八斎会との話し合いを終え、やっぱりあいつら嫌いだわということを改めて確認した。
手は組む。けれどそれだけだ。心は預けない。信頼も信用もしない。利益になるところだけを掬い取って、要らないところは切り捨てる。あっちだってそのつもりだろう。そういう点において私たちはよく似ていた。吐き気がするほどに。
さて、そういう訳で奴らと協力関係になったわけだが、それは不本意ながら、まあ、いい。
問題は、
「……」
「……」
「…………」
「…………」
弔くんがひどく不機嫌だということ。
八斎会の領域から離れ、黒霧さんと待ち合わせ地点で合流し、拠点であるアジトへ戻ったのはいいのだが、どうにも弔くんが不機嫌なのだった。
いつもならば何も言わずとも私と手を繋いで帰路についてくれるのに、今日に限っては黙り込んだまま掌をコートのポケットに仕舞い込んでしまったし、私と目を合わせようともせず足早に私の前を歩いて行ってしまう。黒霧さんと合流してもむっつりと黙ったまま。
弔くんと付き合いの長い黒霧さんは彼の機嫌の悪さに気がついていたから、下手に気遣ったり口を開いたりはしなかったが、「何かあったのか」と尋ねるような目で私を見た。
何かあったといえばあった。話し合いは荒れに荒れたからだ。荒れてない時などなかった。全部あいつらのせいだ。
しかしそのなかでも一体、先ほどの出来事の何が彼の機嫌を損ねたのか、それがわからない。オーバーホールに対してなのか、先ほどの話し合い全てにおいてなのか、あるいは私に対してなのか。それすらも。
そんな訳で、私は訳がわからないまま、ただただ弔くんが目も合わせてくれないことに途方もなくショックを受けていた。
それはもう、途轍もなく。
は……?嘘……無理……しんど……つら…………。
黒霧さんの個性でアジトへ戻った弔くんは私と黒霧さんを置いて、さっさと寝床である隠れ家へ戻ってしまった。私は置いていかれた。
言葉もなく、目を合わず。
置いて……いかれた……。
置いてかれてしまった……。
理由はわからないけれど、もしかして弔くんは私に対して苛立っているのだろうか。つまり彼に嫌われたのだろうか……?そうだとしたら死ぬ。控えめに言っても自死。この世界で生きる意味がない……。
「……名前。大丈夫ですか?」
「えっ……?は、むり……死にます……」
「落ち着いてください名前。落ち着いて」
右太腿のベルトから取り出した銃を米神に当てようとしたところ、黒霧さんに取られてしまった。やだやだ死ぬ。今すぐ死ぬ。
取り返そうと黒霧さんに縋り付くが、彼の個性で私の銃はどこかに飛ばされてしまった。いいけど、いやよくないけど、あとでちゃんと返してください。
「まずは話し合いがどうなったのか、教えてください」
話はそれからです、と黒霧さんは穴だらけのソファに私を座らせた。
かくして私は顔面蒼白になりながら彼に今日あったことのすべてを、事の顛末を話した。
奴らとの話し合いのこと、それが荒れに荒れたこと、トガちゃんとトゥワイスが八斎会側に協力することになったこと、そして予定外に私も八斎会側に引き込まれたこと、などなど……。
話し終えた私は助けを求めるような顔で黒霧さんを見つめる。すると彼は合点がいったような顔をした。
「なるほど……。十中八九、名前、貴方の行動が死柄木弔の不機嫌の理由でしょうね」
「ええ……なぜ……」
黒霧さんの確信を持ったような物言いにやや困惑する。何か悪いことをしたような気が一切ないからだ。何がダメだったのだろう。
しかし、どんな過ちを犯したかわからないにしろ、最善だと選んだ行動が私の人生において最も価値ある存在を傷つけたという事実に耐えられそうにない。やっぱり死ななきゃ……。
「はわわ……死にます……」
「駄目です」
左太腿から取り出したナイフはやはり黒霧さんに没収された。
「名前」
「……うん……」
地の底まで落ち込んだ私に黒霧さんは語りかける。
「怒りの根源にある感情は別の感情である、という話を聞いたことはありますか」
「……なんですかそれ」
「怒りという感情は単一ではなく、複合的に生まれるものだということですよ」
彼は嗜めるように私に語りかけた。
「死柄木弔は困惑しているのです」
「……怒っているんじゃなくて、ですか?」
彼はうなづいた。
「貴女は死柄木弔のために、そして組織のためにと判断して八斎会側に入ることを選びました。それは合理的かつ正しい判断であると私は思います。しかし、」
黒霧さんがかすかに笑った、ような気がする。
「死柄木にとっては予想外過ぎる出来事だったのでしょう」
「彼とて内心はわかっているのです。貴女の判断があの場で最も正しいということを。しかしそれは死柄木が望んだことではなかった。常にそばにいてほしい存在が嫌悪する相手に奪われた、ましてそれは名前が肯定してしまった。そう感じたのでしょう」
彼の言葉で、ようやく私は私の正しい過ちに気がつく。
「正しい判断だとわかっているけれど悲しい。友を奪われて腹ただしい。その怒りをぶつけたい相手であるオーバーホールに、しかし弱みは見せられない。だから、あのように貴女に苛立ちをぶつけてしまった」
私は正しいことだと思って、けれどそのせいで弔くんの望みを、私と共にいたいという彼の願いを、知らずのうちに無視してしまっていたのだ。
「貴女よりずっと子供なのですよ、彼は」
「……黒霧さん」
「はい」
「私より弔くんのことを理解してる感じが非常にムカつきますが、でも、ありがとうございます。……本当に」
ソファから立ち上がる。
現状は理解できた。するべきこともはっきりした。
だから、何をしなくてはならないかも、わかる。
「弔くんのところに行ってきます」
「ええ、それはきっと彼が望んでいることでもあると思います」
銃とナイフを返してくれた黒霧さんにもう一度感謝を述べる。
さあ、大切なあの子に会いに行こう。