ダウン・バイ・ロー

※単行本8、9巻改変要素あり


彼女の寮室に入るのは初めてだった。

当然だ、男子である七海と灰原が女子寮を訪ねるなんてことは一度もなかったのだから。
きっとこれからもないと思っていた。けれど、今日この日、初めて2人は同輩の部屋へ入る。


もう、帰ってくる人のいない部屋へ。


2人より先にこの部屋へ来ていた家入は、入り口付近で立ち尽くす七海と灰原を見て微かに口角を上げた。
それから「入んなよ」とごく軽くそんなことを言う。
部屋の主ではない人から許可をもらって、2人はようやく足を進めた。それでも居心地の悪さは消えない。足取りにはなんとなく遠慮があるが、それでも歩を進めて彼女が過ごしていたであろう部屋の中へ入った。


「衣類関係は私がやるから、2人は他んところ片付けてやんな」
同期じゃなきゃ、わかんない事もあるだろ。

そう言った家入に七海も灰原もどこか曖昧にうなづいた。同期じゃなきゃわからないことなんてあるだろうか。

彼女は、同輩だった苗字は、いつだって破天荒でなにを考えているのかわからない奴だった。

性格は癖のある苗字だったが、彼女の部屋は案外すっきりしていた。
あの性格ならもっと散らかっていて目も当てられない様だと想像していたのだけれど、部屋はそこまで汚くなかった。彼女の私物自体がそう多くないせいだろうか。
七海たちと同じ間取りの寮室には備え付けのベッドや本棚、勉強机がある程度。

七海は灰原と顔を見合わせて、まず本棚のものから順に段ボールに詰めていこうということになった。


本棚の中にはよくわからない大量の石だとか、何のオマケかわからないマスコットだとか、トカゲなのか羊なのかよくわからないぬいぐるみだとか、大量の3B鉛筆だとか、松ぼっくりだとか、そんなものばかりで本はほとんど無かった。乱雑に突っ込まれた教科書には薄く埃が積もっていて、勉強が苦手だった彼女のことを思い出す。


「せっかく3人で三年生に上がれたと思ったのにね」
ぽつり、と灰原が呟いた瞬間、本棚に手を伸ばしていた七海の手が止まる。

思い出される記憶。
苗字は術師としては優秀な部類だったけれど、学生としては不真面目な方で、座学試験の点数の悪さを理由に留年しかけていたのだ。
それを阻止するために、七海と灰原がつきっきりで試験勉強を見てやったことを思い出す。深夜になるまで3人で机を囲んで、教科書と睨み合う苗字を見守った。

それなりに勉強したはずなのに、試験当日、苗字はテストが始まった瞬間に、灰原が「どうしてもわかんない時は最終手段を使うしかないよ」と言って渡した鉛筆を速攻で転がしていた。
試験中は延々と鉛筆が机の上を転がる音が聞こえていて、七海と灰原は自分のテストに集中しながらも(あ、苗字終わったな)と思った。

苗字が留年して、また二年生になったら、来年からは真面目だけれど少し気弱な伊地知がおてんば過ぎる苗字の面倒を見なくてはならなくなるのか。可哀想すぎる。

そう思っていたのだけれど、結局運だけで試験を乗り越えたのか、先生方からの温情があったのかはわからないが、苗字はなんとか試験を乗り越えて進級した。

とてつもない疲労と安堵に肩を落とす七海と灰原に、苗字はケラケラ笑いながら「カズーイ縛りで『バンジョーとカズーイの冒険』やろうぜ」とテレビゲームに誘った。カズーイを縛ったらただのバンジョーの冒険だろう。そう思いながらも試験明け、3人で夜通しゲームをした。

けれど、カズーイのいないバンジョーはあまりにも無力でとてもじゃないがクリアは出来なかった。

「カズーイのいないバンジョーめちゃくちゃ使えねーな。七海と灰原がいない私じゃん」

コントローラーを放り投げながら苗字がそう言った時、七海は(自覚はあったんだな)と思った。灰原は「自覚あったんだね」と素直に言った。苗字は「惚れんなよ」と笑った。
惚れてはいない。
というか、苗字に惚れることはこの先もきっと多分恐らく絶対永遠にないだろう。もしも彼女に惚れる日が来たら鼻からスパゲッティ食べてもいい。七海はそう思った。



苗字は頭がちょっとアレだったので、任務の時に七海が少し「寒いな」と言っただけで乗って来た車を爆破させて暖を取らせたし、任務先の廃墟で肝試しをしていた非術師が救助に来た灰原に絡んだ時はノータイムでそいつの尾骶骨を折ったりした。

