インビジブルパーティ

※10巻87話より

砕かれた壁。散乱したグラス。武装した人たち。静かなアジトはもう見る影もない。

その夜、連合のメンバーは皆、やってきたヒーローの1人、シンリンカムイによって捕縛されていた。身動きも取れないまま、彼らはただ眼前に立つその男を、平和の象徴を見据えている。誰かは畏怖を持って、誰かは驚愕を持って、そしてまた誰かは深淵のごとき憎悪を持って。

そしてこの場に駆けつけたヒーロー、オールマイトは、唯一木の根で押さえつけられていない私を真っ直ぐに見つめる。

「私のことを覚えているかい」
聞こえてくるたくさんの声。鳴り響くサイレン。破壊され崩れ落ちる壁の音。
けれどあらゆる喧騒は遠く、その人は苦しみに耐えながら言葉を吐き出す。

「あの日、君は怯えていたね。君を傷つけたヴィランにだけじゃない。君はこの世界そのものに怯えていたよ」
あの日、街灯の下で抱き上げた少女。引き裂かれた背中の傷からは止めどなく血が溢れ、鋭い痛みが幼い彼女を苦しめる。それでも泣かなかった。泣き言ひとつ、涙一粒、呻き声すら出さなかった。ただ、震えていた。自身を包容するこの世界そのものに怯えながら、それでも強く耐え忍んでいた。

あの夜の少女の顔を、オールマイトは忘れられずにいる。

「君が無事で本当によかった」
平和の象徴は笑う。
「君が生きていて、本当によかった」
ああ、けれど。
その笑みは崩れ落ちる。
「だというのに、どうして君は、」

「その男の手を取るんだ……?」

名前は死柄木の左手の親指をぎゅっと強く握っていた。彼のその掌に宿った個性のことなど知っているだろうに、けれど彼女はすぐそばにある死など恐れずに、ただ縋るように彼の指を握り続ける。
オールマイトのその真っ直ぐな視線から、彼女は決して目を逸らさなかった。

−−−きっとあの人は私を助けてくれるんだろう。オールマイトを見て名前はそう思った。今すぐに私があの人の元へ駆け出したのなら、その両腕を広げて受け止め、抱きしめてくれるんだろう。
もう何も怖くないんだ、と。君を傷つけるものはないもないんだ、と、そう言ってくれるのだろう。

それはなんて、なんて優しいことだろう。
美しい理想郷。輝かしい幻想。けれどそのユメが現れることはない。
私がそれを決して選ばないから。


夕暮れの公園で、私たちはずっと遊んでいた。
あの夢が私の夢だったのか、弔くんの夢だったのかなんてもう私にもわからない。
どちらが望んでいたのか。どちらが求めていたのか。どちらが本当に必要としていたのか、なんて、もう永遠にわからない。
ただ、幸せだった。あの夢以上の幸せを私は知らない。あの場所にずっといられたら、どんなによかっただろう。
何も怯えることはなく、ずっと変わらない。永遠のように繰り返される一瞬。永遠にやってこない夜明け。私たちは帰り道を失って迷子になっていることにも気がつかず、ただ遊び続けていた。遠い残像のように。

あなたには、あなたたちにはけっしてわからない。
わからなくていいんだよ。
だってあなたたちは、いつだってただしいから。

あの子がいるだけで、楽しかった。
あの子がいるだけで、幸せだった。
あの子がいるだけで、それだけでよかった。
そんな過ぎ去った夢に縋り付かなければ、この世界で立っていることすら出来ない人間の言葉など貴方たちにはきっと聞こえない。私たちはいつだって透明だから。貴方たちに私たちは見えないから。

誰にも、私たちは、見えない。

オールマイトというあの人はきっと正しい人なのだろう。その正しさで多くの人を守り、救ってきた優しい人。そんなこと、いつか助けられた私だからこそ、わかっていた。わかっている。けれど。だとしても。
貴方の正しさで、私が、私たちが救われることはない。

「ふざけるな……ふざけるなよ……」
死柄木の声。それは強い怒りによって震えていた。視線で人が殺せるのなら、ここにいる者はきっと皆死んでいた。それほどまでの強い感情のまま、眼前のヒーローを睨みつけ、すべてを呪う。
「俺から名前まで奪っていくっていうのか……」
憎悪に濡れた声。応えるように私は強く彼の指を握る。最初からそうだ。手を掴んだのは私だった。受け入れたのは彼だった。変わらない。ずっとあの日から、何も変わらない。
いつか、振り払われるその日まで、共にいると決めたから。
「……失せろ……消えろ……」
正しいから愛するわけじゃない。
間違っているから厭うわけじゃない。

そんなこともわからない正しいだけの人間が、

「お前が!!」
貴方が、

「嫌いだ!!」
大嫌いだ。





「それでいいんだ、名前」
"先生"はそう言って、笑った。
「弔のことを、よろしく頼むよ」

オルゴールの音色が終わる前に、螺子を巻き直そう。
ずっと終わらないように。
これが永遠になるように、と。