」
つまらなそうに弔くんは鼻を鳴らす。それから私の裾を摘んで問いかける。
「名前は?」
「駒の動きくらいはわかるけど……」
まともにやったことはほとんどないし、ハマりもしなかった。

「将棋の面白いところは相手から奪った駒を使えるところにある」
神経質な程きっちりと並べられた駒。
それは一体誰の性だったのか。
「黒霧か渡我、分倍河原をウチに入れる。好きに動かれちゃこちらも不安だ」
「便利な奴ばかり……。動きは削ぐってか。ウチの要だ、そいつらは!そんなにやれるか」
「……信頼を築こう。今はまだ遺恨を残している。こっちは計画の全貌を差し出したろう。次はそっちの番だ」

「君たちは仲間が大事なんだろう?」
お前が、それを言うのか。
人の神経を逆撫でするのが随分と得意なようだ、この男は。

「……黒霧はやれない。別件がある」
「なら渡我と分倍河原だな」
「そいつらを何に使う気だ」
「そう遠くない内に面倒ごとが舞い込んでくる。戦力が欲しい。こっちもまともに使える駒は少ないんだ」
力を貸してくれ、とオーバーホールは言った。言葉こそ、頼むような物言いだがその実命令の様なものだ。この瞬間、私たちは対等な立場ではなかった。計画の内容を喋らせた時のこちら側のように。
弔くんは深く溜息をついてソファに背中を沈める。
「……わかった。その2人だな」
それで話は終わりだ、と打ち切ろうとした時。

「ああ、それと、」
まるで忘れていたかのように、或いはなにかのついでのように、オーバーホールは口を開いた。

「彼女も欲しい」
そう言って指を差されたのは、私だった。

「……は?」
低い声で弔くんが威圧する。
当然私も理解ができなかった。何を考えているのか、やってくる面倒ごとが何なのかはわからないが、それにしたって私を選ぶ理由が見当たらない。
人質にでも取るつもりだろうか、だとしたら人選を間違えてる。敵連合という組織にとって、私にそれほどの価値はないのだから。

「何が目的だ」
「……先に言っておきますけど、私は戦力にはなりませんよ」
2人して胡乱げな目でオーバーホールを見る。がしかし彼のポーカーフェイスからは感情も意図も読めなかった。
「ああ、それくらいはわかる。彼女には個性も戦闘も求めない」
「では何故です?」
「君の能力を買っているんだ」
絶対嘘だろ。そう思ったが、実際のところどうなのかはわからない。個性ではなく能力、か。
「具体的に話せ」
「ちょっとした雑用を手伝ってもらいたいだけだ」
「そんなもんおまえらのとこの肉壁にでもやらせろ」
「他の連中に任せられたらとっくにそうしてるさ」

彼らの会話を他所に、頭の中を引っ掻き回してオーバーホールの記憶を思い返す。……本当にただ単に私を人質にするつもりか?いや、何がヒントはないか、何か見落としていることはないか。能力とはなんだ。私ではなくてはならないこと。オーバーホールは私の個性を知らない。私という要素、女、子供、無力……。彼の隠し事の壁の中、個性を消す弾丸と血清、その中身、成分、…………小さな影……隠し事……。

「ふざけんな、名前を人質にでも取ろうってつもりか?」
「まさか、そんなつもりはない。任せたいことがある。重要な仕事だ。だからこそ彼女に頼みたい」
「雑用といったり重要といったり……。曖昧だな、話にならない。いいからもっと具体的に言えよ」
「こちらだって全てを話せるわけじゃないんだ、わかってくれ」

それとも、
「彼女がそんなにも大切か?」

サッと当然のようにそのカードを切ったオーバーホールに、弔くんがしんと黙り込む。赤い目が掌の間から苛立たしげに目の前の男を睨む。

オーバーホール側からして見れば、私と言う存在にさしたる有用性がない事は今までの会話や言動で見て取れる。戦闘型の個性ではない事はとうに気がついているだろうし、こんな子供の体ではろくに戦えもしないことはさっき揉めた時に気がついているだろう。
実際そうだ。ろくに役に立たない人員。言ってしまえば、弔くんがこうもごねるほどのものではない。

では何故弔くんがトガちゃんやトゥワイスの時ほど簡単に私を渡そうとしないのか。
それは連合にとってではなく単純に死柄木弔個人にとって名前が価値ある存在だからだ。
……これは勿論、私の思い違いでなければ、ではあるが。

そうやって弔くんが拒否すればするほど、私と言う存在の価値が無意味に上がっていってしまう。
それはつまり、私という存在が死柄木弔における弱点だと言っているようなものなのだ。
……まあ私は弔くんと風呂もベッドも共にした仲だからね!相思相愛だから!わはは!いや笑っている場合ではないな。

さてこんなことになった以上、私にできる事はといえば。

「ハァ?当然じゃないですか。見ててわかりません?連合の頭が護衛に連れてくるくらいですよ、簡単にそちらに行けないくらいの有用性があって当然でしょう?」

張りぼての価値を貫く以外にない。

「黒霧さんを渡せないのと同じだけの理由が私にはあります」
嘘でーす。そんなもんあるわけないだろ。120%嘘。

「貴方の言う仕事とやらがどんなものかは知りませんが、とてもじゃないが今私が抱えている案件を放り出せるようなものとは思えない」
はい、ダウト。そんなもんあるわけ(以下省略)。

なんて、奴らは喋る隙を与えないようにベラベラ舌を回しながら、気がつかれないようそっと弔くんの手の甲にふれ、指先で優しく撫でる。大丈夫、弔くんが心配することなんて何も無い。

「しかし貴方がそこまでおっしゃるのなら話は別です」
認識をひっくり返してやる。
まるで、こちらが拒絶しているのではなく、あちらがどうしても私を欲しがっているかのように。

「そのお話、お受け致しましょう」
表情筋総出でにっこりと笑ってやる。
「これで貸し、ひとつですよ?」
隠し事のひとつやふたつ、明け渡して貰おうか。

オーバーホールは読めないポーカーフェイスのまま、わざとらしく笑顔を作る。
「それはよかった。どうしても君に頼みたくてね」
「そうでしたか、ならば誠心誠意努めさせて頂きますね」
クソが。さっさと組織壊滅して一生ブタ箱の飯食ってろ。などと内心吐き捨てながら、表面上はお互いに微笑み合う。
いやーマジで根本いなくて本当に良かった。いたら全てが無意味になっていた。

そんなわけで私はトガちゃんとトゥワイスと共に出向組となったのだが、悪い話ではない。むしろ、内部に入れることになったのは喜ばしいこととすら言える。
私の推測が正しければ、これによってオーバーホールの核に近づけるかもしれないのだから。