当然ものすごく怒られた。

同学年の3人の中で一番反省文を書かされた経験があるのは絶対に苗字だったが、彼女が書く反省文は反省文の様相を為していないために毎回5回は書き直させられる。最終的には七海が代わりに書いて、どうにか収めていた。

つまるところ、苗字は何の反省もしていないから同じことを繰り返す。七海と灰原は苗字が暴れる前に止めるストッパーとしての立場に回らざるを得なかった。

とかく、彼女は跳ね馬ではあったが、悪い奴ではない。
その行動の根底にあるのはいつだって仲間のためという気持ちであることは七海も灰原もわかっている。それが少し、人よりブレーキが効かないだけで。


昨年、3人が二年生の夏、二級だと思われていた任務が土地神を相手にする一級案件だったことがある。

その格上の相手に灰原が重傷を負わされた時、苗字は即座にキレた。
彼女は本気で怒ると真顔になるのだな、と七海は初めて知った。

「一度に召喚する式神は一体だけ」という自分の術式の縛りさえ破って己の式神を全て召喚させると、数の暴力で一級呪霊をリンチにしていく苗字。

その時の彼女はまさに鬼神の如き有様で、呪霊を彼女に任せて灰原の傷の応急処置をしていた七海でさえ思わず「はわわ……」と言ってしまうくらいには恐ろしい姿だった。

とかく苗字のおかげで呪霊には辛勝。けれど、苗字もかなりの手傷を負った上に、縛りの反動を受けて意識不明の重体となってしまう。七海は灰原と苗字の2人を抱えて補助監督の元へ走った。同年代の体を2人分抱えて帰るなんて、今思えば火事場の馬鹿力としかいいようがない。

抱きかかえた自分の腕の中で段々と冷えていく灰原と苗字の体温に気がついた時、七海は恐ろしくゾッとしたことを今なお覚えている。

灰原と苗字が死んでしまったらどうしよう。
七海は最悪の未来を想像して、幼い子供のように震えては視界を歪めた。


運び込まれた高専で灰原と苗字は即座に手術室に放り込まれた。


それから2人の手術が終わる18時間後まで、七海は手術室前のベンチから動かなかった。少しは休むようにと言った夏油の言葉にも曖昧にうなづくばかりで、ベンチに根を張ったように座ったまま、祈るように手を組んで、時折喉を引き攣らせ泣いて、時折何も写していない目で虚空を見つめ、時折ベンチの上で足を抱えて膝に額をつけた。
夏油はそんなことを繰り返す七海を放っておくわけにもいかず、黙って隣にいてやった。時折軽食や水分を持って来てやったが、七海は碌に口を付けなかった。

後から任務を終えて高専に戻って来た五条も流石にそんな様子の七海をいつものように揶揄うことは出来ず、夏油と2人で七海を挟むようにベンチに座って後輩たちが帰ってくるのを待ち続ける。
途中補助監督が任務があるからと五条を呼びに来たが、五条は黙り込んだままベンチから動かなかった。補助監督は困った顔をしたが、無理矢理連れて行こうとはしなかったし、夜蛾も彼を怒らなかった。

3人はほとんど口もきかないまま、そうやって18時間を過ごした。

3人は3人とも横並びになりながらずっと、自分の隣にいるのがいつもの奴らじゃないことへの違和感に苛まれ続ける。
口にはしなかったけれど、七海はやはり自分の隣にいるのは灰原と苗字じゃなきゃ嫌だと思ったし、夏油と五条も同じように自分たちもいつもの3人じゃなきゃダメだなと思った。

今ベンチにいるこの3人が並ぶのは、今日だけで終いにしてほしい。
心から、そう思った。


長い時間の果てに手術室から出てきた家入はどう見ても任務終わってからそのままの格好です、といった様子の3人を見て少し笑った。笑って、それから「なんとかなったよ」とごく軽く言った。

本当のところを言うとそんな軽く言えるほど、手術は容易く無かった。
応急処置が行われていた灰原はともかく、縛りの反動を受けていた苗字はもう内臓もめちゃくちゃになっていて本当に死んでしまっていてもおかしくなかった。だが、家入や高専の医師たちの尽力によってなんとか彼女も一命を取り留めることができたのだった。

「なんとかなった」
その言葉を聞いた瞬間、七海は子供のようにぼろぼろと泣きじゃくりながら「2人に会いたい」と家入に縋りついた。
それから彼女に連れられた病室で、まだベッドの上で器具に繋がれたまま眠っている2人のまだ体温の低い手を取って、その手首の脈拍が確かに動いているのを確認した時、ようやく七海は意識を失うように眠った。


そんな後輩たちを見て、五条と夏油と家入はどうしようもなく彼らが愛おしく、やけにたまらない気持ちになってしまって、床に崩れ落ちた七海を2人の隣のベッドに寝かせてやってから、思わず顔を見合わせて笑う。
その夏はあまりにも忙しくて、当時三年生だった3人が顔を合わせたのは本当に久々のことだった。

もうその日は誰も彼らを呼びになんて来ないとわかっていたから、3人は七海たちが眠っているベッドのそばの椅子に座って、夜が明けるまで話をした。

最近のこと、任務のこと、楽しかったこと、苦しかったこと、辛かったこと、言いたかったこと、言ってほしかったこと、したかったこと、してほしかったこと。話したいことはたくさんあるから、夜はいつもより長く太陽を地平線に隠して、3人のお喋りを止めなかった。




七海が目を覚ました時、彼が眠っていたベッドの足元のあたりで灰原と苗字は指スマをしていた。とても白熱していた。

いつしかすっかり元気になっていた2人はむしろ横のベッドで眠っている七海があまりにも静かすぎるものだから、七海こそがこのまま起きないのではいかと不安に思った。
けれど、家入が寝かせてやれと言うから、灰原と苗字にしてはごく小さい声で七海が起きるのを遊んで待っていたのだ。

七海は寝起きと泣きすぎたせいでぼんやりとした頭のまま、ベッドから半身を起こして同輩の2人を視界に映した。一瞬、まだ自分が夢を見ているのかとさえ思う。
苗字は起き上がった七海を見てニカッと笑った。

「よお、七海。セパタクローしねぇ?」
「セパタクローってなに?」

それが生死を彷徨った2人が一番最初に七海に言った言葉だった。
それが、それがあまりにもいつもの2人らしくて、七海は呆れたけれど、その呆れさえ吹っ飛ばすほどの安堵に飲み込まれて、もうほとんど飛びつくようにして2人を抱きしめる。
後日、セパタクローはした。



そんなふうにして、いろいろなことがあり過ぎた二年生を越えて、三年生に進級したその春、苗字は高専からいなくなった。

わかっている。術師なのだから、いつ、何があったっておかしくないと頭の中ではわかっていたけれど、それでもこんなにも唐突に彼女がいなくなる日が来るなんて、誰も思わなかった。

灰原は苗字の部屋の本棚にあるノートを手に取った。その時、そのノートの間に挟まっていた写真が滑り落ちる。床に落ちた写真が、昨年の冬にみんなで撮った写真だと気がついて灰原は目を細めた。

現像したこの写真を苗字に渡した時、「私、こういうのすぐ失くすぜ?」と言っていたけれど、彼女はちゃんと持っていてくれた。それだけで、灰原はもう充分過ぎるくらい嬉しかった。
写真の中の3人は防寒具に身を包んだまま、積もった雪を投げあって笑っている。それを、今年もしたかったな。
そう思って少しだけ、寂しくなる。


「騒がしい奴でしたけど、いなくなったらなったで、少し、」
「……うん、寂しいね」
七海の言葉に続くように同意して、灰原はその写真をそっと段ボールに入れた。彼女がいない空間はいつもより静かで、耳鳴りに似た静寂がむしろ煩いくらいだった。

「まさか、あんなことになるなんて」
呟いた七海に、灰原はうなづいたし、作業をしながら2人の話を小耳に挟んでいた家入もうなづいた。

「びっくりしたよね」
「ええ、本当に」
「でもいつかそうなるかもとはちょっと思ってた」
「そうは言ってもまさか本当にそうなるとは」
灰原は何度でもうなづく。


「本当、まさか苗字が夜蛾先生の悪口を言った上層部の人に急降下式ミサイル・ドロップキックをかまして戦闘不能にした後、髪の毛を全部抜いてカツラを作った挙句その人の顔面に脱糞しようとして、東京校から追い出されるとは思わなかったよね」


「いえ、苗字のことだからいつか何かをやらかすと思ってました」
「……くくっ、くくく」
「うっくっくっくっくくっ」
「いひひひひひひ」
話を聞いていた家入はその時のことを思い出して笑いながら膝から崩れ落ちた。彼女の笑い声を聞いて、七海と灰原もつられて笑い出す。

その事件はほんの数日前のことで、今でもしっかりと思い出せる。


まず前提として、苗字は夜蛾に物凄く懐いている。
彼女の破天荒な性格は常人にはついていけず、大抵の大人は彼女の行動を初めこそしっかりと怒っても、すぐに諦めて放置する。言ってもわからない子供だと思うからだ。それがまあ、若干事実なのは否めない。

だが、夜蛾は違った。
物分かりの悪い苗字にも毎回しっかり怒り、何故それをしてはいけないのか、何故それが悪いことなのかを伝え続けた。
それがどれだけ苗字に伝わっていたかは定かではない。ただ、彼女が反省文を書く回数が年々減っていたことから夜蛾の努力が無駄では無かったことはわかる。
これまで親を含めた多くの大人から「諦められていた」苗字はようやく、夜蛾が他の大人とは違うらしいと気がつく。この人は私を「諦めない」人なのだ、と苗字は知った。

それからは割と夜蛾の言うことは聞くようになったのだ。まあ、あくまでも聞くだけでちゃんと踏みとどまるかは別の話なのだが。

とかく、苗字は夜蛾に懐いている。
元より身内と判定した人間を捨て身で守ろうとする苗字だ。


そんな苗字の前で夜蛾の悪口を言ってしまったのが、その上層部の人間の運の尽きだった。
苗字はブレーキがぶっ壊れた上にアクセルベタ踏みの銃火器搭載改造ダンプカーなのだから。


苗字は急降下式ミサイル・ドロップキックでまず相手の脚を潰すと、動けなくなったところで髪を抜き、その抜いた髪を使って目の前でカツラを作った。容赦はなかった。

偶然同じ場にいた夏油は羅生門までは見逃したが、苗字がスカートの下で下着を脱ぎ捨てた瞬間、流石に止めた。

「なにをするつもりなのか」と問う夏油へ「こいつの顔面にうんこ漏らしてやる」と答えた苗字に、彼は「女の子がそんなことをしちゃいけないよ」と言って止めたらしいが、できれば性別がなんだろうが人の顔面に脱糞をしてはいけないことを教えてやってほしかった。夏油は多分教師には向いてない。

とにかく、夏油のストップによって最低最悪の事態は免れたが、ボコボコにされ髪を抜かれた上層部の人間からしてみればすでに最低最悪の事態になっている。


ブチ切れた上層部に苗字は着の身着のまま東京を追い出された挙句、10年は東京に戻れなくなる呪いをかけられた。
東京に足を踏み入れると五臓六腑悶え苦しむことになるらしい。
そのため、苗字はこれからは京都校でやっていくことになるだろう。

そんな話を頭を抱えた夜蛾から聞かされた東京校一同は、先生たちの手前「なんてことだ……」「大変なことになった……」みたいな神妙な顔をしながら、内心では「よくやった苗字!」「お前ならやってくれると信じてた!」とお祭り騒ぎだった。

当たり前の話だが、東京校で夜蛾の世話になっていない学生はいない。
口や態度に出さないだけで、みんな自分たちに真剣に向き合ってくれる夜蛾のことは大好きだ。

きっとその場にいたのが苗字じゃなくても、その上層部の人間は碌な目に遭っていなかっただろう。その人が東京校の中でも特に『最悪』を引いてしまっただけで。

その日の夜は東京校の全員でどんちゃん騒ぎのパーティをした。
家入は五条の金で片っ端から出前を頼んだし、五条は苗字が作った上層部カツラを東京校で代々受け継いで学校の宝にしていこうぜと喚いたし、夏油は苗字の急降下式ミサイル・ドロップキックがいかに完璧で美しかったかを泥酔しながら語った。
七海も灰原もまだ未成年だったがその場のノリでバカみたいに飲んで、バカみたいに吐いた。

翌朝、全員まとめて怒られたが、誰一人としてちっとも反省はしなかった。いつもの苗字のように。
パーティの主役である苗字がいないのが惜しかったが、まあ10年もすれば帰ってくる。それまではこちらから会いに行ってやればいい。それだけのことだ。


だから、家入、七海、灰原がこうやって苗字の荷物をまとめてやっているのは、これから京都校でやっていく彼女の元に荷物を送るためなのだった。

「ところで家入さん」
「どうした」
あの時のことを思い出してひとしきり笑った3人。ふと七海が家入を呼んだ。

「思ったんですけど、夏油さんがもっと早くに苗字を止めてたらこんなことにはならなかったんじゃないですか?苗字の一件の責任は上の学年にもあると思うんですけど」
せめてドロップキックだけで留めておけば反省文程度で済んだんじゃないか。そう思う七海に見つめられて、家入は苗字の私服を段ボールに入れながら、キョトンとした顔をした。

「夏油が止めても止まらないだろう、苗字は。大体その時本当に夏油は苗字と一緒にいたのか?もしかして夏油はいなかったんじゃないか?だから止められなかったのかもな。よし、夏油はいなかった。苗字が1人でめちゃくちゃ暴れた。夏油はいない。えっ、夏油って誰?なに?七海、怖……」
「責任の所在からの逃げ方がエグ過ぎません?一時的な責任逃れのために三年間一緒にいる同期を忘れないでください」
「うっ……夏油さんはあの場にいなかった……?夏油さんは無罪……?」
「灰原の記憶まで改竄されそうになってるじゃないですか」
「それを言ったら七海と灰原がちゃんと苗字の手綱を握っとかないからだぞ」
「手綱握って大人しくなるならこっちだって二年間苦労はしてないんですよ」
「やっぱり苗字のせいだな」
「ええ、苗字のせいです」
「でも苗字、悪い子じゃないんですよ」
「知ってる」
「知ってます」
「良い子でもないけど」
「知ってる」
「知ってます」


3人は苗字の荷物をまとめながら、残りの学生生活、苗字の跳ね馬っぷりの犠牲者になるだろう京都校の人間たちのことを考えて、「可哀想だな」と「ざまーみろ!」の気持ちを半分にした。

多分、苗字のことを理解している人間の多い東京校から彼女を追い出さない方が、苗字がこれから起こすであろう事件の被害は少なくなると思う。

けれど、他でもない上層部がそう決めてしまったのだから仕方ない。京都の面々は諦めて苗字にめちゃくちゃに振り回されてほしい。こっちに文句は言わないでくれ。悪いのは全部、それを決めた上層部の連中なのだから。


苗字の行動、言動について、東京校は一切の責任を持ちません。
問い合わせをしないでください。

でも返却したいというのならいつでもどうぞ。

こちらはいつでも、あの最低で最悪で最高の跳ね馬を受け入れる覚悟はあります。
















2日後。

七海たちが苗字の荷物を京都へ送ったその日、苗字は灰原から借りてた80円を返すために普通に東京校に帰ってきた。


「あ、苗字おかえり。早かったね!」
「どうせすぐ戻ってくると思ってました。おかえりなさい」
「プチャヘンザッ。凱歌を歌ってくれていいぜよ、ジャズテイストに」
「この二日間何してたの?京都行ってた?」
「いや、各地を巡ってメタリカ聞いたことないくせにファッションとしてメタリカのTシャツ着てる奴の小指を折る作業とかしてた」
「罪に対する罰が厳しくない?」
「というか、貴女、東京に来れないって呪いはどうしたんですか」
「あ?あー、破った。呪いは式神に肩代わりさせてる」
「術師としては優秀なんですよね、貴女って」
「えー、でも式神可哀想じゃない?」
「いいっしょ、あいつ自分の尻尾咥えてぐるぐる回るしか脳のない奴だし」
「ああ、あのワンちゃんかあ」
「初対面の時に私と灰原に唾吐きかけてきたあの式神ですね。永遠に肩代わりさせておいてください」

「あ、そーだ。お土産買ってきたよー」
「わーい!何を何を?」
「今回はどんな劇物ですか?」
「急かすな急かすな。……はい、七海の好きそうな剣山♡」
「花道の心得はないんですけど」
「人間をしばく時に使ってね!」
「いいですね。五条さんの椅子に設置します」
「はい、次、可愛い灰原には40デニールのタ・イ・ツ♡」
「わーい!……わーい?なんでタイツ?」
「キッチン用品として使ってね!」
「タイツを?」
「出汁取る時に使えばいいんじゃね?」
「タイツを?」
「今日みりんの気分だな。今夜3人でチキン南蛮作ろーな」
「タイツで?」
「もう出汁関係ないですね」

「あ、私、夜蛾センセーに詰めた小指渡しに行かないと。じゃあな、2人とも」
「苗字、詰めた小指を透明のジップロックで保管するのはやめな……?普通の人が見たらびっくりして三度見しちゃうよ?」
「謝罪の方法としては何も間違ってませんけど全部間違ってますね。……ああ、行ってしまった」
「……あのさ、七海」
「どうしました、灰原」
「さっき苗字、詰めた小指持ってたじゃん?」
「持ってましたね」
「でもさ、苗字の小指はちゃんとどっちもくっついてたよ」
「……えっ?」
「あの小指、誰のなんだろうね」
「……やりやがったな苗字。追いかけますよ、灰原!」
「うん!とっ捕まえないとね!」



例の上層部の人の小指だった。
苗字はまた反省文を書かされた。